Cobolerの実験場

書きたくなった文章を置きに来る場所

岡山市内のTRPGコンベンション立卓状況2023年版

友野先生還暦祝いコンのソドワ

 岡山市内の主要4サークルの開催状況です。いい加減これをやらなきゃなと思っていたので、更新を再開します。

サークル名(敬称略) 立卓状況 備考
1月
OGA ソード・ワールド2.5 ほかにボードゲーム卓あり
ザ・ループTRPG
ソード・ワールド2.5
 
2月
OGA ヤンキー&ヨグ=ソトース ほかにボードゲーム卓あり
アリアンロッド2E
スチームパンカーズ
 
3月
OGA オリエンタル霊異譚 幽冥鬼使
クトゥルフ神話TRPG
ほかにボードゲーム卓あり
マージナルヒーローズRPG  
ろーどないつ トーキョーN◎VA THE AXLERATION
トレイル・オブ・クトゥルー
 
4月
OGA クトゥルフ神話TRPG
ソード・ワールド2.5
ヤンキーマストダイ
ほかにボードゲーム卓あり
OCTOPATH TRAVELER TRPG
クトゥルフ神話TRPG
 
ろーどないつ Starfinder Roleplaying Game
マギカロギア
 
5月
OGA アリアンロッド2E
モノトーンミュージアムRPG
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ 拳禅無双  
6月
OGA クトゥルフ神話TRPG
ソード・ワールド2.5
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ キルデスビジネス
ソード・ワールド2.5
 
クトゥルフ神話TRPG(2卓)  
7月
OGA シャドウラン 5th Edition
Liminal
ほかにボードゲーム、マーダーミステリー卓あり
ろーどないつ 獸ノ森
ソード・ワールド2.5
 
8月
OGA ソード・ワールド2.5
ダブルクロス The 3rd Edition
ほかにボードゲーム、マーダーミステリー卓あり
ろーどないつ 真・女神転生TRPG 魔都東京200X
デッドラインヒーローズ
 
9月
OGA インセイン
マモノスクランブル
メタリックガーディアンRPG
ほかにボードゲーム卓あり
ダンジョンズ&ドラゴンズ第5版  
ろーどないつ 真・女神転生TRPG 魔都東京200X
マモノスクランブル
 
10月
OGA ARC:DOOM TABLETOP RPG
マージナルヒーローズRPG
ほかにボードゲーム卓あり
メタリックガーディアンRPG  
ろーどないつ インセイン
天下繚乱RPG
 
11月
OGA 異界戦記カオスフレアSecond Chapter
ソード・ワールド2.5
ほかにボードゲーム、マーダーミステリー卓あり
ろーどないつ クトゥルフ神話TRPG  
友野先生還暦祝いコン GURPS ルナル
スケルトンズ
ソード・ワールドRPG完全版
ソード・ワールド2.5スタートセット
ファイナルガール
ほかにボードゲーム卓あり
12月
OGA ソード・ワールド2.5
マモノスクランブル
ほかにボードゲーム卓あり
ソード・ワールド2.5
ダンジョンズ&ドラゴンズ第5版
 
ろーどないつ デッドラインヒーローズ
メタリックガーディアンRPG
 

 コロナ前の水準まで復活したとは言えませんが、けっこう活発ですね!今年はゲストコンも復活して嬉しい限りです。

悪意の宿った殺人自動車が人間を襲うホラー映画を見る

ポゼッスドカー日本代表の似姿的な挿絵

轢殺の轢という字はね、車が楽しいと書くんです。つまり、進行方向にある何かを踏み潰して通り過ぎる行為は、車にとって楽しいってことです。

はじめに

 例によって、某ヤンマガの車マンガにハマってしまったお陰で、色々と新しいことに挑戦せざるを得なくなっている。それはまるで、否応なくジェットコースターに乗せられて絶叫しているかの如きオタクエクスペリエンスである。そんな渦中にあって、特に私が関心を寄せざるを得なかったのが、悪意に目覚めた 殺人自動車 (ポゼッスドカー) が人間を襲うホラー映画であった。

 悪意に目覚めた殺人自動車が人間を襲うホラー映画。ホラー映画界でも、たいへんレアなジャンルである。今回の記事は、そんなレアなジャンルの映画を見ていくことで得られた気付きなどのまとめである。

殺人自動車映画の世界

 今回扱うのは非常にレアなジャンルということで、改めてこのジャンルについて分類を細かく考えていこうと思う。

 今回の記事を書くにあたって、「殺人自動車 映画」でググって出てきた映画は色々試しに見てみた。しかし一言で殺人自動車映画といっても、出てきた映画の扱う内容はけっこう違うことが分かった。分類すると、こんな感じである。

  1. 乗っている人間が怖い型
  2. 首なし騎士型
  3. 生きる無機物型

 次の段落からは、これらの分類の定義について説明する。

①乗っている人間が怖い型

 今回の記事では、自動車絡みの怖い映画で、後述する②と③に分類できない作品を①とすることにした。私が求めるものは最も魅力的な存在である③であり、その他大勢という意味である。

 正体不明のトラック運転手に追跡される『激突!』(1971)。無名時代のスタローンが出てるってんで有名な『デス・レース2000年』(1975)*1。無敵の人になったラッセル・クロウが、ただ煽るだけに留まらずキレまくる『アオラレ』(2020)。この辺りが、代表的な①である。

 殺人自動車とはいうものの、乗ってる人間が怖いのであって、車は道具にすぎない。そういう設定の映画は少なくないし、決してレアなものではない。そのため、結局人間がいちばん怖いなんて当たり前な話はまとめて①とすることにした。今回の記事では、この①に分類される映画の話はしないようにする。

②首なし騎士型

 悪意を持った超常の力を持つ運転者専用のスペシャルな乗り物が出てくるホラー映画は、②に分類する。③との違いは、どちらかといえば車より運転者のほうが主体的な悪意を持っていることである。

 この首なし騎士型という名前は、文字通り首がない騎士の幽霊と、首なし騎士が乗る馬の幽霊のセットをイメージしている。悪い妖精デュラハンとか、『スリーピー・ホロウ』に出てくるあれみたいなやつ。つまり乗り物もセットで超常の力でできた怪異のことである。デュラハンは首無し御者と馬車のセットだったりもするらしいので、この類型の名前にしておけば収まりがいいと思った。

ja.wikipedia.org

 ところで日本には火の車という妖怪がいる。これは地獄の獄吏が悪人を迎えに来るときに乗せる専用の台車であり、火の車自体は特に自分の意志で動いているわけではないらしい。なので、モータリゼーションされた地獄の獄吏が火の車で悪人を迎えに来るのがメインのホラー映画があれば、②に分類されるだろう。多分。あとゴーストライダーがもっとホラー寄りで、自動車に乗って出てくるなら②になると思う。

③生きる無機物型

 今回の記事の本丸、悪意に目覚めた殺人自動車のことである。まず何かの理由で悪い意志を持っており、誰も乗っていなくても勝手に走り、人間を襲うことができる車を殺人自動車 (ポゼッスドカー) 命名する。そしてそのポゼッスドカーが出てくるホラー作品が、③であると定義した。

 ポゼッスドカー(posessed car)という言葉は『トランスフォーマー/ビースト覚醒』(2023)の主人公が発した「悪魔に憑かれた車か!?」という台詞にちなんで命名している。*2なのでトランスフォーマーが発狂して文字通りの暴走を始めたホラー作品があるなら、ここに含めても良いと思う。あと、テレビドラマ『ナイトライダー』(1982~1986)のK.A.R.R.もこれに含まれると思った。

 『ナイトライダー』はホラー作品ではないし、映画でもないし、K.A.R.R.は直接人を転がす場面が本編にない。しかしK.A.R.R.は様々な殺しのアビリティを持っており、明確に殺意を持って主人公を襲ってくる上に演出がかなりホラーだったので、なんかもう③でも良いかなと思った。

 これは②よりは多いが、ホラー界隈全体からするととてもレアなジャンルである。設定からして最もぶっ飛んだ存在であり、ものによっては人間を意のままに操るなどのヤバい機能をそなえていたりする。そんなポゼッスドカーの悪逆無道、何としても見るしかない!

実際に作品を見てみる

 ポゼッスドカーが出てくる映画は本当に少なかったが、内容が濃かったので感想文がいちいち長くなった。しかしせっかくなので、もっと数少ない②の感想も書いていく。

『処刑ライダー』THE WRAITH(1986)

 チャーリー・シーン主演のハード・カー・アクション。アリゾナの田舎町を舞台に、不良たちにより強引に山道レースを強要され、車を奪われた挙句に殺された青年が、漆黒のハイパー・スポーツカーに乗り込み復活。不良たちを次々公道レースに誘い込み抹殺していく……。(下記リンク先より引用)

 奇しくも超レアな②の作品である。本国では1986年公開なので、チャーリー・シーンは『プラトーン』(1986)と『ウォール街』(1987)でオリバー・ストーンの映画に2連チャンしてた時期に、こんなドB級映画にも出てくれたということになるだろう。嬉しいなぁ。この作品はツタヤディスカスYouTubeで見られるが、私は数年前にBSで放送されたときに初めて見たので、テレビでもまだ見られる可能性がある。

movie-tsutaya.tsite.jp

 この『処刑ライダー』はホラー映画というより、ダッジM4Sというコンセプトカーが登場する作品として界隈に名前を残しているようだ。

 結局市販されることが無かったコンセプトカーがその辺の砂漠に出てきて、ストリートレースをやる。変わった映画があるんだねぇ。そういう興味を引く設定である。だがこの壮絶な邦題が示すとおり、やることは主に処刑であった。

 まず冒頭。夜空に流れ星が現れたかと思うと、砂漠の中の道を疾走し始める。たくさんの流れ星が集まって合体し、ダッジM4Sが出現する。作中では死神(The wraith)と呼ばれる処刑ライダー本人も登場。この時点でもう尋常ではない。

 まさかこの気味の悪い車が実在するコンセプトカーだとは知る由もなく、ただただ不吉なサムシングだとしか思えなかった。登場人物も「見たことがない車だ」とか「カスタムカーだ」とか言い合っている。ナンバープレートはついていないし、ガラス部分は全部真っ黒で内部は伺い知れない。しかしなぜかボンネットの先端についたクライスラーのエンブレムだけは、途中の場面にもよく写っている。どういうことなの?*3

https://cosmicinvader.net/post/645816320712114176

 そんなこたぁまあいい。この車のスペックの話をしよう。

  • パトカーに追われたら、光になって消滅する。
  • 自爆して木っ端微塵になっても、次の瞬間にはリスポーンする。
  • ミッドシップなので後ろにあるエンジンフードを開けると、内臓みたいなエンジンが文字通り脈打っている。

 すごい!まさに首なし騎士の首なし馬みたいな②ど真ん中の幽霊自動車だぜ!!!

 私は興奮した。厳密にはポゼッスドカーではないが、あまりにもキレッキレすぎるのでやっぱ②もスゲーやッ!と思った。今回の記事のために数年ぶりにこの作品を見直したのだが、エンジンのシーンだけはキモすぎて最初に見たときから忘れられなかった。リスポーンする場面が何度もあることは忘れていたのにだ。

 そんな演出もあるが、『処刑ライダー』は全体的に色々な80年代らしさが爆裂していて味わい深い。日本でこの作品が公開された1987年という時期は、ドラマ『ナイトライダー』がひと段落したころである。トミー・リー・ジョーンズの『ブラックライダー』(1986)あたりもそうなんだけど、タイトルを被せてきた邦題なんだろう。世界に一台だけのスペシャルなのりものが主役の映画というのが当時は他にも色々あるし、そういう時代だったんだろうな〜。それはあるにしても、『処刑ライダー』ってタイトルは原題より全然納得がいくわ。などと考える。

 しかしこの作品、なんで?って感じの終わり方をしてしまう。正直言って、私はラストに納得がいかなかった。この設定、『ナイトライダー』の主人公マイケル・ナイトにインスパイアされているんだろうとは思う。それにしても、納得いかない。

 処刑ライダーとダッジM4Sが出て暴走族を処刑することで、何かが減っていっているらしい。そして最後にはああなるのだが、その因果関係は分かるものの、理由が分からない。なんでそういう現象が始まって、こういう形で終わるのか。説明がないのである。でもまあ深く考えてもどうしようもねえな!表面は雰囲気系のデートムービーとして作られてるっぽいし、中身なんか多分無いんだよ!忘れよう!クソッ!次行こう次!

なんか描いてしまったファンアート

 ところで作中で処刑されている暴走族の中に、『北斗の拳』のザコみたいなビジュアルのモヒカンがいる。燃料と書かれた容器の液体を飲んで「効くゥ〜ッ!!」とか言っているのだが、DVD版の吹き替えはなんと千葉繁だった。この配役の意図はよく分かるわ。

『殺人ブルドーザー』KILLDOZER(1974)

 暴走する重機が人々に襲い掛かるカルトSFサスペンス。大西洋に浮かぶ孤島に隕石が落下し、隕石に宿っていた未知の生命体が接触したブルドーザーに乗り移る。すると、無人のブルドーザーが明確な殺意を持って動き始め、作業員たちに襲い掛かる。(下記リンク先より引用)

 原題を直訳した邦題も分かりやすいが、そのままカタカナにしたキルドーザーというタイトルも非常にキャッチーなこの作品は③である。2004年に起こったキルドーザー事件*4の名前にも影響を与えた、一部の界隈では有名ないわゆるカルト映画であるとされる。この作品はDVD化されたのがつい最近らしいが、例によってツタヤディスカスなら見ることができる。

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 とても淡々とした調子の作品である。5人の登場人物は全員男。第2次世界大戦中の遺構を探検して道草をくいながらも、無人島の地ならしを続けている。ある日、ブルドーザーが地中から隕石を掘り出したことで異変が起こる。隕石の中に潜んでいた青く光る何かがブルドーザーのブレードに乗り移り、そのときに発した強い光を近くで見てしまった作業員がぶっ倒れたことで、最初の事件が起こる。無線で応援を要請したが、次の補給船が来るまであと4日。
 そんな職場の現場監督が主人公なのだが、この人があまりにも沈着冷静なので、見てる私はそこまで恐怖を感じなかった。異変は起こっているが仕事を続けるように指示する場面も序盤にはあり、まあ同僚が突然死したらショックだけど、忙しくしてる方が気もまぎれるもんなーとか思えてしまうのである。リーダーが動揺しないでいることって、危機管理の上でとても重要だな!と思えた。

 そんな感じでこの作品、『アンドロメダ…』(1971)みたいなSFに近い雰囲気である。調べてみたら、原作者はシオドア・スタージョン*5だった。作者のネームバリューだけで判断するなら、由緒正しいSFなのである。いかにもな字体のタイトルロゴを見て悪趣味ホラーを期待してしまったのだが、どちらかといえば辺境惑星で未知の生物に襲われる系SFのようなノリだったのも納得だ。
 ブルドーザーは人間を追いかけるだけではなく時々立ち止まり、意味もなくブレードを斜めに動かしたりして、首をかしげる動物のような動きもする。たったこれだけのことで、本当に生きているように見えるので驚いてしまった。

 悪意が宿ってしまったブルドーザーは、まあ当たり前のように強かった。人間たちの寝床はただのテントなので、あっという間に踏み潰してぺしゃんこにする。人間たちが狼煙を上げているのを見つけたら、現場をサクッと掃除して鎮火させる。さらに崖の上に移動して土砂を落として攻撃してくるのは、いかにもブルドーザーならではだと思った。

 『殺人ブルドーザー』は轢殺シーンはあっても直接的な描写がなく、次のシーンではすでに仲間の遺体を埋葬し終わっていることが多い。テレビ映画だから、描写がマイルドなんだろうな。それにしても殺人ブルドーザーは、不可解にも作業員たちを一度に皆殺しにすることはなかった。作業員たちは同僚の死にショックを受けながらも、ブルーシートで遺体を包み、海に近い場所に並べて埋める。埋葬が終わると、故人の思い出を述べる。
 ブルドーザーは人間たちが行うこの一連のルーチンを、じっくり時間をかけて見学しているかのようだ。この、今まさにあり得ないことが起こっているという違和感が強く印象に残った。
 ホラー映画の悪役なら、逃げ惑う人間たちのリアクションを愉快に見学しているのは当たり前である。しかし『殺人ブルドーザー』の淡々とした展開の中では、とても異様なことが起こっているのだと思えた。
 機械がシリアルキラーめいた発想で人を殺して遊ぶだと?そんなことはあり得ないだろ…?というSAN値高めな正常性バイアスがこの作品にはあり、ホラーというよりはSFとして、モンスター退治をしているような印象を受けた。作品の登場人物を科学者ライクな思考の持ち主にすることで、題材の悪趣味っぽさを中和する力が働いているような気がしたからだ。畑違いの学者たちが力をあわせて船内に侵入した宇宙人を捕獲する小説『宇宙船ビーグル号の冒険』みたいな雰囲気だ。

 この作品を見ると、後述する『ザ・カー』(1977)は、同じ題材をカーアクションエンタメとか視聴者を動揺させるホラーとして押し出し、ブラッシュアップすることで生まれたのかな?と思えてくる。制作会社は同じユニバーサルだからである。

『クラッシュ!』CRASH!(1976)

 現在見る手段が無さそうなのだが、あらすじを聞くからに③な映画が『ザ・カー』の前年に作られていた。年代的に、偶然のネタ被りだとは思う。しかし悪魔とスポーツカーとポゼッスドカーの要素が初めて合体したのが、この映画だったのかもしれんわけだ。

 予告編にも出てくるが、よりによってオープン状態のカマロが無人で走っている。なかなか気合入ったこのポゼッスドカーの爆発大アクション、じっくり鑑賞しておきたかった。残念である。

eiga.com

『ザ・カー』THE CAR(1977)

 中西部の田舎町に突然出現した黒塗りの車は無差別に殺人を繰り返す。保安官はそれが無人車であり、超自然的な力で動いている事を突き止めるが……。オカルト・ブーム末期に登場した変種ホラーで“陸のジョーズ”を狙った造り。道路封鎖したパトカーを横転して叩き潰すシーンが最大の見もの。(下記リンク先より引用)

 この作品をホラー映画界の大きなジャンルに含めてしまうなら、悪魔系だといえる。そして③である。この作品はツタヤディスカスでなら見ることができる。

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 まずこの作品はアントン・ラヴェイが悪魔を呼ぶ言葉の引用から始まる。
 とんでもねえ衝撃である。悪魔を扱った映画の冒頭って、だいたい聖書の引用から始まるもんじゃない?それが、現役バリバリのサタニストのお言葉から始まるとな!『ザ・カー』のウィキペディア*6によると、アントン・ラヴェイはテクニカルアドバイザーとして作品にクレジットされているらしい。どういうテクニックについてだよ!!さらにこのシーンでグレゴリオ聖歌の「怒りの日」のアレンジテーマ*7が流れてくるので、だいぶ際どいところを攻めてんな!!と名状しがたい期待度が一気に高まる。

 この映画はツタヤディスカスのあらすじには陸の『ジョーズ』(1974)といった造りなんて書かれているが、むしろカーアクション映画としてスケールアップした『エクソシスト』(1973)だろうと私は思った。無辜の少女にとり憑いた悪魔がFワードで神父を罵る代わりに、この映画では悪魔が乗り移った車がドーナツターンで保安官を挑発したりするんだと。

 確かに、黒い車が市民を轢殺する場面は、浜辺に現れた人食いサメめいてはいる。しかし轢殺された被害者のそばには常に、何かしら問題を抱えた男どもが生き残っていた。そいつらのバックストーリーが描写される辺りが、とても悪魔ホラー的だと思ったのである。

 『エクソシスト』もそうだったが、悪魔ホラーで悪魔祓いの儀式をやる人は、しばしば悪魔から精神攻撃をされる。悪魔祓い師の後ろめたいプライベートな情報が映画の中盤までに描写され、悪魔は必ずそれをネタにして悪魔祓い師を動揺させるとかそういうプロットである。『ザ・カー』にはそこまで踏み込んだ内容は無い。その代わり、なぜ無辜の市民や誠実な保安官から先に死んで、アル中保安官とDV男が生き残るんだ!!と不快感をおぼえさせられる。ここらへんが、悪魔ホラーっぽくて巧妙な仕掛けだと感じた。
 普通のスプラッタホラーだと、たいてい悪いヤツから死ぬものだ。浮気男とか、尻軽女とか、ヤク中みたいなヤツはその悪徳ゆえに死ぬ。そう決まっている。その思い込みを、『ザ・カー』は使ったのだろう。
 この作品の悪魔は、登場人物が思い通りに生き残ってくれない喪失感で視聴者を苦しませる。死亡フラグが立ってるのは、あいつらの方じゃないの!?なぜ!?善人が死ぬ必要はない!!などと、因果応報の法則に従わない黒い車に対して、私はものすごく動揺していた。
 この黒い車に立ち向かうことになる男連中が数人いるが、そいつらも同じように動揺している。なぜ自分が生き残った?あの車の運転手は何を考えているんだ?と。だが車には誰も乗っておらず、車にはドアの取手も無い。主人公はその取手がないドアが開いた勢いで、路肩に跳ね飛ばされてしまう。車はそのまま主人公を放置して走り去る。主人公も私も、意味不明さに呆然とするしか無かった。

 『エクソシスト』の最後の方に、なぜこの少女が苦しまないといけないんだ!?と神父が嘆く場面がある。悪魔の仕事は多分人間を苦しませることなので、悪魔憑き現象が起こる際には当事者よりも支援者のほうがメンタルにダメージを受けている場合が多い。知らんけどそういう演出になっているので、そういうもんなのだろう。この辺りの感覚に共感して一緒に絶望するには、ある程度の人間性が必要になる。
 前にも書いたように、私はホラー映画で人が死ぬ場面をエンタメとして鑑賞するボンクラである。『エクソシスト』を見ても、なんでリーガンが悪魔に憑かれたか分からないのがそんなに気になるの〜?*8くらいにしか思っていなかった。しかし『ザ・カー』を見た私は、やっとカラス神父の絶望とやるせなさを理解できた。この映画は私にとっては、道徳の教材ビデオみたいなものだったんだと思う。いやぁ、見てよかった…。

 そんなわけでこの映画、最初から最後まで観客を動揺させる仕掛けに溢れていた。もう本当に衝撃だった。70年代のホラー映画を見てこんなリアクションをすることになるとは全く思っていなかったので、舐めた態度で見始めて本当にスミマセンした!!!などと各方面に謝罪しに行った方が良いんじゃないかとも思った。作中には「この車には悪魔が憑いています」なんて説明は全然無いが、間違いなく悪魔がおると思えるのは、そういえばすごいことだと思った。

 なおウィキペディアには『ナイトライダー』のK.A.R.R.が崖から飛び出るシーンに『ザ・カー』の場面が流用されていると書かれているが、これも確認した。たしかに明らかにトランザムではなさそうな車*9が一瞬映っていて、大興奮してしまった。しかしK.A.R.R.を奪った強盗たちが「あの車は悪魔の化身だ!」と言い合う場面などもあるため、ただの流用というよりは目の肥えたオタク向けのサービスだったのかもしれない。制作会社は同じだしな。

『クリスティーン』CHRISTINE(1983)

 呪われた'58年型赤のプリマスを手に入れた少年。クリスティーンと名付けられた車は、自ら意志を持って復讐を開始する。スティーヴン・キングの同名小説の映画化。(下記リンク先より引用)

 『ホラー映画で殺されない方法』*10に曰く、この作品は「超レアな"悪意の宿った車"ジャンルに君臨するチャンピオン」であり、③である。これまでに紹介してきた作品と比べて、タイトルがダントツでエレガントな時点でもう勝負は決まったといえるのではないかと思う。この作品は有料だがアマゾン・プライムでも見ることができる。

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 クリスティーンとは、プッシーの匂い以外と比べれば最高とか言われている車の名前である。1958年型プリマス・フューリーとはその原型に過ぎず、この車はクリスティーンである。
 私は『ホラー映画で殺されない方法』を読んで以来とにかくこの作品のことが気になり、映画を見てから原作本も読んだ。この作品は原作本の発売とほぼ同じタイミングで映画化されたためか、エンディングやなんかが少しずつ違う。両方それぞれの良さがあるのだが、この記事では映画を中心に紹介する。

 映画はまず、クリスティーンが生まれた工場*11の生産ラインから始まる。この時点でクリスティーンはすでに悪意に目覚めており、労災を2件発生させた。原作によると、クリスティーンは初代オーナーのルベイが特注で作らせたスペシャルな車なので、カラーリングやシートがノーマルとは異なるとのこと。
 納車後のクリスティーンはルベイの愛車となり、文字通り愛されまくった。しかし例によって、ルベイの家庭を破壊した。娘は車内でハンバーガーを喉に詰まらせて窒息死し、妻は車内に排気ガスを引きこんで自殺した。
 そして1978年。次のオーナーになる少年アーニーとの運命的な出会いが近づいていることをさとったためか、ルベイは愛車をついに手放すことになった。

 主人公のデニスは、ヒョロガリメガネでいじめられっ子のアーニーの親友だ。いま付き合ってる女子はともかく、アーニーの世話のほうを優先している。ある日アーニーはボロボロの車クリスティーンに一目惚れし、親の反対を押し切って購入する。その後何やかんやあってアーニーは、信じられないことに学校でいちばんの美少女と付き合うようになった。
 デニスはショックを受けた。どちらかといえば、クリスティーンに入れ込むあまり、アーニーの性格が豹変したことに対してだ。そして町内で起こった謎のひき逃げ事件の犯人がクリスティーンであると確信し、その破壊を決意する。

 最初に映画版を見たときから、私はクリスティーンの存在感に衝撃を受けまくった。クリスティーン、マジヤンデレ。いやヤンデレというか、意図が分からなさすぎて怖かった。V8エンジンのどデカいパワーがあり余りすぎて、関係者を皆殺しにしてるとでもいうのか。
 クリスティーンの走行距離メーターは、逆向きに回転していく。そしてクライマックスでついにゼロになる。この辺の演出がとくに意味不明で、怖かった。ゼロになったら何が起こるのかも分からなかったが、あの瞬間がいちばん怖かった。

 そんなクリスティーンの脅威を演出する特撮がまた、すごかった。チンピラどもにボコボコにされたクリスティーンが、アーニーの「見せろ」という言葉に応じてヘッドライトを輝かせ、新車のようなピカピカの姿に勝手に治っていくこの場面。劇伴はサックスがやたらムーディーにブバババァ〜♪と鳴り、これが愛のパワーだ!といわんばかりである。
 逆再生なんだろうとは、すぐ思い当たる。さっきまでそんなふうには壊れてなかったよな?という気もする。しかしそれにしても、大破した車が勝手に再生していく様子は、何度も見たくなる爽快感があった。

クリスティーン原作本

 『クリスティーン』がこれまで紹介した作品と比べて画期的なのは、自動車と人間の関係性に踏み込んできた点だと思う。
 家族をないがしろにして車にお金をつぎこむ人について、その心の闇に注目するホラー。そういう人のフェティッシュというか、心の闇は素で怖いね。そしてその人の愛車が、魔性で人間を操ってたら怖いね。自動車趣味の暗黒面にハマっている当事者はあまりホラー映画とか見なさそうだけど、切り口が斬新といえるのではないか。
 原作は、この心の闇の少し外側にフォーカスしていたと思う。ど直球ストレートにやるとメンタルにダメージを受ける人もたくさん居そうなので、深く掘り下げないように気をつけて書かれているような印象を受けた。それでもけっこうズッシリ来る重さはあるのだが。
 一方で映画はクリスティーンの意味不明な魔性にフォーカスしているので、ルベイの存在感は薄いし、アーニーが最後にああなるのではないか。だから原作と比較すれば、自分も将来原作ルベイみたいな年寄りになっちゃうんじゃないかという嫌さはなく、ストレスがかなり軽減されてると思う。そんな配慮があるような気がする。

 てなわけで、『クリスティーン』がポゼッスドカー界のチャンピオンなのは間違いない。原作者のスティーヴン・キングと監督のジョン・カーペンターのネームバリューからして約束されたオモシロさを確信する人も多いだろうと思う。ホラー映画として優れている以上に、見た人の心に爪痕を残すこの嫌さ。ぜひ一度ご覧になってほしい。

『地獄のデビル・トラック』MAXIMUM OVERDRIVE(1987)

 地球の側を通過した彗星の影響で、地上のあらゆる機械が人間を襲い始めた。田舎のスタンドに閉じ込められた人々は意志を持つ巨大トレーラーとの闘いを強いられる事になるが……。モダン・ホラー作家スティーヴン・キングの監督デビュー作。(下記リンク先より引用)

 スティーヴン・キングが脚本と監督をつとめる悪趣味スプラッタ系ホラーであり、③である。ホラーコメディといっても良い。この作品はツタヤディスカスでなら見ることができる。

movie-tsutaya.tsite.jp

 世間では駄作と言われている場合が多いが、原題からしてそういう系だとすぐに分かりそうなやつである。なので個人的には、冗談を冗談と捉えられなかったり、いちいち貶して下に見ないと気がすまない人たちに向けて作られた作品ではないことは、明白だと思っている。悪趣味スプラッター映画には悪趣味スプラッター映画なりの評価軸で対応をしなきゃダメだろ常識的に考えて!と私は言っておきたい。
 まず冒頭。地球が彗星の尾に突入したことが原因で、機械が暴走を始める。具体的には、電光掲示板にファッキュー!と表示される、ATMの画面にアスホール!と表示されるなどである。なおATMの前で驚いている男はスティーヴン・キング本人らしい。
 このように『地獄のデビル・トラック』は冒頭から完全にふざけており、悪ノリが素晴らしいことが分かる。音楽はAC/DCが担当しており、エレキギターで演奏される『サイコ』(1960)のあの曲が流れるとスプラッタ描写が始まったりする。冗談でもなければ、こんな描写は決してしないだろう。意識高いな~!

 いつしか主人公の働くドライブインの周囲にはトラックが集まり、周囲をグルグル走り始める。あのドライブインまで逃げなきゃ!だめよ轢かれるわ!隙間をねらうんだ!といった茶番が繰り広げられたりする。登場人物は真剣なのだろうが、見てるほうはもうニヤニヤ笑いが止まらない。

https://www.tumblr.com/junkfoodcinemas/684010687462277120/maximum-overdrive-1986-dir-stephen-king-on

 コメディの笑える場面の解説をし続けるのも何なので、解説はこの辺にしておく。ホラーコメディだと割り切ってしまえば、全然オッケーな作品であった。テンポが悪くないし、爆発シーンも見ごたえがあって良かった。スティーヴン・キング、映画監督としても全然イケてると思います。
 ところでこの映画の原因の設定について、『殺人ブルドーザー』原作の解説記事*12で言われて初めて気がついたことがあった。作品自体のプロットがほぼ『殺人ブルドーザー』と同じなのである。
 それが何を意味するのか。まあやっぱり、リスペクトしてるってことなんだろうな。

『ザ・カー:ロード・トゥ・リベンジ』THE CAR: ROAD TO REVENGE(2019)

 漆黒の無人車両が殺人を繰り返す1970年代のカルトホラー『ザ・カー』をリメイクしたバイオレンス・カーアクション。犯罪集団に襲われた検事がビルから突き落とされ、愛車の上に落下して死亡。検事の魂が憑依した車が、犯人たちをひき殺していく。(下記リンク先より引用)

 驚いたことに、『ザ・カー』には最近作られた続編があった。そんな③の作品があるなんて知らなかったわ!と思った人ならわかると思うが、要するにクオリティが微妙なので話題になってないからである。この作品はYouTubeに課金すれば見ることができる。もちろんツタヤディスカスでも見られる。

movie-tsutaya.tsite.jp

 オリジナルは、次回作は都会でやりたいような雰囲気で終わる。だからといって、40年ぶりの続編を近未来バイオレンスアクションにする必要があったのか。私としては、これが80年代に作られた作品だったのであれば、俗悪だけど1周回ってアリといえるかもしれないと思った。しかしこの作品が本国で公開された2019年とは、令和元年である。どうして今更、こんな奇をてらいすぎた続編を作った!?冗談が通じる気配が全然ない原作に対して、ふざけすぎてるんだわ!
 …と斬って捨てるのは簡単だが、そのふざけた追加要素の最たるものであるはずの敵キャラたちの造形は、それなりに凝っていた。私はそこにデザイナーの癖(へき)を感じ、これは作り手側がベストを尽くした作品なんだなと思わされてしまった。客観的に見て微妙なヤツであることには変わりないのだが、そういう気づきがあったことは正直に表明せざるを得ない。

 轢殺に対するこだわりも感じた。悪徳警官に騙された主人公。しかし主人公の必死の抵抗もあって形勢が逆転し、悪徳警官どもを銃で脅しながら、腹ばいになって頭の上で手を組め!とかやっている場面がある。
 銃を構えた主人公の言うままに、見通しの良い直線道路の脇に転がされる悪徳警官。どうしたものかと思ったら次の瞬間!突如黒い車が現れ、悪徳警官をみな轢いて通過していくではないか!やった~!!
 この場面は笑ってしまった。特に名作と言われるサメ映画の捕食シーンのように、芸術的なバカ轢殺シーンだと思った。第一作のキャプションに書いてあった陸のジョーズって、こういうことかぁ~!などと思えてしまう。
 この場面を見た私は、冒頭に引用した悪の金八先生風の名台詞を思いついた。轢殺の轢という字はね、車が楽しいと書くんです。つまり、進行方向にある何かを踏み潰して通り過ぎる行為は、車にとって楽しいってことです。実際楽しそうなので、機会があれば確認して頂きたい。

 ここまで褒めてしまったが、『ロード・トゥ・リベンジ』が駄作であると評価されている事実に異論はない。
 前作のキャストを、黒い車を悪魔的に改造する地獄のチューナー的なじいさんの役で登場させたとしても、そういう小細工が逆に腹立つわ!と思えてしまう。
 特に嫌だったのが、『クリスティーン』へのオマージュっぽいシーンであった。『ザ・カー』の黒い車はクリスティーンより先輩なのに、後輩のネタを使っちゃったりするのはどうなんだ!?などと、心に引っかかる感じがしてしまう。
 そんなわけで、一部分は良かったけど、全体的にダメな感じは否めなかった。『ロード・トゥ・リベンジ』、あと30年はやく作られていてほしかった。

殺人自動車映画の歴史

 ポゼッスドカーの映画、だいたいこれくらいしか見つけられんかった。もっとあるのかもしれんが、これらが主要な作品ということで、パワポにまとめてみた。

主要な殺人自動車映画まとめ

 ここまで見ていて分かったことがある。

 殺人自動車映画の類型②と③を見ていくと、さらに小分類ができる。a宇宙人・生き物系列とb悪霊・悪魔系列である。数少ない②の『処刑ライダー』すら、流れ星から生まれた悪霊なのである。見事にこの2つ程度に分類できてしまうので、この界隈の収束され具合を感じることができる。

 『ナイトライダー』のK.A.R.R.の仲間ってことでcディストピア・テクノロジー系列とかもありそうに思えるのだが、そういう作品にあたる②と③はまだ見たことはまだないので、理論上存在するだけとしておく。 

 登場年代順に並べていくと、この2つの系統が絡み合い、他ジャンルの作品と悪魔合体*13を繰り返しながら新しい映画が生み出されているように見えて面白かった。

40〜70年代 殺人ブルドーザー登場

殺人ブルドーザー登場

 70年代。なぜか30年前の小説『殺人ブルドーザー』が実写化される。調べきれないので、今回は『殺人ブルドーザー』が最初のポゼッスドカー映画ってことにしておく。
 死体をブルドーザーで掃除する場面は、戦争映画でたまに見る。そういう怖いイメージがある重機なので、ブルドーザーはホラー映画向きの題材なのかもしれん。

 とか思っていたが、前年に公開された『ソイレント・グリーン』(1973)にも殺人ブルドーザー的な車が出てくる場面があるので、関連があるかもしれんとか考えた。チャールトン・ヘストンが殺人ブルドーザー的な車から逃げる場面が、ポスターになっていることを思い出したためだ。『ソイレント・グリーン』は人口が増えすぎた世界を描くディストピアSFなので、生きている人間がたいへん雑に扱われている。これはこれで怖い映画だった。

 ダッジ・チャレンジャーが暴走しまくる場面から類まれな栄養を摂取できた気分になる映画『バニシング・ポイント』(1971)にも、ブルドーザーが登場する。いちばん最初にである。チャレンジャーに乗った主人公のコワルスキーは、アメリカの最後の自由な魂だ!的なことが作中何度も何度も言われている。そのコワルスキーを止めるために連れてこられるのが、ブルドーザーである。

 そんな感じで、自由な魂vs権力が振るう暴力。この2つの作品くらいしか前例を知らんが、ブルドーザーは自動車が持つ恐怖の側面を象徴しているようにも思えてくる。私は天安門事件の戦車を連想してしまった。ただ、映画『殺人ブルドーザー』にはそういう思想は全く感じられないのだが。

 『理由なき反抗』(1955)と、同年のジェームズ・ディーンの死は重要である。後世のいろんなところにジワジワ効いていると思えた。『ワイルド・スピード』(2001)のDVDに入っていた特典を見ていたら、そこに『理由なき反抗』は走り屋カルチャーの源流といった内容が書いてあったからである。私としては、映画のチキンレースの場面よりは、ジェームズ・ディーンのライフスタイルの方が界隈に影響力あったんだろうと思う。

70年代 悪魔ブームの波及

悪魔ブームの波及

 1960年代末から悪魔ブームが始まった。ホラー映画界でも、悪魔映画の名作が作られた頃だ。アントン・ラヴェイはいろいろなB級ホラー映画にアドバイザーとして参加し、その中で最もメジャーな作品(多分)となる『ザ・カー』が公開される。

 1974年にスティーヴン・キングが長編小説『キャリー』でデビューした。2年後に映画化も果たす。

 で、この時期に公開された『アメリカン・グラフィティ』(1973)は、クリスティーンが生産されて間もない時代(1962年)のキラキラした一夜が凝縮された名作である。クリスティーンのベース車みたいな形の車がたくさん走っており、あの仰々しいスタイルが当時は普通にカッコよかったことが分かる。ジョージ・ルーカス監督は元走り屋とのことで、だからこういう車大好きな作品が作れるんだろうなと思えた。

 これを見ると、『クリスティーン』の時代設定である1978年にあの車をころがすと、どう異様なのかが分かってきた。

 『アメグラ』は、アメリカの無邪気な時代を懐古する映画である。人種問題も表面化せず、自動車産業も好調、戦争もない。それが、映画の最後にテロップで出てきたように混迷の時代に入っていく。ジョージ・ロメロが『ゾンビ』(1978)でやったように*14スティーヴン・キングは『クリスティーン』でそんなアメリカの時代の変化やなんかを、自動車にフォーカスしてストーリーにしていったんだと思った。

 ここで唐突に『ゾンビ』の話になるが、謝辞にジョージ・ロメロの名前が出てくるので仕方ない。あとニューヨーク・タイムズの書評*15にも「ジョージ・ロメロが『アメリカン・グラフィティ』を撮っていたら、成果物として『クリスティーン』が出来上がるのではないか」とある。うむ!おんなじこと考えてる人はおるな!!そんなかんじで、私は『アメグラ』は『クリスティーン』の予習・復習に最適な作品といえると確信した。

80年代 スーパー改造車大集合

スーパー改造車大集合

 80年代には、世界に1台しかない最先端スーパー乗り物映画が数多く作られた。というか、ハイテクに対する期待や、乗り物の人気がストップ高を記録した時代だったんだと思う。なんかこう、バチクソに楽しいガジェットとしての乗り物を、無邪気に楽しめるような雰囲気に包まれた作品の勢いがすごい。

 スーパーカーも大人気だ。初代トランスフォーマーには、カウンタックの形をしたキャラクターが4種類も出てきたりする。こいつらはアニメの1話から活躍しているので、わーいカウンタックだー!ってキャッキャすることができる。

 凡例には載せていないが、トランスフォーマーシリーズはピンクのハイライトで識別できるようにした。トランスフォーマーについては、後述するようにポゼッスドカーどもと無関係とは言い切れない存在だからである。

 1983年には遂に『クリスティーン』が登場する。『ナイトライダー』のシーズン1から登場しているK.A.R.R.よりも後輩だったようだ。クリスティーンは、このようなイカすスーパー乗り物ブームの影の存在なのだろう。古臭い車がモンスターになり、哀れな若者をカモにする。ハイテクなスーパー改造車に対して、生物のような時代遅れの車という存在は、とても気味が悪いなと改めて思った。

 ここまで見てくると、ユニバーサル社とスティーヴン・キングがこの界隈を牛耳っているような錯覚を覚えてしまう。しかし多分気のせいである。

90〜00年代 ほぼ潜伏期間

ほぼ潜伏期間

 90年代は、③映画不毛の時代である。これはというメジャーな作品が無い。せいぜい『地獄のデビル・トラック』のリメイク*16が作られた程度である。カーアクション映画自体は人気だったのだが、ポゼッスドカーはすっかりハリウッドの表舞台から姿を消したような状態だとおもう。

 そこで『湾岸ミッドナイト』(1992〜2008)である。ポゼッスドカー日本代表と言ってもよさそうな”悪魔のZ”が、マンガ媒体で登場したのだ。作品自体も序盤はホラー風味の強い場面が要所要所にあり、これまで紹介してきた作品からの影響を強く感じられる。240Zは70年代に北米で大ヒットした日本車なので、それがバブル崩壊の年にポゼッスドカーになって出てくるのは、何となく理にかなっている気がする。

悪魔のZの先輩たち

 ゼロ年代初頭にワイスピシリーズが始まる。マッスルカー大好き野郎ドムとGT-R大好き野郎ブライアンの友情が、ゼロ年代以降のカーアクション映画界をけん引する。のだが、第1作『ワイルド・スピード』(2001)の最初のレースには、ドムがRX-7に乗って出てくる。それほどにみんな日本車に乗っているのが、衝撃だった。今思い出してもびっくりだな。

 私は日米貿易摩擦が激しすぎて、アメリカでは日本車がぶっ壊されているというニュースを見て育った世代である。こういうのを見せられると、確かに時代が変化しているらしい感じがする。そして、この時代には③の映画が明らかに衰退した。

 一方トランスフォーマーは、着実にシリーズ作品を作り続けていた。2007年からは、2~3年おきに新作の実写映画が作られるようになった。

10〜20年代 80年代リバイバル

80年代リバイバル

 2010年代、空前の80年代ブームが来た。これは前回の記事に詳しく書いたが、80年代に流行した車もまた人気が再燃した。

 とにかく80年代の映画の続編やリメイクが作られたし、時代設定が80年代の完全新作映画も数多く作られた。トランスフォーマーの『バンブルビー』(2018)*17もそういう流れで出てきた作品だと思う。そして『バンブルビー』には、明らかに『クリスティーン』オマージュと思われる設定がある。ひょっとしてトランスフォーマーはポゼッスドカーから生まれ、その記憶を継承してくれる存在になったのではないか?とか思えてくる。

 80年代ブームに湧き上がった近未来SF『レディ・プレイヤー1』(2018)のレースのシーンには、クリスティーンの形をした車がモブとして出てくる。この映画は既存のサブカルチャーを取り込んだアバターが無数に登場するため、そのうちの一台としてである。また、何の因果かスタンリー・キューブリックの映画『シャイニング』(1980)が作中の重要な位置に据えられている理由も考察のしがいがあると思う。『シャイニング』は『クリスティーン』と共通するテーマを扱った作品であると、訳者のあとがきには書いてあった。

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 ここで『HYBRID』(2010)というC級ホラーがぽっと出てくる。これは「殺人自動車 映画」でググって出てきた記事*18のおかげで、その存在を初めて知ったやつである。
 記事が長くなりすぎるので詳しく紹介できないのだが、プリウスは出てこなかったことは報告しておきたい。ただ、『ザ・カー』へのリスペクトは大いに感じられた。もしかしたらこの『HYBRID』の存在が、『ザ・カー:ロード・トゥ・リベンジ』の制作の動機に微粒子レベル程度の影響を与えたかもしれない。

これからのポゼッスドカー

 このように、ポゼッスドカー映画は衰退しているといえる。この狭〜い界隈の中でしか語られないような作品が出てきたとしても、細々と命脈を保っていると言える程度の話である。ポゼッスドカーの本場は米国であり、米国の自動車産業の動向が大きく影響している。特に、衰退し始めたとされる時期には③がポツポツと出てきたが、最近は静かだ。これがどういう意味なのかはコメントしかねるが、なんか悲しくなる。

 あと、車が好きな人のためのフィクションが衰退しているからかもしれない気はした。
 世間の自動車に対するクソデカ感情が少なくなるにつれ、その自動車の中でもさらにキワモノなポゼッスドカーの数が減っていくのは仕方のないことなのだろう。

 その中で、ワイスピとトランスフォーマーはめちゃくちゃ頑張ってると思えてくる。トランスフォーマーの新しい映画『トランスフォーマー/ビースト覚醒』(2023)は『バンブルビー』の続編で、時代設定は1994年である。『激突!』みたいなトラックが敵キャラになって出てきたりするので、ここは絶滅危惧種の保護区域か!?と思った。
 今後期待するべきものとしては、『ナイトライダー』の新作映画が作られるらしい件だろう。この、旧車は人気って感じの界隈の空気に、しんどいものを感じる。

 米国の自動車産業の動向が影響力大っていうんなら、電気自動車はどうなのか?と思えてくる。そこで①の『スノー・ロワイヤル』(2019)である。*19予告編にも出てくるが、この作品中のテスラ車の扱いがだいぶ酷いので笑ってしまった。カッコイイEVなど自動車として腑抜けみたいなモンであり、はたらく車のディーゼルパワーの前ではカトンボ同然といったメッセージを感じた。

さいごに

 殺人自動車についてリサーチを開始して以来、安直な予想をはるかに上回る作品と次々に出会ってきた。私はポゼッスドカーに魅了された。ホラー映画に出てしまったせいでただのクルマに変な設定が生えてしまう様子を観察できるのが、あまりにも楽しかったからだ。本当は『湾岸ミッドナイト』の源流を探る旅に出るつもりで始めたことだった。しかし想像以上にオモロい映画をたくさん見ることができて、自分の世界が広がったと思う。

 私は『ナイトライダー』の新作に、K.A.R.R.が出てくることを切に願うのだった。ポゼッスドカー界の未来は、お前にかかっている!と爆発四散したはずの車に向かって言わなければならないのは悲しい。でもまあ、復活するだろう。ポゼッスドカーは簡単には死なないものらしいから。

*1:過去の記事で紹介した『爆走!アクション・ムービー・ジャンキーズ』ではこの作品は「モンドなクズ映画」であり、好きだけど「だってお金かけてないじゃないですか」な作品と言われていた。デカバジェムービー至上主義を掲げる本なので、低予算なことが評価を下げているっぽかった。だが私はこういうのが大好きだ!

*2:posessedという言葉自体に、憑かれた(悪魔や狐などに)という意味があるので、そういうことである。

*3:M4Sはダッジのコンセプトカーだが、デザインしたのはクライスラーとのことだった。最後の最後の場面にしか"DODGE"と書かれた白いステッカーが後部に貼ってあるのが映らないことと比較すると、クライスラーのほうがスポンサー的な意味でご贔屓なんですねと思える。気になったので調べた。
Dodge M4S - Wikipedia

*4:キルドーザー事件 - Wikipedia

*5:Killdozer! (short story) - Wikipedia原作は第二次大戦中の工事現場が舞台で、最後は日本軍の空襲だか米軍の誤爆だかに遭遇してえらいこっちゃな話だそうである。つまり、爆発オチである。

*6:ザ・カー - Wikipedia

*7:このメロディは『シャイニング』(1980)の冒頭や『レディ・プレイヤー1』(2017)の当該シーンでも流れているので、映画オタクならすぐ調べて分かるやつである。

*8:あと『エクソシスト』のテーマ曲はいつ聴いても最高じゃな!CD持ってます!!

*9:KITT VS KARR - The EPIC Showdown | Knight Rider - YouTube

驚いたことに、公式アカウントが当該シーンをYouTubeで公開していた。

*10:この本には、ポゼッスドカーから逃げる方法以外にも様々なサバイバル知識が書かれている。必読の書である。

*11:この映画のサウンドトラックは、モータウンレコードから発売されている。クリスティーンが生まれた時代のデトロイトのブランド力を感じさせるこだわりっぷりだと思う。

*12:記事はこちら。シオドア・スタージョンは軍隊で重機に乗っていたそうなので、その経験が活かされたためか専門用語がバンバン出てくるテック系SFホラーになっているらしい。
Killdozer! – Schlock Value

*13:メガテンシリーズにもクリスティーンとザ・カーの黒い車が悪魔合体したようなヤツが出てくるらしいため、ここで悪魔合体ということばを使う意義は大いにある。

*14:『ゾンビ』は、ドーン・オブ・ザ・デッドという原題をカタカナにしたタイトルが有名なアレである。ゾンビは生前の習慣を繰り返すため、ショッピングモールに集まってくる。ショッピングモールに籠城した主人公たちは〜っていうあらすじだけでも絶妙に嫌な気持ちになれる、文明批判のストーリーで知られる。

*15:The Other Woman Was a Car

*16:ツタヤディスカスなら見れるけど、見なくても大丈夫ななやつだと思った。

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*17:バンブルビー』は80年代中頃にバンブルビーだけが初めて地球にやって来て、古ぼけたビートルになっていた頃の物語という設定のスピンオフである。
 バンブルビーがやってきた家の隣人は部屋の壁に『遊星からの物体X』(1980)のポスターを貼っていたが、バンブルビーがクリスティーンと同じことをやっても特に怖がらない。私が同じシチュエーションに遭遇したら、ビビリまくっておしっこちびるかもしれん状況なのにである。カーペンター作品のファンなら最新作はチェックしているだろうし、もしかしたら『バンブルビー』の80年代には『クリスティーン』という作品が存在しないのかもしれないと思った。
 バンブルビーを追ってきたデストロンのトリプルチェンジャーは、ずばり家族をないがしろにした男が買った車に擬態していた。この辺とかを見ても、『バンブルビー』は『クリスティーン』がフォーカスしなかった旧車趣味の陽の部分なんかも意識して作られた映画なんやろなぁと思えた。

*18:殺人車が暴れまわるホラー映画『Hybrid』(動画) | ギズモード・ジャパン

*19:この作品の意図は、原作である『ファイティング・ダディ 怒りの除雪車』(2014)を見ればよく分かると思う。監督本人の手でリメイクされただけあって、細かいところまでほぼ同じ展開になっている。クルマが材木で突き刺されるシーンももちろんある。

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『オオカミの家』覚え書き

Blenderの練習がてら絵を描いてみた

感想

 先日、市内のミニシアターに『オオカミの家』を見に行った。一言でいうと、ヤバすぎて体調不良になる映画だった。

 素晴らしい、素晴らしいんだけど見ながら「早く終わってくれ…!」と思わざるを得なくなった映画。そんなものは生まれて初めてみた。

 今回の記事はネタバレ無しなので、安心して下の予告編から見て行ってほしい。

 

 

 予告編を見なおしたら、あのときの息が苦しくなった記憶が蘇って動悸してきた。

 この予告編を最初に見たときは、これはこの映画の特にすごい場面を集めた名場面集みたいなもんなのだろうと思っていた。しかし実際には、この予告編のノリとクオリティが全編ぶっ通して続く。むしろこの予告編は、緩急がつけてあって見やすいと思えるレベルである。

 あらすじは公式サイトとかで見てほしい。なんかチリのカルト集団が作った映画という建前で、チリ政府の助成金とかも入っているらしい。そういう話が、作品の冒頭のナレーションで語られていた。作品の中に謝辞がガッツリ含まれている作品って、珍しい。それはいい。つまりオウ▲真理教や幸福●科学が作ったアニメのような、そういう世界観に基づいて作られたストーリーが見られるってわけだ。しかも、とてつもないクオリティで。

 何がどうだったのかは、予告編で見たとおりである。壁に描かれた主人公マリアの姿が、動いていく。新しい絵を上から描いて写真に撮るを繰り返して、コマ撮りのアニメーションになっているのだ。または紙テープみたいなものを芯にして上から紙を貼ったり絵の具を塗ったような塑像が作られていき、それが動いたりする。これもまた新しく作っては写真に録り、その上から塗るを繰り返して作られたアニメーションである。

 作画コストが、すっごい。めちゃくちゃたいへんじゃん。どんな執念で作ってるの?などと考える。その画面の1秒ぶんを作るために、どれほどの時間を費やしたのか?と考えさせられてしまう。

 どのシーンを見ても、常にである。

 見せ場が多すぎる。

 こういう気合の入った場面って、1作品につき数分とかで大丈夫なやつじゃないのか。アバンタイトルだけとか。エンドロールの最初だけとか。見てる側の脳に休む暇を与えないような密度でやることじゃないと思う。実際、制作者にはそういう意図があるのだろう。

 最初からアクセルベタ踏み。ローギアで10000回転。最後までこのペースでいく。そういうスタミナが、見る側に求められている気がしてくる。

 そんな体力、私には無いです!!!とマリアがベッドに縛られたあたりで思った。あの場面のあたりで私は息が苦しくなり、早くここから出たほうが良い気がするんだけど目が離せないので出られないといった状態になった。あとお腹が苦しい。腹の具合がだいぶ悪いんだけど、この映画のせいですか??とずっと考えていた。

 最後まで見てしまった今ならば、けっこう最後のほうまで耐えられたじゃん!とは思える。しかし見ている最中は必死だった。マラソンのトップ集団のペースで走らされている素人の苦しさ。そんな感じだと思う。

 この作品、見せ場が多すぎて時間の感覚を忘れてしまう。この場面は起承転結でいうとどこなのかが、見ている最中にはほとんどわからなかった。ストーリーがどう転がっていくのかも全然分からなかったため、そういう不安のせいでもあった。

 使われている言語が2つある点も、だいぶ気になった。多分チリの人たちに呼びかけている言葉と、マリアに呼びかけている言葉が別の言語になっていたんじゃないかと思う。オオカミの言葉は全部ドイツ語、マリアの台詞を含む女性の声はドイツ語とスペイン語が半々くらいだったと思う。そういうところまで含めて、情報量がとにかく多かった。さらに目から入ってくる手の込んだアニメーション、なんか優生思想的な寓話のようなストーリーが脳のリソースを専有する。

 『シンエヴァ』を見た時も、クライマックスでこれに近い状態になった記憶がある。あれは理解できる演出と理解できない演出が半々くらいだったので、時々脳がフリーズしていた。『オオカミの家』は全編が『シンエヴァ』のクライマックスみたいな映画ですと言えば、分かって頂けるかもしれない。この、意味内容が多すぎて脳が処理落ちしても、さらに負荷がかかり続けて苦痛になっていく感じが

 『オオカミの家』の見せ場はクライマックスだけではない。釘付けにならざるを得ない映像と絶妙に不安にさせてくるサウンドエフェクトがずっと続くのだから、見てて疲れないわけがないってことだ。クライマックスあたりで脳の疲労が頂点に達するこの感じは、だんだん頭が変になってくるとかいうヌルい言葉では足りない苦痛だった。多分これも作り手の意図なんだと信じたい。ところで『キンプリ』『キンプラ』は応援上映でどんだけ熱狂しても1時間程度で終わるようになっていたが、あれは親切設計なんだな!と思った。

 

 見終わってから24時間くらい経ったころに、この体験を文章にしなければならないと思った。

 なんというか、あまりにもしんどかった。

 すごいんだけど、受け止めきるには体力がいる作品だと思った。映画館で見ると、サラウンドシステムのいい仕事っぷりにも驚かなければならない。私はこの作品を、いちばんいい環境で体験できたんだと思う。

 ここ1ヶ月くらい、季節の変わり目の影響で自律神経系が弱り、体力が落ちている。そんな時分に見ると、本当にゲッソリできる。

『オオカミの家』、ぜひ映画館で見てください。

補足:コロニア・ディグニダについて

 ところでこのコロニア・ディグニダについて、家に帰ってから調べた。そしたら、想像以上にヤバかった。『オオカミの家』のヤバさはコロニア・ディグニダを知らなくても分かるが、知った上だとヒエ〜と思って恐縮してしまう。よくこんな設定でこんな映画撮ったな!!スゲエよ!とあらためて思った。

www.esquire.com

 この記事では落合信彦の「20世紀最後の真実」を参照している。このタイトル、と学会の本で見たことがある気がするぜ。どういうこっちゃと思って調べた。

 この本でなぜ落合信彦が南米に行ったかというと、エスタンジアと呼ばれるナチスの秘密UFO基地を探していたからである。その捜索の過程でうっかりコロニア・ディグニダの周りに行ったら危険な目に遭ってしまった、というのが真相らしかった。

 なんというか、瓢箪から駒みたいな話だなと思った。

補足:この作品について

 これも制作者の意図かもしれない!と上で何度も書いているが、多分そうでもない。海外の記事で見つけたインタビューを何本か読んだが、これが監督のレオンとコシーニャの創作スタイルであり、見た人の具合を悪くしてやろうという意図は無さそうだった

 この作品は、コロニア・ディグニダのパウルシェーファーウォルト・ディズニーのチリ版になろうとしたが上手くいっていない映画をイメージして作られた。作品の制作の様子はインスタレーション作品として展示され、それも10数か所の美術館や公共スペースを転々としながら行われた。そういう話は以下の記事で読める。

www.cartoonbrew.com

 監督のホアキン・コシーニャは小さいころにコロニア・ディグニダのレストランに行ったことがあるとかいった話。「誰かが何かに賛成しているかが明らかなアートにはうんざりしている」といった話は以下の記事で読める。

www.arsenal-berlin.de

 アリ・アスター監督の最新作『ボーはおそれている』では、レオンとコシーニャによる12分のアニメが見られるといった話はこの記事から読める。12分くらいで十分ですよねと思った。

weekend-cinema.com

Synthwaveのアルバムアートに出てくる車を特定する

お陰様で私もクルマが描けるようになった

はじめに

 皆様はシンセウェーブ(Synthwave)を知っているだろうか。簡単に説明すると、最近作られた80年代風のシンセサイザーっぽい音楽のことである。

 私は数年前にシンセウェーブを何となく聞き始めてから、気がついたことがある。シンセウェーブのアルバムアートは、自動車モチーフが多いのだ。そんなことに、今年1月になってからやっと関心を持った。そして、よく出てくる車種を特定したら楽しいんじゃないかと思った。

 シンセウェーブについてはこの記事に詳しく書いてあるので、まずはご一読いただきたい。今回の記事は、ここで書かれているような内容はもう分かっている前提で進めていくのだが、記事のタイトル通り旧車の話をするだけなので読まなくても大丈夫だと思う。

www.snrec.jp

この記事のスタンス、おことわり

 今回の記事は、そんなシンセウェーブ界隈を観察し、自動車モチーフなアルバムアートを見つけては車種を特定し続けた自由研究の中間報告である。筆者はいちおうゴールド免許を持って毎日車通勤している身分ではあるが、クルマ趣味については完全に初心者である。なので、間違っているところがあったら記事のコメント欄にでも書き込んでほしい。

 調査の手順は以下の通りである。

  1. "Synthwave"タグと"Outrun"タグでBandcampを閲覧する
  2. 自動車が出てくるアルバムアートを見つけたら、リンク先を作業場所にメモ(一応中身も聴くし、気に入ったら買う)
  3. 画像検索等を使用し、車種を特定できるなら特定する
  • 2回同じ車種を見つけられたら「界隈でちょっと人気ある車」と認定

 "Outrun"については後述するが、"Synthwave"のほぼ同義語として使われているタグである。最近シンセウェーブが人気なせいで"Synthwave"タグはごちゃごちゃしてきたが、"Outrun"のほうは界隈のドレスコードの中でも特に車モチーフにこだわっている人が多い印象がある。

 とりあえずこの車モチーフのアルバムアートという調査対象は、求めて探すことができない。何か効率の良い方法があったのかもしれないが、漠然と界隈を眺めることでしかトレンドは分からないから仕方ないと思っていた。それはまるで、何か活きのいい旧車が走ってないかナ…!?とワクワクしながら公道に出ていくような、接近遭遇できるか運次第な状態だった。

 具体的にいうと、『クリスティーン』(1983)の1958年型プリマス フューリーは絶対に居るはずなので、必ず見つけ出す!と思って当初から探してはいた。しかし車種の名前でタグが設定されていたりするわけではないので、取っ掛かりが無い。偶然に探し出せるまでは数ヶ月かかった。1つだけでも見つかって良かった。そんな感じだ。*1

 こんなん絶対自慢できるような手法じゃないよ!!!!ってことはよく分かっているのだが、効率の良い調査方法あります的なアドバイスはもう必要ないのでよろしくお願いいたします。何かスクリプト組む方法とかあったんじゃないのと12月になってからやっと気が付いたが、もう報告書を上げて年末でいったん終わりにしたいと思えたんじゃ!

 とりあえず、Bandcampのジャンル別閲覧ページの表示アルゴリズムがどうなっているのか、今でもよく分からない。見る時々によって、界隈で人気の車種はちょっとずつ違っている。それでも半年くらい見続けたので、定番の人気車種くらいは確実に分かってきた。そういうユルい観察を半年以上1年未満続けた結果がこの記事という程度のものなので、へーくらいに思ってご覧いただけたらと思う。

定番人気車種

 まずはアルバムアートに登場するド定番人気4車種の話をする。肌感覚として、こいつらが四天王ってことで良いと思った。

 これらの車について背景をまとめていったところ、サンレコの記事には書かれていないシンセウェーブ界隈のトレンドの話を深掘りすることができた感じがする。

フェラーリ テスタロッサとF40

 テスタロッサはものすごい頻度で界隈のアルバムアートに登場する。そして、F40も負けじと存在感を主張している。紹介するとしたらこの2つはセットだと思ったので、1段落としてまとめて背景などを書いていく。

 上記のサンレコの記事にあるように、2011年にカンヌ映画祭で監督賞を受賞した映画『ドライヴ』でシンセウェーブ系アーティストの楽曲が使用されたことで、このジャンルは脚光を浴びることになった。映画自体はライアン・ゴスリングがハンマーで悪漢を殴打する場面が有名だが、そんな主人公の不器用な生き様などの80年代の映画っぽさを醸し出すため、シンセウェーブが効果的に使われたってことらしい。

 『ドライヴ』のサントラに参加した中で特に重要だと私が思っているアーティストが、Kavinskyさんである。2013年発表の『Outrun』のアルバムアートを見れば、その注目に値する理由もよく分かると思う。

Outrun

Outrun

  • カヴィンスキー
  • エレクトロニック
  • ¥1935

 iTunesのサムネイル画像では分かりづらいが、要するにここで赤いテスタロッサがアルバムアートに登場する。このアルバムを購入するとデジタルブックレットのPDFが付いてくるので、そこで拡大してガン見してほしい。私もガン見した。このアルバムも今年発売された新作も、Bandcampでは売られていないのが残念である。

 ここで、アウトランOutrun)というキーワードが出現する。アウトランという言葉自体は現在、シンセウェーブとほぼ同じ意味内容を表すことばとして、ジャンルを表すタグとして使われている。

 それはもう、単語が独り歩きを始めていると言っても良いレベルだと思う。実際私も当初この言葉がまさか日本製のゲーム*2に由来しているとか、そのゲームに登場するのがオープンタイプのテスタロッサだということも知らなかった。そんな経緯を全く知らなくても、このジャンルの音楽を楽しむことはできてしまうからだ。

シンセウェーブ。1980年代のシンセサイザー音楽、テレビ番組、ビデオゲームに影響を受けたジャンルで、主にシンセサイザーを使ったAORフュージョン的なウワモノと、ミュンヘンサウンド/イタロディスコビートが合わさったサウンド。ゲーム「Out Run」や深夜放送のBGM系テレビ番組の映像の影響も強く、自動車、夜景、ヤシの木、カクテル、ネオン、格子柄で強調された遠近法、サイバーパンクといった要素が頻出する。Vaporwaveと参照先が似ていながらも区別されている一大ジャンルであり、この違いを認識することは2010年代のネット音楽シーンの理解に重要である。

『新蒸気波要点ガイド(ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019)』80ページ

*3

 ではどれほど『アウトラン』の音楽がシンセウェーブに影響を与えているかというと、実はそこまでではないのかも…と個人的には思った。たしかにシンセウェーブ勢の間でカバー曲を作っている人もいる。*4しかし『アウトラン』のサントラ自体は、T-SQUAREみたいなフュージョン系の楽曲である。それはそれで当世風なんだが、音楽としては現在主流のシンセウェーブ的ではないような気がする。

https://segacity.tumblr.com/post/181909287739/crashing-hard-from-the-arcade-version-of

tmblr.co

 いや、そうでもない。上で引用した文章では映像の影響のほうが大きいように書いてあるし、確かに視覚的なところのほうが界隈にものすごい影響を与えているようには思える。このゴキゲンなビジュアル!デフォルメされたテスタロッサがかわいい!昔のレーシングゲームってこんなんだったの!?ってびっくりしちゃうけど、確かにシンセウェーブってこういうノリではあるな!とか考え、私は混乱した。しかし、『ドライヴ』でも使用されたKavinskyさんの代表曲「Nightcall」とアウトランのサントラのこの曲を聞き比べてみると…

 あ!!!!!!似てる~~~~~~~!!!!

 これに気が付いたとき、私はめちゃくちゃ興奮した。テスタロッサは、ほかにもドラマ『マイアミ・バイス』(1984~1989)にも登場したりする80年代キッズ憧れのスーパーカーである。そして、F40は『アウトラン』の後継機『ターボアウトラン』(1989)の主人公機なので、この2つはアウトランを名乗るシンセウェーブ作品のアルバムアートに出るべくして出てくるわけだ。

 あと『ビバリーヒルズ・コップ2』(1987)でエディ・マーフィーがコロがしていたフェラーリ328も見た記憶があるが、テスタロッサなんかに比べるとフェラーリの他の車種はかなり少ない。

ランボルギーニ カウンタック

 カウンタック。未来から来たとしか思えないビジュアルを持つスーパーカーである。

 そんなカウンタックは、上記のサンレコの記事にも登場した超80年代バイオレンス・アクション・ナチスプロイテーション短編映画『カン・フューリー』(2015)*5の主人公カン・フューリーの愛車である。

 この作品は約20分の短編映画で、公式が全編をYouTubeで公開している。日本語の字幕もあるし来年は続編も公開されるらしいので、ぜひ見てほしい。面白いからでもあるが、上で引用したようなシンセウェーブの視覚的な特徴をほぼ完全に網羅しているので、見れば多分この界隈の理解が捗るからだ。もちろん劇伴は悪ノリ感あふれるシンセウェーブである。

 『カン・フューリー』のテーマ曲は、ドラマ『ナイトライダー』(1982~1986)のデビッド・ハッセルホフが歌っている。ホフは本編にもカウンタックに搭載されたHOFF 9000というコンピューターの役で出演している。そのため当たり前のようにMVにもカウンタックが登場し、ホフが中から出てきてカッコよく歌ったりする。ところでカン・フューリーのこのビジュアル、前述したKavinskyさんのアルバムアートに出てくる男に絶妙に似ているな。今気が付いた。

 この映像の、このバカバカしさ。開脚をキメる場面はジャン=クロード・ヴァン・ダムのいわゆるヴァンダミングアクションのパロディなのだが、ほんと素晴らしいと思う。80年代風にカッコつけすぎているのが、まあダサい。しかしそのダサさがクセになってきて、一周回ってカッコイイと思えてくるような作品の世界観に、カウンタックのアホほどかっこいいビジュアルがマッチしているとしか言いようがない。

 そして、このバカバカしいくらい過剰な80年代趣味(80's Aesthetic)の世界が重要である。私も最初はネタとしてシンセウェーブを聴き始めたのだが、気が付いたらそのエモーショナルすぎる80年代趣味のとりこになっていた。この、ネタとして見始めるという敷居の低さが重要なんだろう。

 それはそれとして、カウンタックもまた80年代キッズ憧れのスーパーカーである。レトロフューチャリズム志向だったり、憧れ重点でドリーミーな世界観だったりするシンセウェーブ作品のアルバムアートを飾るには、ぴったりなクルマといえる。実際、テスタロッサの次くらいに多く見かけるとおもう。

 カウンタックがアルバムアートに出てくる作品の中で、個人的に一番おすすめなのがこれだ。この作品はシングル曲のPVがBandcampでも見られるようになっているのだが、情報量が多すぎて私もカルチャーショックを受けたので紹介しておく。話が脱線するので紹介するにとどめておくが、なんかこう…実際こういう界隈なんだよな。

 このアルバムは、レトロフューチャーというよりは、ノスタルジーに寄り添っている感じがする。架空のFM局の放送を聴いているようなこのアルバムの趣向は、カーステレオで聴くにもずいぶんテンションが上がってとても良いです。

DMC デロリアン

 ご存知のように、デロリアンはタイムマシンである。『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(1989)に登場したときには、主人公を2015年の世界に連れて行った。2010年代と80年代を繋ぐクルマなんだから、シンセウェーブ界隈でちやほやされない筈はない。もう象徴的な存在と言ってもいいだろう。

 ドノーマルのデロリアンもよく見かけるが、タイムマシン仕様も多い。まずはこちらをご覧いただきたい。

 ドキッ!スーパーカーだらけのドライブイン!!いちばん左は多分『処刑ライダー』(1986)*6にも出てきたコンセプトカー、ダッジM4Sだと思う。その隣はテスタロッサと『ナイトライダー』のナイト2000である。ナイト2000とそのベース車になったトランザムも「界隈でちょっと人気ある車」だと思う。

 この絵のドライブイン自体も『処刑ライダー』に出てきたハンバーガーショップっぽい形状をしており、ローラースケートを履いたウェイトレスが注文を取りに来てくれるとこまで描きこまれていて、芸が細かい。絵に描くだけならどんな夢でも叶うという力強いメッセージを感じる。

 次はこちら。

 『ゴースト・ハンターズ』(1986)のジャック(カート・ラッセル)が、タイムマシンのデロリアンに乗り込もうとしている。このあと振り返って「俺が朝までに戻らなかったら、大統領を呼んでくれ」とか言うかもしれん。激アツじゃん…!

 このアルバムは"In Search of Tomorrow -'80s Sci-Fi Documentary"*7というドキュメンタリー映画のサントラだが、この映画のプロモーションビデオには『ゴースト・ハンターズ』は出ていなかった。それで良いのかという気はするが、本編が見られないので確認ができていない。

 実際にジャックなのかどうなのかは分からないが、ここでジョン・カーペンター監督作品のキャラクターが登場する必要はあるのかもしれない。サンレコの記事にもあるとおり、ジョン・カーペンターはシンセウェーブのルーツにあたる音楽を作り出したアーティストの一人でもあるからだ。

 話は逸れるがそんなジョン・カーペンターも、自身の過去の映画音楽を集めてリメイクしたベスト盤にシンセウェーブのタグをつけてBandcampで販売していたりする。これはすごいことなのではないか。シングルカットされた『クリスティーン』(1983)のテーマ曲には新しいMVが作られ、このように映画版だけの名場面の再現から始まる。これ、すごくいい。

界隈でちょっと人気ある車

 同じ車種を2度見かけたら「界隈でちょっと人気ある車」に認定するってことで、そういう車をこの段落では紹介する。*8

ダッジ チャージャー

 ここまで見てきたように、シンセウェーブ界隈のドレスコードは80年代的なグラフィックである。なので80年代の車がメインであり、さらに80年代に旧車として走っていた車も全然アリなんだと分かってくる。

 その旧車系アルバムアートの中でいちばんよく見かける気がするのが、いわゆるマッスルカー*9と呼ばれる車のひとつ、チャージャーだ。マッスルカーということばが生まれたのは80年代あたりとのことで、そういう意味でも80年代的なモチーフとしてアルバムアートに選ばれているんだろうと思った。

 チャージャーは『ワイルド・スピード』(2001)でヴィン・ディーゼルが乗っているイメージが強いが、ワイスピが始まる前から普通に大人気の車だろということで、シンセウェーブ界隈でもよく見かける。年式は色々だが、この車の真価はテールランプがやたらカッコいいことにこそあるような気がしてくる。

 このシンプルな線形の、クールなこと。最近こういう線形のテールランプが流行っているので、古さを感じさせないばかりか最先端なビジュアルともいえる。マッスルカーだからとかどうでもいい。夜に見栄えがすることこそ、シンセウェーブ界におけるアドバンテージなのかもしれない気がする。

 そういう事情もあり、この特徴的なテールランプが光っている以外の形状が分かりづらい絵も多く、車種の特定には時間がかかった。このアルバムアートは例によってワイスピ第1作で色々あって最後に全壊していた1969年型だと思う。

フォード マスタング

 名探偵コナンの人気キャラクターが乗っているってんで最近注目されているかもしれない車、マスタング。こちらもマッスルカーとして人気の車種なので、この界隈でももちろんけっこう見かける。

 これは私も購入したアルバムなのだが、たぶん1965年型だと思う。このアルバムアートは拡大すると、奥に白いカウンタックが路駐していることが分かる。旧車のロマンをひしひしと感じる。

 『60セカンズ』(2000)でニコラス・ケイジが盗んで走り出したり、『ワイルド・スピード3 TOKYO DRIFT』(2006)でシルビアのエンジンが入れられたのは1967年型。スティーブ・マックィーンの『ブリット』(1968)に出てきたのは1968年型。この辺も見る機会がありそうなので、60年代のマスタングのことは細かいところまで覚えて損はないと思った。

アルファロメオ カラボ

 このカクカクした不思議な形状のカラボという車は1968年発表のコンセプトカーだが、こいつも人気者である。これなんかが面白い。

 カラボがパトカーに追われている。サイバーパンク西部警察って感じである。というか、いちいちタイトルに日本語訳が書いてあることに私もびっくりしたが、シンセウェーブ界隈では日本語併記のデザイン自体は特に珍しくない。サイバーパンク世界では日本の存在感がかなり大きめなので、こういうこともあるんだろうとは思った。しかし日本のパトカーが出てくるってすごいな。レトロフューチャーなのか過去なのか未来なのか判然としないが、良いな。

日産 フェアレディZダットサン 240Z)

 最近、界隈にちょっと変化が起こってきた気がするというか、意外なことが分かってきた。日本車モチーフのアルバムアートもあるっちゃあることだ。

 私がこの自由研究を始めるきっかけになったアルバムが、これである。見覚えがあるこのオーバーフェンダー。いわゆるいちばん初期型のフェアレディZ(240Z)にしか見えない車が出てきたのである。

 文字通り自分の目を疑ったので、弟にも確認してもらったが、これは湾岸ミッドナイトを意識してやってるでしょ!という結論に至った。

 このアルバムアートはリリース時点から1回リニューアルされて2代目なのだが、先代の全体的に紫色っぽいアルバムアートもCDのパッケージ画像として残っている。先代のアルバムアートに描かれていたのも、ダットサン車だった。その辺の事情はよく分からないが、とりあえずこのアルバムはリリース直後くらいの2年前に買ってコレクションに追加していたもので、私はアルバムアートを全く意識せずに中身を気に入って買っていた。コメント欄に長々と書いてるとおり、このアルバムは全体的に80年代の映画のオープニング曲みたいでかなり良いです。

 このアルバムのCDを発売したRetrowave Touch Records*10は拠点がモスクワで、アルバムの作者はクロアチア人である。要するに、東側で生まれたシンセウェーブということになる。で、このアルバムアートの作者はイタリア在住っぽいとこまでは調べた。*11シンセウェーブ世界はだいたいハリウッド映画みたいなもんだと思っていたが、話がだんだんグローバルになってきた。とりあえず世界中でシンセウェーブという共通の世界観設定を持ち、作品が作られていることは分かる。

 ちょっと話が脱線するが、ついでに調べたことも書いておく。この240Zがとにかく相当な人気者で、他ジャンルのアルバムアートにもよく出てくると分かってきたからだ。シンセウェーブ界隈はもちろん、シンセウェーブと似たようなジャンルとして雑に一緒にされる場合があるヴェイパーウェイヴ(Vaporwave)界隈でも見かける。たとえばこれ。

 ヴェイパーウェイヴ界隈の最大手レーベルbusiness casualから今年の7月にカセットテープがリリースされたこのアルバム*12、11月に別のレーベルからデラックス版が早くもリイシューされている。それってのがどういうことなのか意味はよく分からないが、普通にこの車が人気だからアルバムアートにも出てくるんだろうと最初は思っていた。しかし、このアルバムに収録されていた曲のMVを探して見たところ、尻子玉が抜けるかと思うほどの衝撃があった。これもまた湾岸ミッドナイトだった。

 このアルバムアートのように、240Zと同じくらいの年代やもっと古いクルマにステッカーを貼ったり、カリカリにチューンするなどしたゾク車のイラストが、Pinterestを見ているとけっこう見つかる。なのでこのアルバムアートも、そういう絵の影響下にあったりするのだろう。しかし実際どうなのかは知らないが、やはり湾岸ミッドナイト知名度的な何かもこの車の人気に影響しているのかもしれんと思えてくる。ゲーム版以外はろくに翻訳されていないらしいため、"悪魔のZ"という名前と設定だけ有名なのかもしれん。

 このアルバム自体のジャンルはヴェイパーウェイヴの中でもフューチャーファンク(future funk)と呼ばれる様式である。聴いてわかるようにヴェイパーウェイヴ系の音楽はサンプリングした原曲をふわふわにして作られているため、シンセウェーブとは印象が全く違う。しかしミレニアル世代をとりこにしている点については、だいたい似たような現象であるように私は思う。*13人間が幼少のころに大好きだったクルマは、この界隈に限らずアルバムアートになりやすかったりするのだろう。

ヴェイパーウェイヴ。2010年頃からインターネット上で良まれた音楽ジャンル。主に1980年代のAORスムースジャズ、ミューザックといったジャンルの音楽をサンプリングし加工(スクリュー、ループ、ピッチ変更)させたもの。商業的音楽を解体することで資本主義や消費主義への皮肉を表していると言われるが、同時に在りし日を懐かしむ郷愁的ムードを持ち、SABPMの現代版としても機能している。

『新蒸気波要点ガイド(ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019)』81ページ

 

 ところでヴェイパーウェイヴではニンテンドー64っぽいローポリなCGや80~90年代のアニメ、アナログテレビの映像のキャプチャなどがドレスコードとされているので、こちらを観察しているとシンセウェーブ界隈とはよく見かける車種が変わってくる。しかし、シンセウェーブ以上の沼というか無法地帯が待っているため、これなんか特にそっとしておいたほうが良いんだろうと思った。aestheticで良いかんじだし何度もリイシューされてるけどこれ、合法なんだよな…?

これから流行りそうな車

 ここから先は、私の想像の話が多くなる。私はこの界隈のROM専というか聴く専門のニュービーなので、作り手側の気持ちの予想はあまり上手にはできないはずだからだ。なので、今まで以上に〈独自研究〉くらいに思って見てほしい。いや本当に。

この記事で紹介した車、だいたい「トミカプレミアム」とか「トミカアンリミテッド」になってるので、おもちゃ売り場ですぐ買えます

頭文字D』登場車

 私が今後シンセウェーブ界隈で流行ると思ったのが、『頭文字D』に登場する80年代に生産された車だ。

 それを考えるきっかけになったのが、FCという通称で呼ばれるRX-7である。

 この車が『カン・フューリー』のサントラを手掛けたMitch Murderさんの2021年発表のアルバムに登場したことで、え!?シンセウェーブのアルバムアートにもFC出して良いの!?みたいな衝撃を界隈にあたえたと思う。多分。知らんけど私はめっちゃ驚いたし、ジャケ買いした。

 これも弟に確認してもらったが、FCはテールランプの形状が前期と後期で違っている車だけどこれは前期!『頭文字D』とか『湾岸ミッドナイト』に出てきたのは後期!って感じで正解だった。嬉しい。

 日常系というか、chillなシンセウェーブである。今までに紹介してきたアルバムアートは、界隈のドレスコードの中でもいちばん重要っぽいとされる紺とピンクのグラデーションを基調にしたものばかりだったが、この作品は意図的にそこを外して作られていることも分かる。大御所だからこその自由さだな。そして絵としての良さもさることながら、この車のナンバープレートを拡大してみると、"群馬"とか"DRIFT"という単語が読めるのが画期的だ。この絵を発注した人か絵の作者は、99%以上の確率で頭文字Dを意識していると判断するには十分な根拠だよな!!*14

 そんな余波が来たからなのかは分からないが、界隈の超人気イラストレーター・mizucatさん*15が描いたFC*16も登場した。私は同じ車種を2度見ることができたら「界隈でちょっと人気ある車」と定義することにしたが、つまりこの時点でFCはちょっと人気ある車と認定せざるを得なかった。

 これはまあ、今後『頭文字D』の車が流行る予兆とみて良いのではないだろうか。なんせMitch Murderさんの今年発表したアルバムには、遂にAE86が登場したからである。しかも例によってmizucatさんの絵で。

 ヘッドライトの形状は違うが、色は間違いなく秋名のパンダトレノ様と同じである。私はこの調査を始めてからアルバムアートの車種に異常に注目し、ついでに作品のコメント欄もいちおうチェックしていたが、コメントで車種に言及していた作品はこれ以外に見たことが無い。それくらいこのハチロクは衝撃的だったということだろう。

 ここから先は、完全に私の妄想である。

 『頭文字D』は90年代の作品であって、80年代ではないんよ。音楽的にはユーロビートの象徴みたいな存在だし、この作品に出てくるクルマは80年代に製造されたものも多いけど、それをアルバムアートに使ったらシンセウェーブのドレスコードに違反するような気がするんよ!というような葛藤が、多分あったのだろう。しかし最近、大御所が先導する形で、その暗黙の了解を破ってFCとハチロクを出してきたように見えるわけである。実際ハチロクは増えたような気がする。

 ちなみに頭文字Dに数多くの楽曲を提供してきたデイヴ・ロジャースのBandcampページでは、もちろん気軽にハチロクと会うことができる。どこで撮ってんだこれ。

 FCとハチロクが出てきたら、次に出てくるのはおそらくスカイラインBNR32)だろう。このR32が登場したのは1989年だと湾岸ミッドナイト』で読んだ。なので、かろうじてドレスコードには違反していないこのR32が、シンセウェーブ界隈に堂々とたくさん出てくるかもしれないと思った。

 これなんかは、GT-Rの話がしたくてもできないもどかしさを感じるアルバムアートだと思った。そこはかとなく遠慮しているような感じがするが、タイトルとか右ハンドルな絵からして、たぶんそうなんだろうなと思える。

 なんか日本車は出しづらいっぽいのではないか。テールランプの形状が◎◎な車ってF40のことでしょ?という先入観が私の中では完成してしまっているが、そんな界隈にもうR32くらいなら出しても良さそうだぜ!という空気感が浸透するかもしれないと思えた。いや本当に知らんけど、そうなるんじゃないかな?と思った。

 あとは、2020年代に入ったらレトロブームのトレンドも90年代に徐々にシフトしていくかもしれないってことで、90年代のゲームっぽいビジュアルの絵とかがシンセウェーブ界隈でも流行るかもしれないですねとか思った。

 実際どうなるかは知らん。しかしこの記事もいい加減に公開しておきたいと思ったので、憶測は憶測のまんま公開しておこうと思った。*17

20221231追記

弟から「これはスカイラインというよりは外車だと思う」と指摘がありました!英国は左側通行で右ハンドルなので、そうではないかと!言われてみりゃあ納得すぎます!そういえばルームミラーにもなんか違和感がありますね!!タイトルの引っ掛けパワーがすごすぎて完全に騙された気持ちです!!!弟ありがとうございました

感想

 車が出てくるアルバムアートを見つけて車種を特定するのが最初は楽しかったが、最近はだんだん苦痛になってきた。確かにこの記事で定番人気車種と認定した車はたくさん出てくる。しかしそれ以外の車種が特定できた!と思ったらなんか違う~!というガッカリなことが何度もあり、楽しさは義務感に、義務感は嫌気に変わっていった。なので、もう作業はいったんやめようと思った。シンセウェーブのことを嫌いになりたくはないので…。

 この記事を書くために色々と車について調べた結果、Bandcampへの課金額はうなぎ登りになった。ということはなかった。日本円で毎月の課金上限額を決めていたので、円安のあおりを受けて逆に買うことができたアルバムの数は減った。まことに苦しい。ウィッシュリストの中身が全然減らなくなったので、早くどうにかなってほしい。

 あと『処刑ライダー』と『クリスティーン』について。これはたくさん語らなければならないと思ったので、次に書く予定の映画の記事でレビューとか考察を載せる予定である。期待せずに来年まで待ってやってな。

*1:この後姿は間違いなくクリスティーン!ガイコツは元オーナーの亡霊かな!?と思える良いデザインだが、遠目には車がいることもなかなか分からない。

meteormusic.bandcamp.com

*2:ニコニコ大百科の記事が分かりやすい。ここから動画を見ていけば、「俺はこれで運転を覚えた」とかいった当時を知る人のコメントを見たりできて面白い。

dic.nicovideo.jp

*3:この本は中のデザインも凝っていて、見ているだけで楽しいのにディスクガイドにもなっているので本当に最高だと思う。ピアッツァのことはこの本で知った。

*4:これとか好き。
OutRun - Splash Wave (BARx Cover) - YouTube

*5:この作品はレーティング指定があるので、引用してもサムネイル画像は表示されない。なのでタイトルだけのリンクにした。
KUNG FURY Official Movie [HD] - YouTube

*6:このダッジM4Sがものすごく奇妙な車として登場するので、何というかぜひ見てください。
【チャーリー・シーン主演】処刑ライダー | | 宅配DVDレンタルのTSUTAYA DISCAS

*7:キックスターターのページはこちら。公式サイトがブラウザで表示されないので…。https://www.kickstarter.com/projects/creatorvc/in-search-of-tomorrow-80s-sci-fi-documentary

*8:車ではないが、『AKIRA』(漫画は1982~1990、映画は1988)の金田バイクも「界隈でちょっと人気ある車」だと思った。金田じゃない人が乗って、よく出てくる。

*9:この記事が分かりやすい。これに出てくるような車が潜在的に「界隈でちょっと人気ある車」なんだと思う。

www.automesseweb.jp

*10:このレーベルのロゴの上にはテスタロッサが乗っている。レーベルが同じイラストレーターに何度もアルバムアートを依頼していることは多いだろう。そういうレーベル側の意向なのか、とくに指示がないからアーティストが自分の好きな車を描いているのか。その辺は分からないが、このレーベルは特に車モチーフのアルバムアートが多いことが分かった。運営が車好きなんだろうな。

retrowavetouchrecords.bandcamp.com

*11:https://www.instagram.com/p/CQB0gCcH9Rh/

*12:デラックス版のほうが絵のグレードが高いのかもしれない。

music.businesscasual.biz

*13:この記事が分かりやすい。堂々と「未来とは喪失である」とか書かれていて、納得するほかなかった。

gendai.media

*14:この記事のインタビューによると、アルバムアートは光やリラックスできる空気、そして日本のモノレールが重要と考えて発注した的なことが書いてある。車についての言及はない。

vehlinggo.com

*15:この方のポートフォリオを見ると、全部あなたが描いていたんですか!!と思えるくらい、シンセウェーブ、ヴェイパーウェイヴ(特にフューチャーファンク)界隈の人気者であることが分かると思う。

*16:このように堂々とRX-7と書いてあると、車種を特定しやすくて助かる。future80s.bandcamp.com

*17:ところでジャンルは全く別だが、スカイラインの特にR32が大好きすぎてアルバムアートはもうほぼ全部これにしちゃうアーティストも見つけたのでリンクだけ紹介しておく。なんか、本当に好きなんですね!って伝わってきたので。
Stream Deadcrow music | Listen to songs, albums, playlists for free on SoundCloud

岡山市内のTRPGコンベンション立卓状況2022年版

天下繚乱RPG

 岡山市内の主要4サークルの開催状況です。今年は徐々に例会復活のきざしが見え始めたのですが、結局来年どうなるかの見通しもなかなか立たない状態になっております。

サークル名(敬称略) 立卓状況 備考
1月
OGA ファイナルガール ほかにボードゲーム卓あり
2月
OGA ソード・ワールド2.5 ほかにボードゲーム卓あり
3月
OGA ソード・ワールド2.5 ほかにボードゲーム卓あり
4月
OGA ストリテラ
メタリックガーディアンRPG
ほかにボードゲーム、マーダーミステリー卓あり
5月
OGA ダブルクロス The 3rd Edition
メタリックガーディアンRPG
ほかにボードゲーム卓あり
6月
OGA インセイン
ソード・ワールド2.5
ほかにボードゲーム卓あり
7月
OGA Kutulu
ヤンキーマストダイ*1
ほかにボードゲーム卓あり
8月
OGA Kutulu
ソード・ワールド2.5
ほかにボードゲーム卓あり
9月
OGA Starfinder Roleplaying Game
トーキョーN◎VA THE AXLERATION
ほかにボードゲーム卓あり
インセイン  
10月
OGA アリアンロッドRPG 2E
ダブルクロス The 3rd Edition
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ スタリィドール
天下繚乱RPG
 
11月
OGA ケダモノオペラ
スタリィドール
天下繚乱RPG
ほかにボードゲーム卓あり
12月
OGA ケダモノオペラ
ソード・ワールド2.5
ほかにボードゲーム卓あり
OCTOPATH TRAVELER TRPG
クトゥルフ神話TRPG
 

 あと6月のOGAではインセインの後に未訳のナラティブ系システムで遊ばせて頂きました。これはなんか貴重な経験だと思ったので、何となく記録しておきます。

www.drivethrurpg.com

90年代のオタクが推奨したアクション映画を見る

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つい描いてしまったファンアート

爆走!アクション・ムービー・ジャンキーズ

爆発!炎上!崩壊!沈黙!

今、アクション映画が途方もなく熱い!

男の夢想が結実した新世代デカ・バジェ・ムービーの魅力と魔力を徹底解説!

 予算=バジェットがデカい。つまり超大作のことを、この本の中ではデカ・バジェ・ムービーと呼ぶ。

 洋泉社映画秘宝ムックがあったりしないかな~と思って古本屋に行ったところ、こんな本をゲットすることができた。『爆走!!アクション・ムービー・ジャンキーズ '90sアクション映画観戦ガイド』!(以下、略してBAMJと表記する)なんせ、発行されたのが1998年の5月。むしろ、映画秘宝ムックよりもこっちの方がお宝ではないか。いや、そうだ。

 この胡散臭くて暑苦しい表紙をご覧いただきたい。ほんとに90年代か?それ以前の雰囲気しか感じないんじゃが…と少し迷ったが、やはり買わないわけにはいかなかった。90年代のアクション映画を観戦!である。気にならないわけがない。書いている人たちも、映画秘宝で見かける名前がちらほらいるし、多分おもろいやつだ。

 しかし、それだけが魅力ではない。古い本ならではの楽しみ方があるではないか。目次を見ながら内容に納得しながら買って帰ったわけだが、目次を見るまでに私はこんな期待をしていたわけである。

  1. 90年代にメチャクチャ活躍したけど、最近全然名前を聞かない映画人の話が載っているのではないか?
  2. 90年代末時点の未来予測は、2021年時点でどの程度当たっているか?
  3. 最近すっかり落ちぶれた感じのアクションスターの、全盛期の熱いレビューが見られるのではないか?
  4. 90年代の映画オタクが熱い視線を注ぐ未知の作品が掲載されているのではないか?

 書き出してみたらこうなる。似たような感じの項目が並んでいるが、私の期待は主に④の未知の作品にあった。

 前回の記事では、ほかの記事のランキングをざっくり紹介するにとどめたが、今回の記事はどう書けばいいか迷った。とりあえずBAMJの中で章タイトルになっている作品を中心に、あとは私にとって興奮度高かった90年代の映画を入れて10本くらい紹介していきたいと思う。幸いにもこの本で大きく取り上げられた作品は、ド定番というよりは未知の作品が多かったので、当時のマニアの好みが垣間見られて良かった。いやこの本自体にはシュワちゃんとかジャッキーとかスタローンみたいな超王道アクションスターの記事ももちろん掲載されているのだが、やっぱ未知の作品に興味が集中してしまったため、けっこう偏った記事にはなってしまったんだけど…。

 なおこの記事の各映画の章タイトルは、BAMJの章タイトルやアオリ文から作成した。

私にとって興奮度高かったセガール映画

 最初は「私にとって興奮度高かった映画」としていたんだけど、紹介する作品がセガール出演作ばっかりになってしまったので、もうセガール映画のセクションにした。

 あらゆる意味で偏差値の低い映画ファンを魅了しまくったセガール。「強い男」から「いささか強すぎて無敵の男」へと進化した先には一体何が待ち受けているというのでしょうか?(20ページ)

 スティーヴン・セガールの記事はBAMJの最初に掲載されている。セガールが1998年の界隈で最も重要なアクションスターだったんだと、とてもよく分かる。まさに③である。申し訳ないけど③としか言いようがない。

 セガールTRPG*1のセッションに参加させて頂いた際に参加者の方々と意見が一致したのは、セガール映画は90年代までの作品だけ見ておけばOKという話だ。90年代以降の作品はクオリティが微妙で、アクションシーンは減るしそもそもセガールがあまり出てこなかったりする。なので、90年代までの作品で十分。ただしセガールが珍しく敵キャラで出てくるロバート・ロドリゲス監督の『マチェーテ』(2010)はメッチャおもろいので例外!という感じである。

 セガール映画とは、セガールが主演する、セガールがやたらめったら強い映画を定義する言葉である。BAMJはセガール映画の主人公像を一言で「能ある鷹は爪を隠す。が、一旦爪を出したら全てを破壊し尽くすまで再び隠さない」と表現した。

セガールって誰にも頼りませんからね。普通は誰かに頼りますよ、どんなアクション映画でも。それにどんなに強い奴でも敵に捕まったりしますよ。ちょっとミスったりします。拷問とかされちゃったりします。女の誘惑とかに負けてやっぱり捕まったりしますよ。でも、しませんね、セガールは!いつも天下無敵で悪を蹴散らし続けてます。1回も敵に捕まってませんね。初期の作品では1回だけ捕まったことありましたけど(91ページ)

 この1回だけ敵に捕まるってのは、デビュー作にして初主演作である『刑事ニコ 法の死角』(1989)のことだろう。敵に捕まったあと、敵の能書きを全部聞いたあとで自らの怪力によって拘束をバリッッと破り、華麗に脱出するという無敵っぷりがあまりにも衝撃的だったのでよく覚えている。どんなアクションスターにも、下積み時代にチョイ役で出演した作品くらいあるだろう。しかし、セガールは映画初出演の俳優初挑戦にして、こんな映画に出てシャロン・ストーンと共演しているのだ。この時点で、もう尋常ではない男なのである。

 そんなセガールについて、アツい解説つきでおすすめ作品を厳選してくれたBAMJ。私にとってもきっと面白いに違いない!と確信して未見の作品をエイヤッと見てみた。

獣気全開!!『沈黙の要塞』(1994)

 巨大石油会社の消火技師フォレスト(セガール)は、会社とイヌイット族との、採掘を巡る争いに巻き込まれ重傷を負う。イヌイットの女性マースー(チェン)に助けられた彼は、巨大石油採掘プラットホームを舞台に、地球環境お構いなしの冷徹な社長(ケイン)に戦いを挑んでいく。(ツタヤディスカスより引用)

 で、最初に見たのが『沈黙の要塞』である。沈黙シリーズは『沈黙の戦艦』(1992)の次に何を見たらいいのかわからない初心者だったので、BAMJに掲載されていた壮絶なあらすじを読んだのがきっかけで今回初めて鑑賞した。そして自らが製作・監督・主演したこの超入魂作で、セガールのすごさが極限に達していることを知った。この作品はだいたいどのサービスでも見ることができるし、BSならテレビ放送も期待できそうだ。

movie-tsutaya.tsite.jp

 まずあらすじに書かれている、石油会社とイヌイットの争いに巻き込まれて重症を負う場面。ここまでは普通のセガール映画だった。しかし、犬ぞりに乗ったイヌイットの長老の前にシロクマの幻が現れたことで雰囲気が変わってくる。長老がシロクマの幻が現れたほうに行ってみると、そこにはセガールが倒れているではないか!シロクマの幻はセガールの、なんか霊的なパワーが吹雪の中に具現化した現象だったのだ。

 この作品は他のセガール映画と違い、何やらセガールの強さに霊的な裏付けがされている演出があり、それが異様な雰囲気を醸し出していた。長老に怪しげな薬を飲まされて幻覚を見るシーンでは、グリズリーと戦うセガールを見ることができる。ひょっとしてギャグでやってるのか?と思ってしまう場面だが、セガールの場合は本当にギャグでやっている可能性もあり、衝撃だけ受けておくことにした。ヤツにはギャグセンスがある、とBAMJにも書いてある。

 セガールのすごさはさらに続く。実はアラスカ山中に国1個破壊できるほどのイエローケーキを保有していることが分かり、石油会社からテロリストと呼ばれることになるセガール。やっていることが実際テロリストなので仕方がない。石油会社が雇った傭兵たちはセガールの経歴を聞くと、「北極で身ぐるみはいで海に投げ込んでも、次の日にはメキシコ湾からニッコリ笑いながら出てくるようなヤツなんだぞ!」などと言いながらビビリまくる。そこまで言うか!?って感じのリアクションによって、セガールのすごさはグングン上昇していくのだ。

 そしてクライマックス。石油会社の社長は最後まで抵抗を諦めず、社員が逃げ出す中で基地を守るためセガールに身一つで立ち向かう。この社長が、敵ながらあっぱれな頑張りっぷりだった。どんな外道でも、セガールと戦うからには相応の精神力を持っていないとセガールのすごさが映えないからだろうか。

 そんなわけで、セガール的リアリティに溢れてツッコミの余地もないエンディングに呆然としてしまった。こういうもんなの!?本当に!?大丈夫なの!?といまだに考えてしまう。セガールはこの作品で、己の武士道とは戦うエコロジストであると誇示していると書いてあったけど、こういうことだったのか。スゲェなあ…と思った。

カーくんのお疲れ超大作!『エグゼクティブ・デシジョン』(1996)

 アテネ発ワシントン行きの旅客機がテロリストによってハイジャックされた。機内にガス兵器が持ち込まれている事を憂慮した国防省は、特殊部隊を空中から機に潜入させる作戦を取るが、予期せぬトラブルが隊員たちを窮地に立たせる事になった……。(ツタヤディスカスより引用)

そして、遂にあのセガールと共演したアクション娯楽疲労大傑作『エグゼクティヴ・デシジョン』へと繋がるんですが、公開直前まで「奇跡の共演」と謳われながら、実質共演時間は15分強という結果。(66ページ)

 この作品は④の未知の作品であり、カート・ラッセル主演作だ。最初に言っておくと、この作品は普通に面白かった。爆弾の時限装置を解除するシーンはいかにも90年代っぽいハイテク感がしてレトロブーマーとしても満足感があったし、テロリストに見つからないように機内をはい回るハラハラ感は『エアフォース・ワン』(1997)より面白かったと個人的には思う。

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 そんな『エグゼ~』を語る上で欠かせないのが、DVDのパッケージを見ても分かるようにカート・ラッセルセガールが共演したという割には、セガールの出演シーンが少ないって話だ。実際、『エグゼ~』のセガールはこの年のゴールデンラズベリー賞最低助演男優賞にノミネートされたそうだ*2

 どういうこと!?と思ってしまうが、これ以上この本から引用するとセガールについての作品のネタバレが生じてしまう。なので詳しくは、本編を確認してほしい。

 しかし、私が90年代以前の映画を見る際に参考にしているツタヤの『シネマハンドブック2002 洋画編』(非売品)に掲載されたこの作品のあらすじは、セガールの運命について盛大にネタバレしていた

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『シネマハンドブック2002 洋画編』214ページより。ちゃんとモザイクかけておいた

 そんなにこの映画のセガールは重要ではないのか!?いや重要だよ!私は重要だと思っているので、かたくなに秘密を守るよ!

 謎が謎を呼ぶ『エグゼ~』のセガール。海外ニキ達も"Sensei"ことセガールが珍しくサブキャラで出演したこの映画について、議論と憶測と誹謗中傷を飛び交わせていた。

 『エグゼ~』の背景について知りたくて、ググったら出てきたこの記事*3。記事タイトルとURLの時点でネタバレがあるのでここでざっくり説明すると、このサイトではセガールのこの不思議な役についての憶測を記事にした。その後、1991年に書かれた『エグゼ~』の初期の脚本を読んで確認したら、この段階ですでに実際の映画のような展開になることが決まっていたと分かったので、訂正を入れたようだ。

 記事に書かれていた憶測の内容はなんというか、私がBAMJを読んで考えたような内容だった。セガールは我が強い俳優なので、そういう協調性の無さが制作会社に嫌われたのではないか…という話だ。しかし実際にはそうでもなかったらしいのは、重要だ。

 それにしては、ブルーレイのパッケージが後ろめたい雰囲気になりすぎている気もするのだが…。

 これは、共演してるシーンが少ないから仕方ないねで済む話なのか!?顔だけでなくセガールの名前すら消えてしまったとは。ちなみにこの映画はiTunesでも見られるが、iTunesのサムネイルにはセガールがちゃんと居た。最近作られたサムネイルには居ない、ってことでも無いらしい。

 で、BAMJではカーくんと呼ばれているアイリッシュ男樹カート・ラッセル。私としては、この映画ではただのおじさんの役で出てきてるわね…と思ってしまった。

 『スターゲイト』(1994)や私の大好きな『エスケープ・フロム・L.A.』(1996)では脳筋キャラで出演していたけど、この作品のカーくんは本当に非戦闘員のおじさんの役で出てくる。悪いってわけではないんだけど、『デス・プルーフ』(2007)や『ワイルド・スピード SKY MISSION』(2015)なんかを見ていると、アクション映画界隈のレジェンドの一人として、昔はもっとヤバかったし今もヤバい人の役で出てくる。そういう待遇で出演してくれた方が、見てて頼もしいんだけどな…などと考えてしまう。

 この映画のカーくんは、なんだか期待外れだった。ジャンボジェットのスチュワーデス役のハル・ベリーが、小顔目デカで超かわいかったことの方が印象に残っている気もする。それ以上に、セガールについての疑惑の方が面白いのではないか。とにかく、90年代のセガールを語るうえで、非常に重要な作品の一つには違いないだろう。

「最強」セガールに疑惑発覚!?『沈黙の断崖』(1997)

 スティーブン・セガール主演の人気アクション“沈黙シリーズ”完結編。ケンタッキーの険しく雄大な山岳地帯を舞台に、巨大な陰謀に立ち向かう男の姿を描く。美しい渓谷をバックに繰り広げられる過激なアクションの数々。断崖の山道を猛スピードで駆けめぐるカーチェイス、地下の洞窟での銃撃戦や大爆破の炎上シーンなど、ド迫力のアクションが満載。アメリ環境保護庁(EPA)の調査官ジャック・タガードは、殺された同僚調査員の足跡をたどって、アパラチア山系にある小さな町に乗り込む。だがそこで彼を待っていたのは、静かな山々を揺るがすような大きな陰謀だった・・・。(ツタヤディスカスより引用)

 この作品はBAMJで扱われているセガール映画の中では最新作であり、個人的には④未知の作品だった。あらすじを読んでも分かるように、『沈黙の要塞』の舞台をケンタッキー州のど田舎に移し、話の規模をダウンサイジングしたような内容である。

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 比較的こじんまりした話なので、ファン以外の人は見なくてもいいとは思う。ただあなたがセガールがやたらケツの穴の話をする異様な光景を見たいなら、話は別だ。

 ど田舎に現れたセガールは、地元の人たちと比較すると明らかに異質な存在として描かれる。衣装の色がビビッドだし、身長も肩幅もクソデカいので悪目立ちする。なので、炭鉱会社に雇われたチンピラたちに囲まれてやーいオカマ!とかそんな定番の台詞で罵倒されるわけである。しかしセガールはそれに対して、数倍ヤバい台詞で応戦するのであった。

 まず最初のほうのシーン。山の中をうろうろしていると、マリファナ畑っぽい場所に出てきてしまった。そこにいた悪党に銃口を向けられるのだが、セガールはこう言う。「かわいい口してるなぁ!」そして股間を蹴り上げる。

 セガールはチンピラの集団に襲われる。しかしセガールなので、角材を振り回して全員ボコボコにする。その際に言った台詞が「肛門科に行って薬を貰え。今のうちに薬をよく塗り込んでおくことだな」。その後、言った相手に再会すると「肛門科はどうだった?」と追い打ち。

 敵の大ボスをついに追い詰めた。セガールは権利の朗読をするでもなく、こう言う。「お前は懲役30年くらいになるだろう。刑務所にホモの知り合いがいる。ホモの喜びを教えてくれるから、安心してケツの穴を差し出せ」大ボスは恐怖し、セガールに向かって発砲する…。

 だいたいこんな感じである。

 どうしてこうなった。軽い気持ちでからかったら、ガチでケツの穴に攻め込んできそうな凄みがあるではないか。セガールはどうして今回こんなキャラになってしまったのだろうか。BAMJは勝手に推測する。

 その原因を勝手に予測してみると、セガールは『沈黙の断崖』クランクイン直前に三人目の妻と離婚していた。これは単なる離婚でしかないと当初は考えていたが、妻のいなくなった後に撮った作品で、これだけ意味深な発言が繰り返されていると、何か新しく甘美なジャンルを開拓してしまったのでは?と真剣に心配してしまうほど、セガールは何かおかしかった気がする。(19ページ)

 真相は分からない。しかしそういう凄みに溢れた作品は、実際に存在した。とりあえずBAMJが無かったら絶対見ることは無かった映画だよな、と思った。

章タイトルになっていた映画

ガッツ兄ィのボクシング・グルーブ!『カンバック』(1991)

 章タイトルになっていた映画は全部で4本。以下で紹介する3本と、ガッツ石松監督・脚本・主演の『カンバック』(1991)だ。BAMJに掲載された数少ない邦画*4のうち最も大きく取り上げられていた作品だが、残念ながら見る手段が無さそうだった。松竹のデータベースにラストまでのあらすじが掲載されているので、気になる方はご覧いただきたい。

www.shochiku.co.jp

 筆者によると、この作品のガッツ石松は全盛期のジェームズ・ブラウンが醸し出す雰囲気に限りなく近いそうだ。それはとにかく自分に酔っている裸の俺様による、俺様のための俺様エンターテインメント的な内容らしい。

 まず幕開け。ボクシング試合会場で「ボクシング?ゲームです」とフカす人気若手ボクサー(お坊ちゃん育ち)の試合を眺めるバンドご一行の姿が映し出される。地井武男(ボビー・バード)が先鋒をきって「こんなの気の抜けた炭酸みたいですね」だの「オヤっさんのころのは飢えた獣の戦いだったのに」とのベタなイントロダクションで観客をアオルと、いよいよ元チャンピオン・現焼き鳥屋のオヤジ「鈴木丈」ことガッツ兄ィ御大が登場し、出だしをキメる!!!ジャーン!!

「俺ぁバカだからうまくいえね」……

 グッゴー!!(133ページ)

 こんな調子で登場人物をオリジナルJBズのメンバーに例えながら、そのライブが開催されているかのような解説が結末までネタバレ全開で進んでいく。

 その記事の書き方は実際にガッツ兄ィが歌っているのか、作者の妄想なのかが未見の人間には判然としない。しかし筆者がめちゃくちゃに興奮してライブを疑似体験している事実だけは、とりあえず伝わってくる。そしてそこに書いてある展開が実際どういった映像なのか、自分の目で見たくなってしまうのである。ちょっと卑怯だよな、こういう文才。

 あと筆者は酷評していたが、久石譲先生によるスーパーマーケットのBGMみたいなシケた音楽が個人的にはとても興味がある。これがガッツ兄ィのソウルから最もズレているこの映画唯一の欠点らしいので、そういう評価も自分の耳で確かめたいと思った。

90年代最後の荒唐無稽!『ロング・キス・グッドナイト』(1997)

 小学校教師サマンサは夫と娘との生活に満足していたが、八年以上前の記憶がないことに不安を覚えていた。私立探偵を雇って、自分の過去を調べさせていた彼女。ところがある日、殺し屋が襲ってくる。それをきっかけにしてサマンサは私立探偵ヘネシーと共に、自分の過去を探る旅に出た……。レニー・ハーリン監督とジーナ・デイヴィス夫妻がコンビを組んだスーパー・アクション映画。(ツタヤディスカスより引用)

 BAMJでは1章を割いて解説してあるこの『ロンキス』。全く知らないタイトルだったので、この本の影響で最初に見た映画だ。まさに④未知の作品である。あと①。この作品は配信サービスでは見られず、レンタルならツタヤディスカス以外では見れない。ただブルーレイは出てる。

 監督は『ダイ・ハード2』(1990)『クリフハンガー』(1993)等で界隈に名を知られていたレニー・ハーリン。159ページでは80年代ハードロック風のロン毛ブロンドにうすらデカいガタイのテロリストみたいなヤツといわれている90年代アクション映画界隈の重鎮である。アクション映画の監督にして、敵キャラみたいな風貌の人ってことだ。movie-tsutaya.tsite.jp

 1章を割いて解説してはあるのだが、内容はこの『ロンキス』について全体的にハイテンションに喜びつつも、キレのいいツッコミだらけだった。

 アクションシーンは本当にすごいんだけど、ストーリーが大味で特に前半は眠い。なので大コケしたし世間には見向きもされていないんだけど、俺は大好きだ!という感じの内容である。要するに、素直には褒められないんだけど、すごいところはすごいから好き!というオタクの歪んだ愛情がひしひしと伝わる内容だった。

 製作予算は100億ドル。脚本をシェーン・ブラックから買った時の価格は、当時のハリウッド最高額である400万ドル。しかしその予算は1ミクロンも回収できていないはずと書かれている。どういうことなのか気になるじゃないか。それで実際に作品を見てみたら、確かに記事に書いてある通りの感想を抱くことになった。

つまり『ロンキス』とは、これまでのアクション映画、パニック映画、マーシャルアーツ、大量殺戮、勧善懲悪等のキワモノ的設定を全てぶちこんで煮詰める前に食ったらやっぱ生煮えだったような作品なんです(リスペクト!)。それもすごく味付けが濃い。(81ページ)

 ストーリーは確かに大味だった。冷戦が終わってから911までの、つかの間のポスト冷戦時代。冷戦中に活躍したスパイはこれからどうなる?そしてスパイを養っていたCIAは?という着眼点はいかにも90年代らしいのだが、やることが無茶苦茶としか言いようがなかった。

 目的は確かにわかる、でもやり方が現実離れしてんだよ!いや、映画だからこれで良いのか!?などと、フィクションの世界に溶け込めずにツッコミを入れたくなる展開があまりにも多い。そして笑わせたいんだか、真面目なんだか分からない場面も多かった。笑えないかといえば笑えるんだけど、登場人物が真剣な顔をしているので本当に面白がっていい場面なのかいまいちわからないんだよな…!

ここからの展開は「肝っ玉母ちゃん地獄のコマンドー」としか表現できず、前半とは違う作品ではないかと思うほどに目詰まり気味なアクション&バイオレンスが炸裂。あとはもう見てください、直接。(80ページ)

 しかし、クライマックス30分間くらいに凝縮されたアクションや爆発シーンは有無を言わせない見ごたえがあった。目詰まり気味と書かれているが、たしかに見せ場の密度が高すぎる。メリハリという概念が狂っているとしか思えないほどに、すごいアクションシーンが連続するのだ。

 椅子に縛り付けられたサミュエル・L・ジャクソンが、爆発するモーテルの中から飛び出して看板を突き破るシーンは、その爆発に至るシーンまで含めて大笑いしてしまった。いやいやいやその人形の股間からガソリンが出てくるシーン、ふざけているわけじゃないんですよね!?と何度も思ってしまうが、たぶんここは笑っていい場面なんだろう。

 そんなわけでどこまでが真面目なのかギャグなのか判然としないけど、激アツなアクションシーンと爆発が素晴らしい『ロンキス』!この本が無ければ決して出会えることは無かっただろう。ありがとう、BAMJ…。

 この作品の公開後、ジーナ・デイヴィスレニー・ハーリン監督は離婚した。ここまではBAMJに載っている通り。さらにこの本によると、ブルース・ウィリスとスタローンとジーナからは「レニーの映画には二度と出たくない」と言われているらしい。

 しかし『ロンキス』の撮影について「今までの映画人生、いや生きてきて一番辛い体験」と言ったというサミュエル・L・ジャクソンはその後『ディープ・ブルー』(1999)に超おいしい役で出演し、監督と一緒にブルーレイのオーディオコメンタリーにも仲良く出演していた。そしてスタローンも『ドリヴン』(2001)で主演している。この監督の映画に出るのはもうこりごりだと絶対思ってるよ!と視聴者には思わせつつも、男のロマンを実現してくれる人として実際信頼されていたらしいハーリン監督であった。

ファースター・エイリアン・バグズ・キル!キル!『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997)

 ブエノスアイレスで高校生活を送っていたジョニー・リコは両親の反対を押し切って軍隊に入る事を決意する。《中略》ついに機動歩兵としてバグズの本星へ突撃したジョニーだったが、彼がそこで見た物は敵の圧倒的戦力の前に簡単に殲滅していく地球軍の姿だった……。(ツタヤディスカスより引用)

オランダといえば、でかい風車と木靴とチューリップというイメージだが、今後は「ヤン・デ・ボンポール・バーホーベンが生まれたバイオレントな国」と認識して頂きたい。(174ページ)

 『スターシップ・トゥルーパーズ』はオランダの鬼才ポール・ヴァーホーヴェンの代表的な作品の一つであり、この本の中では1章を割いて紹介されている。この作品はだいたいどのサービスでも見ることができる。

 有名な作品なので、昔からタイトルくらいは知っていた。しかしソフトの販売元がブエナビスタと書いてあるのを見て、何だディズニーか…と思って甘く見ていたため、私はその存在を完全にスルーしていた。だが今回このBAMJででっかく紹介されていたため、慌てて鑑賞した。これってそんな、オタクが大歓喜するような映画だったの!?と再発見したようなものなので、④未知の作品に含めても良いと思う。そして、②と①でもある。

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 この作品を見て人がたくさん死んでて楽しかった!と感じてしまった人は、きっと『ランボー/怒りの脱出』(1985)や『男たちの挽歌Ⅱ』(1987)も楽しめると思う。何かこう…認めたくない自分の性癖を発見してしまうような作品だった。じっさいタッチストーン・ピクチャーズは出資しただけで、製作したのはランボー怒りのシリーズやエメゴジでお馴染みのトライスターであった。そう聞くと納得感はある。

 まず、こちらの記事をご覧頂きたい。でもネタバレを気にする人は、見ないほうが良い。

cinemore.jp

 好き嫌いが激しく分かれる映画だとか、監督はファシズムを礼賛していると批判されたとか、ブレヒトの影響とか色々と難しいことが書いてある。

 ハァ〜〜〜〜ッ!知るか〜〜〜!!!こいつぁバーホさんが目指した究極の悪趣味スプラッター超大作なんだよ!…という感じで、BAMJはこの作品を紹介してくれる。それはもう、圧倒的な賛辞である。

 そもそもこの作品はハインラインの小説『宇宙の戦士』をもとに作られている。しかし原作本の核になる部分にリスペクトが無く、より人が死にやすいように脚本が改良されているとしか思えない。ついでに監督は撮影半ばまで原作小説を読んでいなかったことに触れ、『トータル・リコール』(1990)の時もフィリップ・K・ディックの原作本を読んでなかったらしいし、最高すぎます!と評価する。BAMJのこういう評価基準、好きです。

 たしかに、有名なあの表紙のパワードスーツが出てこない。全く出てこない。原作本を読んでないから、こだわらないってことか…!?とその事実にも妙に納得がいく。予算の都合の可能性もあるが、やっぱ人間がスラッシュされるシーンをたくさん入れたかったからなんじゃないの、というBAMJが立てた仮説には信憑性を感じる。

実は『スターシップ』はハリウッドが産み落とした「ハードコア・ワークス」またはタイの死体雑誌であったとハッキリ断言しよう! しかも全ての特撮、原作のストーリーはまさに死体を積み上げるために必要な「言い訳」でしかなかった(173ページ)

 そこまで言い切るの!?ていうかタイの死体雑誌って何!?などと思ってしまうが、BAMJは断言する。たしかにあの執拗な死亡シーンへのこだわり、そして四肢が千切れた死体がゴロゴロ転がる場面の多さ。これはよっぽど死体が転がってる場面が好きでもなきゃ、わざわざ入れたりしないでしょ!とは思えた。

 上記のシネモアの記事によると、この作品は軍国主義国家の戦意高揚映画のパロディであり、それは第二次世界大戦中にディズニー(≒タッチストーン・ピクチャーズ)がやってきたことにも通じるのだという。劇中のプロパガンダ映像のノリを見ていれば、この説にも大いに納得だ。しかし結局は、そのファシズムを批判する真面目さと、人が死ぬのって楽しい!というエンタメ性の両方を2:8くらいの割合で併せ持つスーパー悪趣味大戦こそがこの映画の本質なんだろうと思った。『女王陛下の戦士』(1979)や『グレート・ウォリアーズ/欲望の剣』(1985)なんかの過去作を見て、バーホさん好みの顔面もだんだんわかってきた時なら何となくそう思える。この御仁は不真面目な表現にこだわるのと同じくらい、真面目に狂った自分の信じる世界観を表現したくて映画を作っておられるように感じるからだ。

 しかし何だかんだ言っても、『スターシップ』はとにかく意識高いエンタメ作だ。私はこの映画の殺戮シーンそのものよりも、その他色々の悪趣味シーンの総量に感銘を受けたんだ!バーホさん最高!!90年代のバーホさんは悪趣味とバイオレンスがインフレーションしててほんと素晴らしい!癖になっちゃう!

 ただ、『スターシップ』は3人の若者のキラキラした友情がメインの映画という気がしてて、バーホさんの映画の中で一番好きかと言われればそうでもない。人間のクズを描かせたら右に出る者はいないと私が確信している監督*5の持ち味が、あまり感じられないような気がしていて残念に思えてしまう。『スターシップ』は全体的に世界観が狂っているせいで、人間のクズと呼べるほどの悪人が出てこないからな〜。

 そんな個人の感想はさておき、当のバーホさんがその後どうなったかについて書いておこう。バーホーベンはこの後も伸びると思うんですよ、とBAMJ巻末の対談には書いてあった。しかし実際には『インビジブル』(2000)を作ったことを後悔し、バーホさんはオランダに帰ってしまわれた。まあこの『スターシップ』の突き抜けた死亡者数と比べたら、それ以上の作品を作るのは難しいと思えるので妙に納得してしまう。

偏差値30のボクでもわかる面白さ!『ダブルチーム』(1997)

 香港映画界の巨匠ツイ・ハークが監督したヴァン・ダムの最高傑作。元CIAのクインのもとに、凶悪なテロリスト、スタブロフの暗殺指令が下る。作戦は失敗、スタブロフの幼い息子が流れ弾で死ぬ。しくじったクインも引退したスパイを集めた謎の島に軟禁される。が、スタブロフが妊娠中の妻を誘拐したことを知ったクインは島から脱走、武器商人ヤズの協力を得てスタブロフを追跡する。中盤に出てくるスパイ島は、「プリズナーNo.6」のパロディ。(ツタヤディスカスより引用)

 この作品はツイ・ハークの記事の中で大きく取り上げられていて、香港映画のノウハウとハリウッドの資本が合体した「奇跡の大傑作」であるとキャッチコピーが添えられている。この作品はYouTube(もちろん合法な有料レンタル)とかで見ることができる。

 BAMJでは、ジャン=クロード・ヴァン・ダムの魅力の一つは自分のアクションを美しく撮ることへのこだわり、つまりナルシシズムにあると説明される。それがブルース・リーへの憧れからドラゴンへの道を歩んでいたはずが、ナルシスへの道を進んでいたんだという話になっていく。そして『ドラゴンへの道』(1973)オマージュなのかもしれないクライマックスの戦いへと、超スピードで展開する『ダブルチーム』は絶対見逃せない作品なんだよ!ってことだ。

 ところで今これを書きながら、大変なことに気が付いてしまった。この記事、目次に掲載されていない。ちょっとどうしたのよ。なかなか気が付けない系のエラッタ案件じゃないの!ヴァンダムの記事が別にあるからと思って忘れられてしまったのか!?まあとにかく未知の作品だったので、これは④だ。そして③だな。

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 面白いか面白くないかでいうと、正直そこまで面白いわけではない。ただハリウッド映画と比較するとすごく個性的なので、その異様さが心に残るだろう。ヴァンダム主演でジョン・ウーがハリウッドデビューした『ハード・ターゲット』(1993)が普通のハリウッドアクション映画だったような錯覚を覚えるレベルで、『ダブルチーム』はツイ・ハーク流のやりすぎな演出が冴えまくっている。

 湿っぽい要素の湿っぽさが展開のスピードによって薄まってしまいそうなので、木製のおもちゃを画面に映すことで保湿効果をアップ。その上で限界までアクションシーンを入れて、ガラスを割りまくる。爆発しそうなものは全部爆破し、なんかミッキー・ロークのパワーを暗示するかのごときトラが出てきて画面を華やかに演出。ストーリーや設定の突飛さもハンパない気がしたのだが、そうはならんやろ!!とツッコミを入れる間もないスピードであっという間に通過していき、気が付いたらヴァンダムの筋肉が映っている。そんな感じである。無理が通れば道理が引っ込むということわざがぴったりだと思う。

 このクセつよつよ演出だが、過去作『ブレード 刀』(1995)や『金玉満堂〜決戦!炎の料理人』(1995)などを見て確認したところ、だいたいこの監督がやりたそうな路線は全部やれているように思えた。ヴァンダムのナルシス道に付き合いつつ、自分のテイスト全開でやることに成功しているので、奇跡の融合ってわけだ。

 BAMJによると、『マキシマム・リスク』(1996)のリンゴ・ラムヴァンダムの食い物にされたとのこと。『ユニバーサル・ソルジャー』(1992)でハリウッドデビューしたローランド・エメリッヒも多分そうなんだけど、とにかく俺を映しとけ!というヴァンダムの押しの強さに負けて自分の味を出し切れなかった監督たちの敗北っていうか何ていうかを見てきたツイ・ハークは、自分はそうはならんぞと気合を入れておられたのではないか。そんなことは思った。

やっぱりこれはツイ自身が熱望したというより、プロデューサーとヴァンダムが駒の一つとしてツイを香港から呼び出し、監督させた、いわゆる雇われ仕事なんだろう、なんて漏れ聞こえる情報を聴きながら思っていたが、しかし、そこは百戦錬磨のツイ・ハーク、撮影に長年組んできたピーター・ポウ、武術指導にサモ・ハン・キンポーと熊欣欣(殺し屋役で出演も)を連れてきて、重要なセクションは身内で固め、作品に対する気合を見せる。(192ページ)

 いちおう原文のまま引用したけど、1文が長すぎる!この武術指導のシャン・シンシンという方はホテルのシーンに出てくる裸足のカンフー使いで、ハーク監督作品の常連である。『ブレード 刀』では主人公の親の仇の役で出てきていたが、とにかく顔芸がすごい。声もでかい。この人の武術指導はとても厳しいので、さすがのヴァンダムも何も言えなかったのではないか、とも書かれていた。なるほどな。

 そんなわけで、見ている間に何も響いてこなくても、何かが異常だったという記憶だけは確実に残ると思う。そういう体験ができるってだけでも、私はこの作品を見て良かったと思えた。私は『男たちの挽歌Ⅱ』*6を見たとき、この世で一番押しが強い荒唐無稽を見たような気になっていた。しかし『ダブルチーム』を見たら、もっと上を行く方法があったことを知った。これが、香港映画とハリウッドアクションの融合…!という単純なことばでは説明しきれないカルチャーショックを感じる。とにかく衝撃なのである。ガラス割れすぎでは!?とかヤボなことを言っている場合ではない。

 そんなわけで、なんでトラが出てきて追いかけられたりするん!?という驚きのあまり、偶然にも寅年だった2022年の年賀状にしようとして、こんな絵を描いてしまった。12月中旬には正気に戻ったため、実際には送らなかったが…。

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つい描き始めてしまって後悔したファンアート

 あと、レトロブーマーとしては共演者のデニス・ロッドマンがとにかくおしゃれで、ロケーションが移動するごとに髪色が変わるサービス満点っぷりも良いと思った。もうとにかく理屈じゃない、見た目がカッコよかったらそれでいい!というケレン味を、ヴァンダムと二人で体現してくれている。『ダブルチーム』はそんな作品だった。

あの映画で一番すごいのは、バンダムでもロッドマンでもミッキー・ロークでもなくコカ・コーラの自販機だったね(笑)スポンサー最強!(211ページ)

 ついでにいうと、コカ・コーラの自販機が最強説もぜひご自分の目で確認してほしい…!百聞は一見にしかずというし、良くも悪くもBAMJ掲載作で一番のおすすめはこれだと思っているので、本当に見てください。

 この作品は興行的に苦戦してツイは干されたのか、スネたのか香港に帰って何か始めてたようだと書いてあるが、何のこたぁねえ。翌年ツイ・ハーク監督はヴァンダムを香港に呼んで作った『ノック・オフ』(1998)を公開した。この仕事の速さ、さすが香港って感じがする。

感想戦

 そんなこんなで、BAMJのおかげで私はぶっ飛んだ映画を何本も何本も見て、充実した時間を過ごすことができた。そこで漠然と考えたことをつらつら書いていきたいと思う。

90年代末時点の未来予測はどの程度当たっているか?

 お楽しみの②の答え合わせの時間である。個人的に面白かったのは、『トロン』(1982)に始まる映画のCGについての座談会だ。内容的にはやはりCGはズルいけどスゴいというような話題が中心で、半分笑いながらの雑談である。

 『トロン』ファンとしては、当時のガッカリ感を伝える文章を読んで複雑な気持ちになった。何だよこの205ページの夜の歌舞伎町みたいな映画だったね(笑)って!こんな作品でも熱烈なファンがいて、2010年とそれ以降に続編が公開されるなんて、BAMJを書いた人たちは思ってもいなかっただろう。それはまあいい。仕方ない。

daitokaiokayama.hatenablog.com

 当時のこんな空気感は、『トロン』のブルーレイの特典映像からも伝わってくる。『トロン』はアカデミー賞視覚効果賞にノミネートもされなかった。特撮とは実際に模型なんかを作って工夫して撮るべきものであり、CGはズルであるという価値観があったので、評価して貰えなかったのだと監督たちが語っていた。

 それはまあ、分からんでもない。私も『トラ・トラ・トラ!』(1970)の爆発シーンを見ることによって、セットが木端微塵になった瞬間にだけ摂取できる栄養素をチャージして、嬉しい気持ちになれたりする。でもCGにはそういうありがたみが無いじゃん!実際壊れてないんだから!って言いたい気持ちは分かる。『トロン』の場合はそのCGにも、アホほどアナログの手間がかかっているので、その辺も評価してあげてほしいのだが…。

 ディズニー初のフルCGアニメ『トイ・ストーリー』(1995)とか、CGのクリーチャーが人間を蹂躙する『スターシップ・トゥルーパーズ』、公開当時にはなかったCG技術を導入して少しリニューアルした『スター・ウォーズ 特別篇』(1998)、そして新作の『スター・ウォーズ エピソードⅠ/ファントム・メナス』(1999)の辺りで、CGの評価が全盛の時代が来ていたと思う。しかし『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』(2014)の頃になると、この爆発シーン本物らしいよ。CGじゃないってすごい!やっぱ実写が素晴らしい!みたいな価値観がいつの間にか戻ってきていたと私は思った。CGがすごいのは当たり前。それ以上の価値を生み出せるのはやはり実写の特撮あってこそ!みたいな、CGアーティストがいつまで経っても報われないような価値観が、アクション映画界隈にはあるっちゃある気がする。BAMJはすでにそこに気がついていた。

昔はCGのシーンっつったら、それが売りだったじゃないですか。これにはCGシーンが何カットあるとか、どこどこがCGだとか。そういうのが今やなくなって、CGの有難味がなくなりましたね。(214ページ)

 で、今はどんな3流でもCGを使うだけなら使えるので、これからは『エスケープ・フロム・L.A.』の波乗りのシーンのようなCGじゃなきゃできないだろうし、CGで表現したところで大したことはないような場当たり的な使い方だけが、目の肥えたマニアを喜ばせるCGになるだろうと書いてBAMJはこの座談会を締めた。

 まあ、うん、確かに。この作品は全体的にこんなノリだったと思うが、この場面は特に大真面目に馬鹿やってる感が出ていて、良いと思う。CGの未来がこうなってきたかは私には判断がつかないが、CGがズルだっていうんなら、いかにもブッ飛んだ使い方をして呆れさせてやるぜ!って感じの方向性だろうか。サメ映画とかは、こんな感じに進化してきた気はする。

 よく分からないけど、『ラ・ラ・ランド』(2016)のプラネタリウムで二人が宇宙に舞い上がって踊るみたいな、いかにも現実ではあり得ないけど雰囲気的には全然アリな使い方だったらCGの有難みがあって良いんじゃない?とかそんな意味なら、当たっているのかもしれないと思った。

 CG技術は目覚ましく進化している。しかし、有難みだけが失われて久しい。その有難みに気がつくことができれば、映画鑑賞は映画観戦という別の次元に飛躍する…のかもしれない。

BAMJのアクション映画観戦とは何だったのか

 では、この本のサブタイトルにもなっていた映画観戦とは何だったのか。

 BAMJを書いた人たちは、まえがきで「作品そのものよりも、俳優の個性や作家性を鑑賞する」ことの重要性を説いた。そして、デカ・バジェ・ムービーがやって来るんだから、その作品が持つ観客に対するサービス精神を全力で受け止めるべきであると力説する。

映画のストーリーを楽しむのではなく、「俳優の個性を理解する」、作品のテーマではなく「投入されたウン億万ドルの予算がどの辺りで浪費されたかを探る」、そして監督の過去の作品を踏まえて「パターンを楽しむ」ことです。この理念に従えば、巷のビデオレンタル屋で発売日にだけ大量入荷され、三ヵ月も経つと忘れてしまうような映画でも、何度でも鑑賞に耐え得ることができるでしょう、たぶん。(10ページ)

 これはパッと見ではつまらないかもしれない『ロング・キス・グッドナイト』のような作品を楽しむためには、必須のセンスだと思った。確かに、BAMJでハーリン監督の経歴やなんかを知ったうえで作品を見たときは、その過剰なサービス精神に感銘を受けることができた。こうすれば観客が喜ぶから!と監督が信じてやまない過酷な道を歩かされる俳優とスタントマンの頑張り*7に少しでも興味を持てば、アクション映画の面白さは別の側面から現れてくることがよく分かったからだ。

 予算についての考えかたも、今とはちょっと違うかもしれない。そういえば90年代までは、私財をなげうち会社を倒産させるといった壮絶なエピソードを持って出てくる映画が色々あった。今もあるのかもしれないが、そういった熱意だけは受け止めてやらにゃ!という気持ちを持つことも映画オタクには必要だったのかもしれない。今ではクラウドファンディングでC〜D級映画制作に観客が直接出資できたりするし、作り手との距離感は90年代と今では確実に違っているのだと思う。多分。

 あとハリウッドの外から来た監督たちとヴァンダムの、自分の味を作品に押し出したい気持ちなんかも、実に「観戦」し甲斐があるテーマだと思った。監督と俳優、どっちの力が強い現場なのか?そういうパワーバランスの緊張感が感じられる作品を見ていると、確かに流れ弾が当たらない安全圏から観戦している気持ちになれた。

 もちろん、見たまんまのエンタメ性を楽しめ!!アクション超大作とは、全ての階級が手放しに楽しむことができるA級ムービーなのだから!という話もしてはいる。しかし結局、作り手の人間らしさを理解することで、映画鑑賞はもっと楽しくなるという当たり前のことを再確認させてくれたんだと思った。

だから映画を「鑑賞」に行くっていうよりも、アクション映画は「観戦」(笑)だよ。弾に当たらないところで見ているって感じ。(90ページ)

 だが悪いとこもある。デカ・バジェ・ムービーを礼賛するついでにミニシアター系の作品を貶すような書き方は、余計だよなぁ~と思った。スケールがやたらでかい出来事を扱ったようなアクション映画こそが真に映画的な映画であり、『パリでかくれんぼ』(1995)みたいなどうでもいいような小さなことが映画になっちゃいけないんですよ(90ページ)ってのは、さすがに断言しすぎじゃろとは思う。この『パリでかくれんぼ』って作品、ツタヤディスカスにも無いんで見れなかったんすよ!タイトルだけ出さないでくださいよ、中身が気になっちゃうから!!

 まあ自分に箔をつけるために映画館に行くなどというような、ファッション感覚な野郎がムカつくってのは分かる。オタクは遊びで映画館に行くわけじゃないんだよ!という気迫は伝わってきたが、具体的なタイトルを出す前にちょっと落ち着いてほしかった。*8

さいごに

 私がこの記事で紹介した作品などに共通しているのは、俳優や監督の強烈なエゴによって作品世界の因果律やら何やらが捻じ曲げられており、静かな狂気をはらんでいるという点だ。シリアルキラームービーにありがちな、ほらほらこいつ頭おかしいでしょっ!って感じの演出とは違う。登場人物の頭おかしさを表現しているのではなく、造り手の頭おかしさが作品ににじみ出ていたと思う。

 これらの作品を鑑賞していけば、うっかりすると気が付かないうちに普通じゃないことが起こっているようなナチュラルな狂気を浴びて、狐につままれたような気持ちになれることは確かだ。それはつまり、アクション映画という濁流に身を任せ、野蛮な世界に自分を昇華させるとか、巨大な架空現実に浸るという、前書きに書かれていた正しい鑑賞方法に付いて行けてないってことなのかな…と思った。

*1:セガールTRPG
Webサイト上で無料公開されているTRPG作品。クライマックスまでに最もセガールらしい行動をしたキャラクターが実はセガールだったことが判明し、無双するのが特徴的なシステム。

*2:エグゼクティブ・デシジョン - Wikipedia
この年の最低助演男優賞は『D.N.A./ドクター・モローの島』のマーロン・ブランドが受賞した。あれに出てこられると、さすがのセガールでも勝ち目はないと思えるビジュアルなので、仕方がないな。

*3:エグゼクティブ・デシジョン』についての記事。タイトルの時点でもうネタバレしてるので、注意が必要である。コメント欄が大荒れなので、読むとちょっと楽しいかもしれない。

UPDATED: About Seagal's Early Death In Executive Decision… | ManlyMovie

*4:武田鉄矢の『刑事物語』シリーズはマーシャルアーツ映画だ!という話などが少し出ていた。

*5:映画秘宝の『冷酷!悪漢映画100』の『ロボコップ』の項では、下衆な人間を描かせたら世界一の監督といわれている。

*6:言うまでもなく、ツイ・ハークがプロデュースしたジョン・ウー監督の作品である。

*7:クリフハンガー』のエンドロールには、前半の飛行機アクションシーンで決死の大スタントをキメたのはこの男だ!と分かるような見出しつきで、スタントマンの名前がバーンと表示される。監督なりの、スタントマンへの敬意のあらわれなんだと思う。

*8:あと、インドのデカ・バジェ・ムービーを映画館で見ようとしたらミニシアターに行くしかない場合もあるので、ミニシアターばっかり行くようなヤツを一概に貶すこともできなくなっているよな、と思った。

『女神の継承』覚え書き

犬の外見をあまり覚えていないので申し訳ないんだけども挿絵には描いておきたかった

前置き

  チキンすぎる私にとっては、外出して遊ぼうという気力が萎えるほど新型コロナウィルスの感染状況が酷い夏休みであった。実家に帰省どころではない。もう本当に生活必需品の買い出し以外の用事で外出できていない。

 しかし、せっかくの夏休みである。1本くらい、映画館で映画を見ておきたい。今年はいちおう行動制限のない夏休みなんだぞ、不要不急の外出は控えたほうが良い状況とはいえ、もう部屋に1日中籠っているのもしんどいんだ…。

 そんな時分に出会ったのが、『女神の継承』である。岡山市内のミニシアターでは8月19日が初日だったが、このタイトルを知ったのはその3日くらい前だった。

 なんか、今年最強クラスの怖いヤツらしい。ツイッターで感想を見ていたら、メンタルに余裕がある時に見た方が良いとか書いてある。そんなにヤバいの!?と思ったら逆に気になったので、メンタルに余裕があるか否かは自信なかったがエイヤっと見に行った。そしたら面白かったので、あっという間にこれだけ感想文を書いてしまった。

 今回の記事はネタバレありである。というわけで、劇中たいへんな状態になっていたミン役の女優さんが笑顔で登場するこの動画でワンクッション置いておくので、覚悟ができている人だけこの先をご覧いただきたい。『哭声/コクソン』の監督がプロデューサーってことだからか、予告編のナレーションは國村隼である。

 

感想

 『女神の継承』、とにかく最悪なことばかりが起こる。考えうる限り最悪である。見終わった直後は、こんな映画をなぜ作った!!と思ったが、要するに「そんなにワシのことが嫌なんかい!そんなにワシが信用できんのかい!!」と怒りまくった女神の復讐ストーリーだと思えば、まだ納得できる話ではあった。

ドキュメンタリーな序盤

 序盤。韓国のマスコミがタイの精霊信仰を取材している中で、ニムさんという霊媒と知り合い、密着取材を始める。ここまではまともであった。

 ニムさんはバヤン様という女神の巫女の家系の出で、先祖代々この役目を継承しているという。本当はニムさんの姉がこの役目を継承する予定だったが、姉はそれを嫌がったため、ニムさんが巫女になった。ニムさんも最初は嫌だったが、あまりにも苦しいので結局女神を受け入れ、巫女になった。いわく、「今はどうして嫌だったのかも忘れた」と。

 今思えば、この時点でフラグは立っていた。姉が巫女の役目を拒否したってのは、なんか嫌な予感がする話だ。姉はバヤン様の巫女になるのを嫌がるあまり、キリスト教に入信したという。露骨に別の神にすがってしまったのか。それヤバない?

 さらにニムさんの話は続く。バヤン様に祈ることで、心霊現象的な体調不良は治療する。しかしがんの患者が治療してもらいに来たなら、病院に行かせると。

 うん。まともだ。現代に生きるシャーマンがよく言う合理的な台詞って感じがする。現代人の感覚としては、まともな回答である。

 そして、その姉の娘のミンが登場。何やら最近心霊現象に悩まされている様子で、もしかしたらバヤン様の次の巫女に選ばれて、神がかっているのではないかと撮影スタッフは考える。もしかしたら、巫女の継承を撮影できるかもしれない!ということで、ミンの密着取材も始まるのであった。

 この辺から、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』以来脈々と続くファウンド・フッテージものフェイク・ドキュメンタリー風ホラーが本格的に始まる感じがする。

 もうそういうの、見飽きたんよ。

 しかし、これはその辺の低予算C級ホラーではない。韓国のA級ホラーである。ドキュメンタリー番組としての雰囲気も良くできており、BSプレミアムで放送予定とか言われても違和感のないつくりあった。そういう状態で始まっているので、ここからどう転がるのか期待して見続けることができる。まあ、確かに最後のほうは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』みたいな演出になっていくんだけどな。

 

 ミンの母親は現在、市場で犬肉を売る仕事をしている。一方で、家ではかわいいマルチーズ犬を飼っている。

 この辺で、ちょっとおかしいぞと思えてくる。「鯉を飼っている人も魚を食べるでしょ。それと同じ」とは言っているが、それはそれ、これはこれというダブルスタンダードに違和感を感じる。

 単刀直入に言うと、このかわいいワンちゃんは後半で死ぬ。その死に様は、今までに私が見てきた犬猫の死亡シーンの中でも最悪クラスのひどさであった。

 韓国でも犬肉食べるらしいじゃん…?タイでも食べてるのか。

 その辺の意図はよく分からんが、このダブルスタンダードも、今思えばワンちゃんの死亡フラグだったのだと分かる。人間は、対象の都合のいいところだけ利用しようとする。合理的ではあるんだけど、白黒はっきりしないこの感覚は、現在の氏子たちのバヤン様に対する感覚と同じでもあるのだろう。困ったときだけ神頼みされても困るんだよ!というバヤン様の気持ちも分からんでもない。

 そういえば『哭声/コクソン』では、國村隼が演じる"日本人"がふんどし一丁で生肉をむさぼり食うシーンがあった。これがとにかく衝撃的なもんで、しばらくは國村隼を見たらすぐこの場面が脳裏にちらつくようになってしまった。で、その現場を見てしまった地元の人たちがアイツヤバいって!と言い合うシーンもあるのだが、それが肉屋のイートインコーナーで生ユッケを食べながらの話だったので、笑ってしまった。あの場面を思い出したりもした。

 人間は、無意識に矛盾した言動をする。そういう変な言動、皆も意外とやってるよね!みたいな話もこれらの作品の意図として設計されているのかもしれない。

だんだんホラーっぽくなる中盤

 中盤、ミンは発狂して行方不明になる。この辺で、ニムさんと姉のちょっと険悪な感じがやっと和解してくる。ニムさんは姉を励まし、とりあえずバヤン様に謝るように言ったりするのであった。多分バヤン様も許してくれると。

 今思えば、バヤン様は決して許してはくれなかったわけである。というか最初から許す気も無かったのだろう。

 何とかミンを探し出したニムさんは、ミンに憑いた悪霊が自分の手に負えないくらい強力であることに気がつく。それでも諦めないニムさんは、知り合いの霊能力者に相談する。その結果、ミンに憑いているのは、何か復讐の意志によって団結した無数の魑魅魍魎たちであるらしいが、もはや正確な正体は不明だと知らされる。

 復讐の意志で団結!まさに悪霊アベンジャーズである。発狂したミンは「あたしはバヤンだよ!何者なのか当てみな」などと挑発してくる。とりあえずミンの口からバヤン様の名前が一応出てきたので、悪霊軍団のメンバーにはバヤン様も入っていると解釈することもできる。それはそれで最悪なことだが、たぶんそうなんだろう。

 さらに、首切り役人か何かだった父方の先祖の影響。女神を拒否した母親の業。ついでに最近ミンが変な儀式に参加したせいで、更に色々と悪くなってしまった結果が現在のこの状況だと分かる。エンドクレジットにpseudo priestとかそんな役名が出ていたので、たぶん怪しい霊能者のところにミンを連れて行ったらニムさんにめちゃくちゃ怒られた場面のあの儀式が、マジでダメだったってことなんだろう。つれぇなー。

 ところでこの、先祖代々の因縁の話が出てきたときの絶望感よ。『八つ墓村』の「末代まで祟ってやる!」みたいだとも思ったし、具体名は避けるが今話題のアレっぽいとも思った。なんで今ここでミンがひどい目に遭わなきゃいけないの!と姉も嘆いているが、お前さんの自業自得だから諦めなよとは決して言わないニムさんは本当に立派である。

 とりあえずミンが見つかった廃墟で、大規模な除霊の儀式をすることになった。このへんは『哭声/コクソン』でも見た展開な気がする。これから除霊バトルが始まるんじゃな。大規模な儀式なので、人手も必要だし、供物の準備もたいへん。儀式当日までの間、ミンは自宅で様子を見ることになった。

 予定が立ったので安心だ!と思ったら、儀式当日までの間は『パラノーマル・アクティビティ』とかで見た感じの悪魔憑きヤバ怪現象を、例によって定点カメラの暗視映像で見せてくれる。この映画、ホラー映画の各サブジャンルの全部盛りって感じがするな。

 何が起こるかはさておき、この定点カメラのシーンはびっくり系のイベントを発生させてくる。そのため、血の気が引いて体温が下がる感じがした。私はこの映画を見ながら何度か飛び上がって驚いていたはずなので、後ろの席の人は見てて面白かったはずである。

 特に、夜中に脱走したミンを探す場面。この場面は斜め後ろから人の泣き声が聞こえてきた気がして、振り返ってしまった。もちろん観客が泣いているのではなく、映画館のサラウンドシステムがいい仕事をしているだけである。この音の使い方は上手い。映画館でホラーを見ると、後ろから音が聞こえてきたりしてビクッとできるんだな。おもしれー。

 で、犬が死に、バヤン様の像の首が何者かに折られ、なぜかニムさんも死んでしまい、絶望のなかで辛うじて儀式だけは決行される。

 儀式の現場の廃墟は動物の死体が転がり、巨大な木根に侵蝕され、そして誰かが邪神の祭壇を作ったような形跡かあったりする。森羅万象のヤバい霊の巣窟って感じのロケーションである。低予算ホラーなら、この建物の内部だけで1本撮れるくらい絵になる場所だと思った。

狂乱の儀式開幕!な終盤

 ここからの展開は、撮影クルーも巻き込んだ殺戮シーンの連続になる。ぶっちゃけると、もう正視してられねぇレベルの恐怖であった。

 助かるかも!と思って犠牲者を一旦安心させたあと無慈悲に殺すことによって、新鮮な恐怖シーンが演出されるのだという。『テリファー』*1はそういう演出が巧みだった。

 儀式が始まって以降のシーンは、このセオリー通りの恐怖に満ちていた。あれ、助かるのかな?と視聴者を安心させておいて、いちばん見せたい恐怖を視聴者に見せてくる感じ。私は騙された。見てしまった。この映画の演出は巧すぎる。怖すぎて巧すぎて、笑うしかなかった。

 この辺に来ると、もはや観客としてもバヤン様に祈ることしかできなくなってくる。

 序盤には磔にされたキリスト像が何度も画面に映るが、これもきっとフラグだ。誰かが罪をつぐなうために犠牲になれば、この現象もおさまるかもしれねぇ!『エクソシスト』もそうだったじゃん!頼むー!どうかお怒りを鎮めたまえー!!!どうかーー!!

 ああ、これはたぶん、菅原道真公が太宰府にお祀りされる以前の感覚なんだろうな。もう降参です、これからはリスペクトします。だから許してください!そんな感じで、荒ぶる神の前でいかに人類が無力であるかを痛感させられる場面が、これでもかと続く。さっき少し下がった体温は緊張と焦燥感のあまりだんだん上がってきて、私はじっとり汗をかいていた。

 そして終劇。ニムさんの生前の最後のインタビューが流れる。救いがない。マジで救われない。最後の最後に何か希望があるかもしれないと思い呆然とエンドロールを見続けたが、特に何事もなく場内が明るくなった。

 なんでこう悪いことが続く。どうしてニムさんまで死んでしまったの。どうして…と思いながら絶望せざるを得なかった。

 しかし要するに、冒頭に書いた通りであった。女神と呼ばれているバヤン様は、とにかく怒っているのである。

 人間の信仰が曇っている。巫女の一族すら例外ではない、というか巫女自体への怒りがデカいのであろう。巫女になることを拒否したばかりでなく、汚れたカルマの家系の男と結婚して犬肉を売るとは何事か。そういう怒りが爆発し、人間、動物、さらに植物の霊をも復讐のためにアッセンブルするに至ったのだろう。

結論 めちゃくちゃ怖かったです

 いやぁ、なんていうか…救いを求める気持ちって、私自身にもけっこうあるナ。私は映画館を出てから呆然としてしまった。

 MPがごっそり減っている。明らかに判断力が低下していた。城下地下駐車場の出口でテンパってしまい、家までの道のりで危うく迷いかけた。

 正直言って、家に着く前に死ぬかと思った。見たら呪われる系の映画か!?そう思えるくらい消耗していた。

 部屋に帰り着いたとき、ようやく気がついた。女神目線だと、なんか理解できる。人間は救われないが、女神は復讐を達成して満足しているだろう…。そういう作品だと思ってやっと納得できた。

 そんな感じで、めちゃくちゃ怖かった。それだけは確かだった。

 映画を見終わったあと放心状態になっている人には、キャストが映画について語っているメイキング映像なんかを見たらちょっと落ち着くかもしれない。というわけで、キャストが来日した際の記事のリンクを置いて終わりにする。

 ミン役の女優さんはすげぇよ!悪逆無道の限りを尽くしたうえに、見る人の生理的嫌悪感に訴えるアレやこれもやってのけたわけで…。

natalie.mu

*1:すごく怖いので、ついでにぜひ見てください。

テリファー(字幕版)

テリファー(字幕版)

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BLセッションをするときは、必ずプレイヤーの地雷についてリサーチするんやで。せんかったら死ぬで。(ブログ主からのメッセージ)