Cobolerの実験場

書きたくなった文章を置きに来る場所

【更新中】岡山市内のTRPGコンベンション立卓状況2021年版

 岡山市内の主要4サークルの開催状況です。今年も新型コロナウイルス感染拡大の影響をモロに受けた状態で始まっており、更新を始めた段階では、年末までに4サークルすべてが再開するか分からない状況ではあります。

 

サークル名(敬称略) 立卓状況 備考
1月
OGA エネカデット
ソード・ワールド2.5
青灰のスカウト~シャレ・シェレギの物語~
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ アドバンスト・ファイティング・ファンタジー第2版
パスファインダーRPG
 
2月
OGA シノビガミ
クトゥルフ神話TRPG
ソード・ワールド2.5
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ この素晴らしい世界に祝福を!TRPG
サタスペ
ソード・ワールド2.5
 
3月
OGA ソード・ワールド2.5
鵺鑑
フタリソウサ
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ ダブルクロス The 3rd Edition
パスファインダーRPG
 ほかにボードゲーム卓あり

90年代のサイバー映画を見る

f:id:Coboler:20210129204401p:plain

リストの中の某作品を描いてしまった挿絵

90年代のサイバー映画をランキング

www.tor.com

 次は90年代ブームが来る。いや、もう私の中ではマイブームが来ている。というわけで、こんな興味深い記事を見つけてしまったからには、掲載作品を見ないわけには行かなかった。今回の記事は、元記事のリストに掲載されていた映画を可能な限り見てみた感想である。

 ここでいう可能な限りとは、購入しなくてもレンタルとか配信で見られるという程度である。さすがに古い映画ばかりなのでVHSしか出ていなかったり、DVDにプレ値が付いていたりするため、見たことがない映画に大金を出すわけには行かないよ!と思ったのでそういう扱いである。違法な方法は検討しないこととする。

うちのブログの記事のスタンス

 元記事はChromeに搭載されたGoogle翻訳等でサクッと読んでいただくなどして、とりあえず私は元記事で紹介されていた映画がどこで見られるのか、そして私が映画を見てどう思ったかとか、そういうことをメインに記事にしていく。

 あと、それだけでは味気ないので、元記事の「一言で言うと」の部分だけざっくりと紹介しておく。ここでは「一言で言うと」と意訳したが、元記事の"1337? Or sux0rz?"のことだ。1337とは、ハッカー的にすごく良いという意味で使われている。sux0rzはその対義語だ。

ja.wikipedia.org

 元記事の作者は「インターネットは都市か?」「ギブスンみを感じるか?」「過ぎてしまった未来の描写から悲惨さを感じるか?」など、作品の近未来サイバー具合をかなり細かくジャッジしているが、私はふわっと作品を紹介するにとどめておく。私は残念ながら元記事の作者ほどにはサイバーパンクに思い入れはなく、どっちかと言えばレトロ趣味に入れ込んでいる映画好きに過ぎないからである。私は過去に生きてるっぽいんだ、すまねえな…。

 なので私は、いかにも90年代っぽい!という場面に注目し、風情を感じようとしている。いかにも90年代らしいファッションやガジェット、世相…そしてツルツルしたCGにどうしても熱い視線を注いでしまう。

見る前の約束:当時のCGについて

 この記事を読んだあなたがもし、奇特にも掲載されている映画に興味を持ったとする。そして本編を見てみようと思ったなら、なんとしても覚えておいて頂きたいことがある。当時のCGの見方についてだ。

 90年代のつやつやしたCGは、現実に撮影できなかった部分を補完する消極的な使い方ではなく、CGであることを見せるために使われていることが多いと思う。これは近年のZ級サメ映画に出てくる、見るからにCGなサメとはわけが違う(多分)使い方だと私は主張したい。

 90年代中頃までのCGはまだまだ質感がなく、不気味の谷のど真ん中にいる。なので、機械が人間を必死に模倣したような不気味さを表現するには、いい感じなんだと思う。この記事で紹介する一部の映画では、そういう意図で使われた気味の悪いCGが見られる。

 『トロン』(1982)のオーディオコメンタリーか特典映像で、製作者達が言っていたこういう話がある。当時のCGには技術的な制限がたくさんあったので、この制限によるローポリなCGに合うような世界観を作った結果がこれになったと。そしてその映像は、良くも悪くも誰も見たことのない世界を作り出したというわけだ。

 この年代の映画のCGは、現代人からするとチープに見えるが、決してチープではない。けっこうお金がかかっているはずである。そして、当時最新の未熟な技術の攻めた使い方だった。その辺の見方を覚えておかないと、古い映画を見ても「特撮がチープだった」という感想だけで終わることになるだろう。それはとても残念なことだと思う。

 色々偉そうに書いてきたがまあ、このCGすごいじゃん!レトロ!わびさびを感じる!!とか思いながら見ていくくらいでちょうどいいと思う。私も雑に楽しんでいる。

ランキングの話

10.マインドワープ MINDWARP (1992)

 コンピューターによって支配された近未来。システムから供給される夢を見ることで退屈な日々から逃避している人々の中で、ただ1人幻想を拒否したジュディはシステムオペレーターによって外界の荒野へと追放されてしまう。(下記リンク先より、投稿者のレビューから引用)

一言で言うと:クソ

 この作品はDVD化されておらず、動画配信サービスにも無さそうだった。ブルース・キャンベルが出てるなら、きっと顔芸が楽しいに違いないと思ったので残念な気もするが、一言で言うとクソらしいのでヨシとする。

tsutaya.tsite.jp

9. ブレインスキャン BRAINSCAN (1994)

 高校生マイケルは、現実よりリアルでスリルのあるゲーム「ブレインスキャン」を手に入れる。ゲームの中で彼はリアルな殺人を体験するが、その事件は現実に起こっていた。しかし、もうゲームはやめられない…。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:クソ。ものすごくクソ。

  この作品はDVDは出ているがレンタルはできないらしい。動画配信サービスにも無さそうだった。『ターミネーター2』の子役として知られるエドワード・ファーロングが出てて超かわいい…とか言われているが、一言で言うとものすごくクソらしいのでまあ、ヨシとする。tsutaya.tsite.jp

8. ザ・インターネット THE NET (1995)

 コンピュータ解析に関してはトップクラスというフリーの女性プログラマー、アンジェラの元へ一枚のFDが送られてきた。そこにはネット上で偶然発見された国家機密のデータが保存されていたが、送り主は飛行機事故で死亡。バカンスでメキシコに出かけたアンジェラはそこでジャックと名乗る男性と出会い恋におちるが、彼の目的は彼女の命とディスクだった。何とか追跡を振り切って帰国したアンジェラは自分自身の存在を証明するものがすべて消失している事を知る。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:クソ!

 この作品はツタヤディスカスなら見ることができる。宅配レンタルのみならず、ツタヤTVやiTunesなどの配信サービスでも見ることができる。

movie-tsutaya.tsite.jp

 私としては、この作品がそこまでひどいとは思わない。個人的には、けっこう刺さる恐怖があるストーリーだったと思った。元記事の作者は、オタクと世間との繋がりについてのありがちな説教が気に入らないのかもしれない。

 この作品に登場するΠ(パイ)のことは、古い技術書か何かで読んだことがあった。アンジェラのもとに送られてきた出所不明のフロッピーディスクには、冗談みたいなアプリケーションが入っていた。このアプリを起動して特定の操作をすると、画面の端にΠの字が現れる。これをクリックすると、国の機密にアクセスできてしまうと。このフロッピーディスクは実は、さる秘密結社が構成員のために作ったハッキング用のツールだったという感じである。これは風情があるわー。

 アンジェラは色々あって旅行先でバッグを盗まれ、他人のIDを持って身一つで帰国することになった。そして帰ってきてみると、家が勝手に売りに出されている。そして自分の過去は捏造され、犯罪歴があることになっていた。こんなのおかしい!と主張するのだが、本来の身元を証明してくれる人が、周囲に誰もいなかったことに気がつく。近所付き合いはなく、友達もいない。職場はずっとリモートワークだったのだが、なんか今は自分と同姓同名の知らない人が働いていることになっている。えっ、怖い。普通に怖い。私も最近すっかり出不精で、全然友達付き合いができてない気がしてきた。ヤバいかもしれん。私は不安になった。

 アンジェラの危機的すぎる状況は更に続く。老人ホームに入所している母親は認知症で、娘のことも思い出せない。父親は行方不明。今、頼りになるのはチャット仲間と、数年ぶりに再会した元カレだけ…。ここまで設定が出揃ってしまうと、エンディングを察することができる気がした。ベタだな〜!と思ったのだが、意外と私の予想は外れた。えっ?って感じの終わり方だった。

 入学してからずっとオンライン授業で、一度も大学に行ったことがない大学生の話がニュースに出てきたきたりするコロナ禍のこのご時世。今こそ、この作品のリメイクが作られるべきなのでは…?と私は思ってみたりしたが、要するにそういう続編が2006年にすでに作られていた。考えることは皆同じだったか…!

 あと、サンドラ・ブロックのハイレグ水着はとても90年代みがあって、風情がある。そういうところは悪くないと思った。

7. バーチャル・ウォーズ THE LAWNMOWER MAN (1992)

 西暦2001年。脳の活性化を研究しているアンジェロ博士は、新たな実験の被験者を探していた。そんなある日、知的発達障害を持ったジョーブと出会う。彼は庭師の芝刈りを手伝う心優しい青年であったが、世話をしてもらっている教会の牧師からは日常的な虐待を受けていた。博士はコンピュータを使ったバーチャル空間を用いて、ジョーブの脳を活性化しようと実験を施したとところ、ジョーブは恐ろしい力を手に入れてしまう。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:あなたが映画に何を求めているかによる。ピアース・ブロスナンがサイバー化の餌食になるところを見たいか?この映画はそういう機会にしかならないかもしれない。

 この作品はDVD化されていない。同じタイトルの映画が数本あるが、この作品とは違うものだ。続編も3作目まであり、それもVHSにはなっているのだが、DVD化はされていない。本国で発売された北米版BDを売っているサイトもあるが、海外製のBDにはリージョンが設定されている。ワンチャンいけるかと思ったが、やっぱ見るのは難しそうである。

ja.wikipedia.org

 この作品はどうやらスーパーファミコンのソフトの映画で、スティーブン・キングが原作を書いているという。しかし、原作とは違いすぎていて、どっちかと言えば「アルジャーノンに花束を」に近い内容だといえるとのこと。


The Lawnmower Man (Trailer)

 ピアース・ブロスナンといえば、『007/ゴールデンアイ』(1995)のジェームス・ボンドである。この作品のCGはニンテンドー64のあのゲーム*1っぽくてとても風情がある。予告編を見ただけでも、こういうのが見たかったんだよ!って感じがした。今後本当に90年代ブームが起こって、当時のツルツルしたCGが注目されるようなことがあった時には、円盤化されるかもしれない。されてほしいなぁ。

6. バーチュオシティ VIRTUOSITY (1995)

 1999年、ロサンゼルス。今後起こり得る凶悪犯罪に備え、合衆国政府は新たなる組織LETEC(警察技術研究所)を創設。あらゆる犯罪者のデータをコンピュータにインプットし、それをバーチャル・リアリティの世界で擬人化し、一犯罪者の行動パターンの分析と撃退法を研究するというシミュレータ装置を完成させた。まだ実験段階だったため被験者には囚人を用いていたが、そんな中、歴史上の凶悪犯罪者187人のデータをインプットしたシド6.7が現実世界へ逃げだしてしまう……。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:クソ、ただしラッセル・クロウのレイヴのシーンが超素晴らしいのでそこは除く

 この作品は、ツタヤディスカスの宅配レンタルなら見ることができる。ちなみに、この作品は2020年に神奈川の地上波ローカル局で放送された。つまり、まだエアチェックできる可能性がある映画ではある。*2movie-tsutaya.tsite.jp

 監督はブレッド・レナード。前述の『バーチャル・ウォーズ』の監督でもある。

 この作品は、ポール・ヴァーホーヴェン作品の影響をかなり受けていると思った。要するに、確信犯的なB級SFである。『ロボコップ』(1987)や『トータル・リコール』(1990)の悪趣味シーンを見てフハハ、こやつめとか思えるような人であれば、かなり楽しめると思う。むしろあれで笑えるような人以外には向いていないんだろうな〜と思いつつ、私はブルーレイを買いました。

 この作品の強みは、なんと言ってもCGがイケてることだ。CGと実写が歪に融合する画面が妙に魅力的だし、そんな場面が大盤振る舞いだ。この映画のCGは、シミュレーションによって作られたバーチャル世界の歪さを表現する際に使われている。あまりにもアシッドすぎて「熱でうなされた時に見た夢みたい」とか言われるレベルのシーンもある。こんな感じで。

https://scipunk.tumblr.com/post/188312671567/virtuosity-1995

 この作品は仕上げが丁寧なのだが、設定が雑なところが残念である。SF設定の内容的にはけっこう先の未来でしか実現しなさそうなのに、1999年が舞台というので驚いてしまった。多分、背景の街の描写を安く上げるために、4年後の未来という設定になっているんだろうな…。まあ細かいことはさておき、ぴちぴちのデンゼル・ワシントンと、すごい顔芸を見せるラッセル・クロウの頑張りを見てほしい。

 元記事はレイヴのシーンが素晴らしいと書いているが、確かにこのレイヴ会場は90年代後半の流行を取り入れた最先端な雰囲気だ。一方、集まっているパリピたちのファッションは90年代前半に流行ったテキスタイルと色使いで、スタッフの女性達とのテイストの違いが際立つ。このあたりに95年という時代が感じられて、とっても風情がある。

 実在のシリアルキラーへの言及も、当時の殺人鬼ブームを感じられて味わい深い。『カン・フューリー』(2016)みたいな超90年代映画が作られたら、こんな感じになるんじゃないかな?というレベルで雑に楽しい作品だった。

5.イグジステンズ EXISTENZ (1999)

 脊髄に穴をあけ、そこにバイオケーブルを接続して楽しむバーチャルリアリティゲーム。その最新ゲームをめぐり、天才ゲームデザイナーと反ゲーム主義者たちとの闘いが繰り広げられる。クローネンバーグ独特の、奇妙かつダークなビジュアルが満載。究極の体感ゲームイグジステンズ」の発表会で、女性ゲームデザイナーが狙撃された。彼女は会場にいた男性と、その陰謀を暴こうとするが・・・。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:私はちょっと恐怖を覚えながら、素晴らしいと言うだろう。興味深い映画である。

 この作品はツタヤディスカスの宅配レンタルなら見ることができる。movie-tsutaya.tsite.jp

 この映画のジャンルは、主にホラーである。スカッと爽快なホラーじゃなくて、新しい怖さを追求しているタイプの、である。なんせデヴィッド・クローネンバーグ監督が脚本も書いている。この人もサイバー映画を撮っていたのか!と思って軽い気持ちで見てみたら、例によって生々しいゴア特撮に溢れた作品であった。ジュード・ロウが、クローネンバーグ世界に蹂躙されている…。

 まず、パッケージの画像を良く見てほしい。赤い寝具のベッドに横たわる男女。へその緒のようなコードの先には、皮膚に包まれた内臓のような装置が置かれている。これが、ゲーム用の装置・ゲームポッドだ。コードの先端は、へその反対側の背中に開けた穴・バイオポートに差し込んで使うのだが、この場面の時点でかなりヤバい。差し込む前にコードの先端をねぶっているシーンは、びっくりとかいうレベルじゃない嫌悪感を覚えた。

 これは特撮…!特撮だから…!!と思って必死に耐えていくのだが、まあすごい場面が続く。ミュータント両生類の内臓をさばく工場や養殖場、それを料理して食べる中華料理店のシーンもある。とにかく、自分にどの程度のゴア耐性があるか、この映画を見れば見極められると思った。普通の血みどろスプラッタ映画がかわいく見えるよこれ!!!

 見終わった後に放心状態になる人もいるだろう。私もエンドロールの最後に「この映画ではいかなる動物も傷つけていません」の表示があることを確かめる以外に、何も考えられなかった。その辺のウシガエルを捕まえてきて使ってるのかと思ったら…そうなんですか…。

 クローネンバーグ監督は、生々しい特撮にめちゃくちゃ力を入れている人だ。そのため、まさかこんなことしないよな…やらないよな!!??チクショウ!!やりやがった!!!という、ある意味予想通りの展開が連発する。ストーリー自体は、先の予想がつかない怖さが最初から最後まで続くというのにだ!ホラー耐性があったとしても、この作品の仕掛けの都合により、やはり最後には放心状態になると思う。何一つ安定した要素がない、不安がすごいのだ。最後まで見れば設定に納得はいくんだけど…納得できるんだけどさぁ…!!!

https://scipunk.tumblr.com/post/163595567682/sp-ted-is-in-a-virtual-reality-game-named
 そんな感じで私にはちょっと、これがサイバー映画なのかどうかという話までする余裕がなかった。『スキャナーズ』(1980)や『ヴィデオドローム』(1984)でやってきた特撮が!めちゃくちゃスケールアップしとるッ!!!というショッキングさに圧倒され、私はそのことばっかり考えてしまった。恐ろしい作品である。

4. JM JOHNNY MNEMONIC (1995)

 電子化が極限にまで進んだ近未来。特定の情報を脳に埋めこまれたチップに記憶させる“情報の運び屋”ジョニーは北京である情報を記憶するが、それは全人類の命運を賭けるものだった……。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:本当に深く、素晴らしい。

 この作品は、ツタヤディスカスの宅配レンタルなら見ることができる。

movie-tsutaya.tsite.jp

 ウィリアム・ギブスンの小説が原作の映画だが、この分かりづらい邦題のせいで、私も最近までその存在を知らなかった。

 この映画の脚本は、ギブスン本人が書いている。それってつまり、正統なサイバーパンクってことだ!裏の仕事を表すラン(run)という言葉が使われていたりして、なんとなく本格的な感じがする。ちなみにこの作品の舞台は、2021年という設定である。今年じゃん!

 「サイバーパンク2077」にキアヌが登場したことで、この作品がちょっと注目されているそうである。早速こんな記事が出ていたが、要するにこの映画は手放しで褒められるようなクオリティではない。しかし、良いところは良い映画だ。

wired.jp

 この作品の魅力は、なんと言ってもキアヌ・リーヴスである。髪型とスーツのせいなのか、個人的にはキアヌ史上最高の男前度で出演していると思った。

 脇役も良い。狂った修道士のような殺し屋はドルフ・ラングレン。エクスペンダブルズの頭がおかしい人だ!この人がかなり怖い。ジョニィに仕事を斡旋したフィクサーウド・キア。『アイアン・スカイ』(2012)の月面総統がこんなところに出てたとは。そして、ヤクザの親分役はなんとビートたけし!!この人がいることで、空気感が変わる。『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017)に唐突に出てきたような気がしていたけど、こういう縁があったのか!すごいよ、このキャスティング。

 あと、水槽に入ったサイボーグなイルカも出てくる。イルカですよイルカ!!すごい!かっこいい!!上の記事で「キアヌよりイルカのほうが表情豊か」とか言われてるけどな!

 この作品、CGは良いんだけどアナログ特撮がヤバいと思った。最初のほうに登場する北京の夜景はミニチュアで作られているのだが、あまりにも…素朴である。冒頭ではあんなことを書いたのだが、このミニチュアや、後の場面のミニチュアと実写が合成された場面の仕上げが荒すぎて、そこがやたらマイナスイメージとしてこびりついてしまった。爆発シーンに力を入れすぎて、他のアナログ特撮が雑になったのか…?とか考えてしまう。

 シド・ミードコンサルタントとして参加しているだけあって、要所要所の設定や美術はとてもかっこいい。しかしアクションシーンが微妙だったりして、なんだか全体的にぎこちないところが目についてしまう。この粗さを、キアヌのかっこよさで押し切っているような感じもしなくはない。

https://scipunk.tumblr.com/post/157197870717/sp-removing-the-data-johnny-mnemonic-1995

 レトロ趣味を持つものとしては、ニューアークに来た時の飛行機がコンコルドだったことに大興奮してしまった。もうとっくに引退してしまったコンコルド…。95年当時はまだ現役だったのか。

3. サイバーネット HACKERS(1995)

 デイドは、13歳のときにウォール街のコンピューターに侵入して破壊、FBIのブラック・リストに乗る。18歳になった彼は、キーボードに触れる許可をもらい、高校生活をエンジョイしていた。だが、ハッカー・キングと呼ばれる男にはめられ、犯罪の片棒を担がされてしまう。デイドは世界中のネット仲間を集め、反撃に転じる。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:この映画は、ハッキングは馬鹿馬鹿しくもクソほど楽しいという前提をよく分かっている。なので素晴らしいといえる

 この作品は、ツタヤディスカスの宅配レンタルなら見ることができる。

tsutaya.tsite.jp

 ストーリーは、FBIが家に突入してきて8歳の主人公デイドが逮捕される場面から始まる。ハッキングは犯罪!逮捕されたらすごい額の賠償金を払わされるからな!!という大事なことを、最初に分からせてくれるのだ。しかし10年後。デイドは性懲りもなくハッカー仲間たちとチームを作り、公衆電話の前にたむろってハッキングに精を出し、サイバー犯罪を取り締まる刑事に嫌がらせをして遊ぶのだった。この辺が、元記事がいっている馬鹿馬鹿しい楽しさだろう。教育的なんだけど、ちゃんと若者目線な映画である。

 元記事のサムネイル画像にいる変な二人組は、この作品に登場するパフォーマーのレーザー&ブレードで、この二人は1337なハッカーでもあるという。こういうスラングが実際に使用されるのは、このリストの映画の中では多分これだけである。

 インターネットとコンピューターの中の世界は、実写のようなCGのような不思議な映像で表現される。『トロン』のようなコンピューターの中の都市が、90年代後半からゼロ年代に流行ったグラフィックで見ることができるような感じだ。そういえばこの年代、外側が透明のプラスチックで、中身が透けて見えているガジェットが流行ったんだよなぁ。そんなことを考え、ちょっと風情を感じた。

 使用されている音楽はオービタル、アンダーワールドプロディジーマッシヴ・アタックなど。90年代に活躍し、ゼロ年代にベスト盤を出してそれを私が買って聴いていたような英国のアーティストたちによるものだ。90年代のJポップって妙にシャカついてたよね、ハハハ~とか思っていたら、アンダーワールドもこういう場所で聴くとすごくシャカついて聴こえることに気が付き、私はびっくりした。

 この映画にはアンジェリーナ・ジョリーがヒロインとして出演しているが、そのファッションはなるほどゼロ年代基準で見るととてもおしゃれである。つまり、今見るとメイクがちょっとキツい。その辺にとても風情を感じる。そして、飛行機のシーンでPAN AMが出てきたところも90年代らしくて良いな…と思った。個人的には、ゼロ年代の空気を感じて恥ずかしくなるような、むずがゆい映画だった。いやあのなんというか、90年代後半の流行にフォーカスしているからそういう感想にならざるを得ないの!

 やっぱりさあ、当時最先端でクールだったカルチャーを20年以上経った後に見返すと、めちゃくちゃダサいんですよ。90年代も前半と後半でガラッと服や髪型のトレンドが変わるけど、その後半のトレンドというのがゼロ年代前半の空気を感じさせてダッセぇ!!って思わせてしまうんじゃろうな…。30年前の流行はリバイバルするけど、20年前の流行は常にダサい。そのダサさと、一周回ってアリだな…という感覚が、『サイバーネット』には溢れていると私は思った。

 そんなわけなので、アラサー世代でこの作品をまだ見ていない人は、来たるべき90年代ブームと超90年代映画に備えて、ぜひ今のうちに見て復習しておくべきだ。そして、ダッセぇ!!と思ったシーンについて語り合おう…。

2. 13F THIRTEENTH FLOOR (1999)

 コンピュータ・ソフトの開発者ホールは、ヴァーチャル・リアリティの技術を使ってコンピュータ内に1937年のロサンゼルスを再現しようとしていた。だが上司が何者かに殺される事件が起こり、ホールが容疑者となってしまった。アリバイが無いどころか、犯行時間の記憶自体失っているホールは、突然の事態にパニックとなる。やがて彼は、研究の過程で1937年の仮想世界と現実世界を行き来していたことを知る。その鍵を握るのは“13階”……。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:驚くべき素晴らしさだ!この作品は、この映画の中で最もノワールな作品であり、『ダ―クシティ』と『マトリックス』が無ければもっとヒットしていただろう。

 この作品は、けっこう色々なサービスで見ることができる。ツタヤでは発掘良品シリーズでDVDが出ている*3ため、うちの近所のツタヤ店舗でもレンタルすることができた。しかも、2020年末に見た時には、ポップつきでSFコーナーの目立つところにディスプレイされていた。これは…これは多分あれだよ。再評価というやつだ!多分!

movie-tsutaya.tsite.jp

 ローランド・エメリッヒが製作に関わっており、ネームバリューがあるようには見える。しかし、元記事で見るまで私はこの作品のことを全然知らなかった。

 この作品は「我思う、故に我あり」という言葉で始まる。ネタバレになるので詳しくは言えないが、要するに『ダークシティ』(1998)と『マトリックス』とネタが被っている。しかも1999年に『マトリックス』より後に公開された。なんという巡り合わせだ。そのせいで、先行する2作品抜きでは語れない映画になってしまったとのこと。確かに、『ダークシティ』とはレトロな雰囲気がメッチャ被ってる。設定も『マトリックス』と被ってる!こんな不運な名作があったんか!!

f:id:Coboler:20210128203921p:plain

本棚から発掘したツタヤの「シネマハンドブック2012」より。私はこの映画のことをスルーしていた。9年間も…

 『マトリックス』は、戦いだ!反乱だ!って感じのロックな映画だったと思う。でも『13F』は『マトリックス』みたいな派手な視覚効果もなく、すごいアクションもなく…って地味な感じがするわけである。バーチャル世界っていうのも、1937年のセピア色のロサンゼルスだしな。私はかなり好きな雰囲気なんだけど、こんな相手と比較されてしまったら、そういう設定が地味で、取るに足らないように聞こえるわな…。

https://scipunk.tumblr.com/post/158327351792/sp-the-revelation-the-thirteenth-floor-1999

 しかし『マトリックス』との明確な違いがある。ネタへのフォーカスの仕方だ。劇中の台詞で表すなら、『13F』は「哀れな魂が凍りつくような」瞬間をストーリーの核にすることに力を注いでいると思った。つまり、このリストの作品の中ではトップクラスのエモさを持っているということだ。残念ながら、私にはこの良さをうまく語ることができない。なのでぜひ見てください…!

1. マトリックス THE MATRIX (1999)

 ニューヨークの会社でしがないコンピュータプログラマーとして働くトマス・アンダーソンには、裏世界の凄腕ハッカー“ネオ”というもうひとつの顔があった。ある日、“ネオ”はディスプレイに現れた不思議なメッセージに導かれるまま、謎の美女トリニティと出会う。そして彼女の手引きによってある人物と接見することになった……。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:クソな部分などない。

 この作品は、だいたいどのサービスでも見ることができる。どこのレンタル屋にも円盤が置いてあるだろうし、配信でも見られる。

movie-tsutaya.tsite.jp

 1999年の超ヒット作であり、私はこのリストの中では唯一リアルタイムで映画館に見に行った。続編も3作目まで作られた。私もVHSで録画して何回も見た。

 『マトリックス』の特撮は画期的だった。弾丸を避けながらスローモーションで反り返るキアヌ・リーヴスの周りを視点が動いていく「マシンガン撮影」の場面が、当時めちゃくちゃ流行った。世間の興奮は相当なものだったし、私もこの映画のパンフレットを読んで初めてサイバーパンクという言葉を知って熱狂したことを覚えている。そして、みんなで反り返って遊んだ。


Rooftop Showdown - The Matrix (7/9) Movie CLIP (1999) HD

 『マトリックス』のことをCMか何かで知ったとき、父に頼んで公式ホームページを見せて貰ったことを覚えている。ダイヤルアップ接続して画面に現れたのは、「赤い薬と青い薬」の画像だった。この世界は実は、コンピューターが見せている夢なのかもしれない…そんな想像を膨らませる粋な演出だったなぁ、と思う。

https://scipunk.tumblr.com/post/170037748652/sp-114-the-matrix-1999

 コロンバイン事件があった時、犯人の二人組の高校生は『マトリックス』のネオみたいにトレンチコートを着ていたことから、映画の悪影響が云々なんていうことまでアメリカのメディアでは言われていた…という報道を見た記憶がある。『マトリックス』はエンディングにマリリン・マンソンの曲が流れる。犯人たちは実際にはKMFDM*4のファンだったらしいんだけど、なぜか代わりにマンソンが大バッシングされたこともあった。個人的にはこの映画がきっかけでマンソンの曲と名前を知ることになったので、ある意味では人生を変えた映画だったと思う。あの頃のマンソンはアメリカの諸悪の根源とか言われてたけど、いやぁ90年代ってなかなかエキサイティングな時代でしたね…。

 そんな感じで視覚効果がすごい、ストーリーもすごい、話題性もすごいと3拍子揃った超大作だった。同年には『スター・ウォーズ エピソードI/ファントム・メナス』が公開され、この2本が1999年現在の最高峰のCGを見せてくれるとされていた。そりゃあ他の作品が霞んで見えるわい!と思ってしまう。今見返すと、アクションシーンでかっこつけすぎじゃない…?と風情を感じてたりするんだけど、やっぱこれを1位にしないなんてあり得ないね!納得の1位だ。つい興奮して思い出話ばっかりしてしまったが、これが一時代を築いた映画なんだな…って感慨深くなってしてしまったんだ。

 ところで監督のウォシャウスキー兄弟は、知らない間に二人とも性転換して姉妹になっていた。この話自体がすごくサイバーパンクしてる感じがする。そして、そのラナ・ウォシャウスキーがこの作品のリメイクを作って今年公開する予定だそうだ。楽しみに待とう!

0. ストレンジ・デイズ/1999年12月31日 STRANGE DAYS (1995)

 驚いたことに、このランキングにはシレッと0位が設定されている。

 1999年12月30日。他人の体験を感じることのできるディスクを闇販売しているレニー(レイフ・ファインズ)のもとに、元恋人の娼婦フェイス(ジュリエット・ルイス)の友人が殺される瞬間を記録したディスクが届けられた。次はフェイスが危ないと察知した彼は、2000年を目前に控えて沸き返るおおみそかのロスの街へと急行する……。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:これがリストのトップだけど、みんなはどう思った?私はこの映画が好きだし、この映画を再発見できて嬉しかった!

 この作品は国内のどこの配信サービスでも見ることができず、DVDも廃盤になってプレ値がついている。最初はCDと同じパッケージでDVDが発売されたが、今よく見るあのパッケージで再発売されることはなかったというのか…。90年代後半の映画には、こういうことが起こるのか。知らなかった。

www.amazon.co.jp

 一応ツタヤディスカスを調べてみたら、この作品のサウンドトラックCDならレンタルできることがわかった。強い、強すぎるぞツタヤディスカス…。


🎥 STRANGE DAYS (1995) | Full Movie Trailer | Classic Movie

 この監督のキャスリン・ビグローという人は、ジェームス・キャメロンの奥さんだそうだ。

 『マトリックス』のパンフレットを読み返してみると、先行するサイバーパンク作品としてこの作品の名前が『JM』等と一緒に掲載されていた。あらすじを読んだ感じだけでも、『ストレンジ・デイズ』には世紀末の倦怠感や、21世紀への期待のような何かが結集しているんだろうなーと思えた。そういう空気を切り取った作品って…絶対にエモいやつじゃん。見たいんだけど…無理はせんほうがええな…。

感想戦

元記事の評価について

 元記事の作者は自分で「このランキングは疑わしい」と書いているが、確かに偏っている。押井守の『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)も立派な90年代のサイバー映画じゃろと思うが、元記事の作者はその辺は無視している。まあ、そのおかげで私は知らない映画を知ることができたので良かった良かった…ということにしておく。実写の映画に限定しているのかもしれないし。

 個人的には、このランキングの順位には異議はない。唯一円盤を買っちゃった『バーチュオシティ』は確かに好きだけど、このくらいの順位で良いと思った。『ザ・インターネット』も悪くない作品だが、95年らしさと95年ではあり得ない設定が混在してたりして微妙だし、そもそもオタク受けを狙った設定じゃないしな。『イグジステンズ』は味付けが濃すぎて、私にはうまく評価できなさそうなのでこれでいいです。

 リアリティ、役者の演技、画面の映え、そして謎の魅力等々、色々な評価軸があるが、『マトリックス』が1位で0位が『ストレンジ・デイズ』になっているのはなんとなく納得だ。『ストレンジ・デイズ』は目立つ作品ではないんだろうけど、90年代らしさの最たるものが詰まっているんだろうな。そういうの、何となく伝わったぜ。見れてないけど。

映画をどうしても見たいとき

 このリストには、現在配信もレンタルもできない映画が4本含まれている。しかし、どうしても見てえ。そういう時は、VPNを使用してロケーションを米国にした上でNetflixから見ると良いのよ、という話がある。

 要するに、日本語字幕や吹き替えはない!英語で見ろ!ということだ。うん…まあ、見れないことはない。『ストレンジ・デイズ』は日本非対応だけどNetflixや米Amazonプライムにはあったので、装備とリスニング力を鍛えてから挑戦するのが良いんだと思う。英語の字幕さえあれば、何とかなる気もするし。まあ…うん…そのうちやってみるかもしれない。

 あとは、スカパーやWOWOWで放送されないかな〜とか、リバイバルブームに乗って再評価されて復活上映されないかなー…とか願うくらいしかないだろう。違法な方法は推奨しない。よろしくお願いします。

宅配レンタルは強し

 そんな感じで、すっかりツタヤディスカス宅配レンタルの宣伝みたいな記事になってしまった。実際私は元記事を読んだことがきっかけで、ツタヤディスカス宅配レンタルのサブスクを契約してしまった。恐るべし、ツタヤ。

 どうしてこうツタヤが強く見えるかというと、多分契約期間の問題だと思う。配信されている動画作品には契約期間があり、作品ページには何年何月まで販売(配信)という期限が記載されている。なので、配信サービス会社が作品の販売会社と決めた契約期間が過ぎてしまうと、その作品は見られなくなる。こうして、古い作品が見られなくなっていく。

 しかし物理のメディアとなると、一度生産されてツタヤのものになってしまえば、メディアが物理的にダメになるまでは商品として流通するのだろう。ツタヤの発掘良品シリーズはその辺をよく分かった上で、良い作品が時代の流れの中で埋もれていかないようにしてくれているんだと思う。そして私のような客が、ポップに騙されて良いんだか微妙なんだか分からない映画を何本も見てしまうというわけだ。

 しかしツタヤディスカスには無いけどiTunesにはある映画も、あるっちゃある。iTunesサブスクリプションサービスに入らなくても映画をレンタルをすることができるので、そういう作品は都度課金して見ればいいやと思う。

 動画のサブスクリプションサービスに入るときは、品ぞろえ重点で選ぶことが大事だということがよく分かった。VPNがどうこうの話になってくると、ネトフリとツタヤディスカスのどっちが強いのか、もう分からないしな。

さいごに

 この「サイバー映画」というざっくりとした区切りのせいで、オタク向け、若者向け、インターネットをよく知らない人向け、ボンクラ向け、アート路線等々、色んな作品が集まったリストだったと思う。元記事のおかげで、ボーッと生きていたら絶対見なさそうな作品を見ることができて楽しかった。サントラも色々聴いて90年代みをたくさん摂取でき、充実した時間を過ごすことがきできた。監督の過去作も色々見た。ブレット・レナードの『デッド・ホスピタル ゾンビ製造人体実験』(1987)とかな!*5

 あと、一言で「これだ!」というキャッチコピーを書けない映画は、30年後まで生き残れないんだな…とか考え、世知辛さを感じてしまった。『バーチュオシティ』なんか「バーチャル殺人鬼が現実世界に逃げ出した!」って書けば十分伝わる内容だから、まだテレビ欄でも戦えるスペックなんだな…とか思った。

 時代に閉塞感が漂う時、懐古趣味が流行るそうである。ステイホームしながら現実逃避する分には、昔の映画が最高だ。それにしても『JM』の、2021年にパンデミックが起こってる設定…。映画の中くらい感染対策のことは忘れさせてほしかった。ほんとにな…。

*1:https://youtu.be/ts4QO-Dyu4k

*2:どうでもよいがこの映画、いかにも木曜洋画劇場案件だな!と思って調べたら、確かに放送歴があった。

https://fukikaemaniax.web.fc2.com/special/mokuyou-youga.html

*3:ダークシティ』も発掘良品でDVD化されているので、ツタヤ店舗でレンタルできる。

*4:KMFDMの曲は、90年代の映画を見ると時々流れている。『JM』でも使用されている。KMFDMは事件当時解散することになっていたんだけど、事件後すぐに再結成したり、マンソンにメンバーを引き抜かれたり、色々あった。

*5:『デッド・ホスピタル ゾンビ製造人体実験』は…これこれ、こういうのが見たかったんだよ〜!って感じの意識高い悪趣味ホラーでした。

『アメリカン・サイコ』この作品の時代とオチについて考えたこと

f:id:Coboler:20210105101124p:plain

名場面すぎてつい描いてしまった挿絵

アメリカン・サイコと私

 90年代は、シリアルキラーが大流行していた時代である。

 本なら『FBI心理捜査官』、音楽ではマリリン・マンソン、日本の漫画なら『多重人格探偵サイコ』、ジョジョ4部等。映画なら『羊たちの沈黙』、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』等々、どこの界隈でも殺人鬼キャラが流行した。

 というわけで、『アメリカン・サイコ』である。今回の記事は、最近映画を見たのがきっかけで、この作品のオチと作品の時代について正月からダラダラ考えた考察のまとめである。ネタバレがたくさんあるのでお気をつけ下さい。

アメリカン・サイコ (字幕版)

アメリカン・サイコ (字幕版)

  • Mary Harron
  • ドラマ
  • ¥1019

原作を読んだ頃の話

 私はこの作品の原作を読んでいた。『ハンニバル』を読み終わり、もっともっと殺人鬼成分を摂取してえな!と思っていた中学生の頃に、表紙を見て衝動的に買ってしまったのだ。

 しかし、怖かった。『アメリカン・サイコ』はシリアルキラーの生活が淡々と続く記録のような本だった。主人公パトリック・ベイトマンの他人事のような台詞が、どうでもいい他人と会話を続ける様子が、モノローグによって綴られる。そして、ストレス解消のために、無関係の人間が死んでいく。

 その殺しのプロセスは詳細に描かれ、無辜の被害者達が痛めつけられる様子がけっこう衝撃的だった。

 ネズミとチーズのアレのシーンは特に怖かった。これもやっぱり映画になるんですか…!?と思いビビってしまった私は、表紙のイケメンが出てくると知りつつも、映画を見る気にはなれなかった。ゼロ年代前半当時は。

 そして現在。当時のホラー映画界のチャンピオンだった『ブレアウィッチ・プロジェクト』を見てもマイルドに感じてしまうくらいホラーに慣れてしまった私は、小さい頃にタイトルだけで怖がっていた映画を色々見続けていた。そんなわけで、『アメリカン・サイコ』の番になった。

映画は面白かった

 私はこの映画を見て、とても面白い作品だったな…と感じた。原作のことはうろ覚えだったが、あったあった!こんな感じだった!とか思い出しながら、再現度を楽しむことができた。

 そして、パトリックが昼間にストレスをため、そのストレス解消のために夜、人が殺される様子が面白く感じられてしまった。ワルい笑いで味付けされた、コメディのような作品だと思った。

 表現はとてもマイルドだった。メイキングで監督が言っていたが、これは残酷さがテーマの映画じゃないので、表現はマイルドにしたとのこと。確かにこの方が、ショッキングな描写に圧倒されて気がつけなかった、作品の本質に迫れるのかもしれない。上手いなぁ。

 デリバリーのお姉さんを呼んで3Pが始まった時には、遂に問題のアレをやるのか…!と思って覚悟したが、結局そういうことは無かった。やろうとは思って準備している描写はあったが、視聴者の目の届かないところだからOK!という気軽さで見ていられた。

 ただこの記事によると、かの変態デイヴィッド・クローネンバーグが映画化を企んでいたようなので、この人主導で映画が作られていたら、けっこう違った作品になっていたと思う。容赦なくグロくなっていたかもしれないし、もっとわけがわからなくなっていたかもしれない。

m.zimbio.com

 原作は不思議な本だった。全体としてはパトリックのモノローグで構成されているのだが、日常生活と殺人シーンの章と、パトリックが好きな音楽について偏見で語る章が交互に掲載されていた。いきなり前の場面と関係ない音楽語りが始まるので、読みながら困惑したことを覚えている。

 そのホイットニー・ヒューストンやスティングなど、それぞれ1章を割いて語りまくっていたアーティストは、劇中の鬱陶しい語りや劇伴として、違和感なく楽しむことができた。音楽をシーンの中で聞きながら雰囲気を楽しめるのも、映画の良さだ。楽しい!

 でも、この映画のオチは今の私にはスカッとできなくて、物足りなく感じてしまった。物足りないどころじゃない。終わり方が気持ちよくないと思った。

オチが気に入らない

 このオチは確か、原作通りである。あまりにもあっけない終わり方に、読んでいてびっくりしたことを覚えている。変な話だが、そういう小説なんだと思って納得していた。しかし、原作通りだからといって、映画を見て納得はできない。

 原作本は、自分の中の殺人鬼ブームが終わった頃に売ってしまった。今の私には、原作へのこだわりがない。つまり、この記事の中の原作に関する記述はうろ覚えで書いている。その辺は要注意である。

 中学生のころ、『ブレードランナー』を見ろ!これを読め!といって親戚が『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を私に渡してきたことがあった。私は本を読み、満を持して映画を見たが、羊はどこにいった…?といって、ただ単にガッカリしたことがある。『ブレードランナー』の儚いエモさを、当時は全く理解できなかったのだ。原作本にこだわりすぎたせいで!

 当時の私は他にも『ハンニバル』や『梟の城』、『2001年宇宙の旅』の原作本を読んでから映画を見て、原作と違う!といって大なり小なりガッカリしていた。ほんとうに不毛なことである。

ハンニバル (字幕/吹替) (2001)

ハンニバル (字幕/吹替) (2001)

  • Ridley Scott
  • ホラー
  • ¥1019

 この頃に『アメリカン・サイコ』の映画を見ることができたら、けっこう満足できたのではないか。当時の私はただの原作厨だったので、そういう点では、この作品の映画化は悪くなかったと思う。

 ただ、今の私はそうは思わない。そのかわり、色々と考えてしまった。オチを変えてもいいじゃん。などと、一瞬考えてしまった。

どういう終わり方が良いのか

なぜこの終わり方なのか

 映画『アメリカン・サイコ』がこのオチに至る理由として、登場人物が頻繁に相手の名前を間違えるなどの、無関心さが原因であるといわれている。確かに、そういうシーンは多かった。

 また、相手の話を真剣に聞いていないシーンもある。パトリックがこんな気の利いた匂わせ発言をしても、ホステスは全然気にしない。一応冗談を言っているんだから、そういうリアクションをしてあげてほしい…と思ってしまう。

ホステス「お仕事は何をなさっているの?」
パトリック「僕は、えーと、殺人と処刑(murders and executions)がほとんどだ」
ホステス「お仕事はお好きなの?」
パトリック「まあ好きすぎるくらいだ なんで?」
ホステス「ええ、私達が知っている男性方はM&A(Mergers and Acquisitions)が実は嫌という方が多かったので」

 準備万端でポールを殺したは良いが、死体の処理のやり方はまあ雑だった。正面玄関には血の跡がはっきり残っていたし、死体を運んだのはタクシーのトランクで、その場面を知人やマンションの受付に見られていた。

 しかし誰も、パトリックの犯行に気がつけない。探偵があのウィレム・デフォーでも、周りの人たちのあいまいな記憶に阻まれ、パトリックの犯行を裏付けられない。そして、ポールの死も、ポールの部屋で行われた殺しも無かったことになった。あれは多分、妄想か幻覚だったんだよ。という終わり方だ。

 というか、登場人物たちは、警察に相談しない。パトリックも警察に自首することはないが、弁護士の知人には電話して、自分のすべての罪をまくし立てて留守電に残した。

 まわりに溶け込むこと(fit in)、つまりヤッピー達の中で目立たなく過ごすことは、世間体を保つことでもある。弁護士に相談することで、あわよくばこの状況を無かったことにできるかもしれないと思ったのではないか。

 ポールの親たちは世間体を気にして、ポールが失踪したことをまず探偵を雇って調べさせた。一応探偵は犯人に目星をつけたが、パトリックの親もまた世間体を気にして犯行をもみ消すほうに動いたんだと思えた。パトリックの妄想と幻覚は激しくなっていくが、多分ポールはちゃんと死んでいると私は思った。

パトリック「87年、ヒューイは最高アルバム『フォア』を発表 傑作「ヒップ・トゥー・ビー・スクウェア」は誰も歌詞を気にしないが、順応する生き方やトレンドの重要性だけでなく、バンドのあり方を歌っている」

 この映画のテーマは、表面だけの関係とか、世間で流行っている陽気なカルチャーと対照的な負の感情とか、そういうものに対する風刺だと聞いた。この胸糞悪いラストのほうが、ブラックコメディとして正しい終わり方なんだろうと私は考えた。

 それはそれとして、この映画の終わり方は私好みじゃない。

メンタルの弱さ

 じゃあどういう終わり方だと良いんだよ?『マニアック』(1980)*1みたいなオチが理想なんだろうか?ただの好みの問題だが、私は色々考えた。


Hip to be Square - American Psycho (3/12) Movie CLIP (2000) HD

 ポールが殺されるシーンでは、いろんな意味で笑ってしまった。この場面は何度見ても最高だ。ストレスがたまる!殺す!というプロセスがメッチャ分かりやすいので、スカッとするホラーとして楽しめる。

 世間ではポール役のジャレッド・レトはずいぶん嫌われているようである。*2今『トロン』第3作の制作に関わっていて、自分も出演するらしいジャレッド・レトがぶっ殺されるあのシーンを見ることで、アンチたちは怒りをなんとか鎮められるんだと思う。知らんけど。

 私が殺人鬼映画を色々見た経験からいうと、パトリックの動機は視聴者にも感情移入しやすく、他とはちょっと違う感じがした。

 この作品の下敷きになっている『サイコ』(1960)しかり、パトリックが大好きな『悪魔のいけにえ』(1974)しかり、異常な人間の異常さが明らかにされるような造りの映画と『アメリカン・サイコ』はちょっと違う。まあ、名刺とかレストランの予約とか、我々パンピーにとってはどうでも良いことでストレスを溜めているあたりは、馬鹿馬鹿しいとしか思えないのだが…。

 パトリックは多分、我々と同じ感覚を共有している人間であるという設定が大事なキャラクターなんだと思う。やつには、『ナチュラルボーン・キラーズ』(1994)のミッキーとマロリーみたいな、堂々たる開き直りっぷりやカリスマ性は全くない。ウジウジしてて、ストレスに弱い。メンタルが弱いのだ。

 生き方がエクストリームなだけで、日常生活でストレスをためたり、人には言えないストレス解消法があったり、自信を持つために四苦八苦する。そして、世間に溶け込むために、努力している。そういう性質が、この作品では強調されている。なので、こんな記事を読んで、やつのダメメンタルを他人事だと思ってる場合か?と私は考えてしまった。

theriver.jp

 そしてだんだん殺しのやり方が雑になり、もうだめだ!という不安の気持ちをぶっちゃけてしまうあたり、パトリックはやはり他の殺人鬼キャラとは違うと思える。殺人鬼界隈なら小者といえるだろう。そういう小者っぷりは、ホラー映画時空なら死亡フラグとして扱われるだろうと私は思った。

ホラー映画時空の因果応報

 ホラー映画の中には、ムカつく人間が死ぬ様子を見て喜ぶ私のようなボンクラを対象にした作品も多い。そういう映画の世界観を、ここではとりあえずホラー映画時空と呼ぶことにする。

 ホラー映画時空では、作品中にヘイト(=死亡フラグ)をためたキャラクターは、たまったヘイトに相応しい死に方をするべきであるとされ、視聴者はその因果応報な死亡シーンを見て喜ぶ。

 ホラー好きな友達とホラー映画鑑賞会をすると、開始直後から死亡フラグのチェックを始め「オイオイオイ」「あいつ死んだわ」なんて言いあいながら見ているのだが、そんなボンクラ視聴者たちの期待を裏切る映画は無かった。ホラー映画時空にある映画は、そういう視聴者の期待に対して真摯に向き合っているという話だ。

 ホラー映画時空に染まった脳みそでこんな期待をしてしまう私にとって、『アメリカン・サイコ』のオチはどうしても消化不良で胸糞悪いのである。分かってる。歪んだ目で見ているから満足できないんだとは、分かってるんだけどな…。

 ホラー映画時空なら死亡フラグになりうるパトリックの行動を思い出してみよう。

  • 人種や性別について差別発言をする
  • 勝手な理由で人を殺す
  • 横柄な態度をとる
  • サカっている
  • 意識高いっぽい発言をする
  • 何かと自慢する(うるさく喋る)
  • ドラッグをやる(ほしがる発言も含む)

 他にもあったかもしれないが、まあこんな感じでここがホラー映画時空なら、さぞむごい死に様を晒すだろうに…!と思わざるを得ない。ちなみに上2つくらいはホラーに限らず、タランティーノの映画でも制裁され率を上げる行動だ。

 わしらと同じ人間だから、終わらない日常生活が続いていって、ずっとストレスに苦しむってか?いやいやいや、気取りくさったヤッピーは死ぬべきだね!!ほら、自分でポールの部屋の壁にDIE YUPPIE SCUMとか書いてたじゃねぇか!あの自慢げな殺人匂わせ発言が、とにかく気に入らねえんだよわしは!

 私は勝手に、パトリックが『オーメン』のソーン産業の社長にあのノリですごく失礼なことを言ってしまい、悪魔パワーで無残に死ぬとかそういうクロスオーバーを妄想してしまう。他の映画とクロスオーバーしたら、こいつは多分死ぬぜ。そういう妄想でもするしかない。

 『ハンニバル』原作のラストはすごいと思った。パトリックはレクター博士を見習って、いっぺん刑務所にでも入って運命の女性との出会いを待った方が良いと思えたね。知らんけど!

80年代との付き合いかた

80年代が足りない

 ホラー映画ファンとしてはやっぱ、死んでくれと言いたい――。わしはこの作品の意図が理解できた気がしたが、やはり終わり方だけは気に入らなかった。

 この映画の気に入らないポイントは他にもある。80年代という時代の扱いである。

 パトリックの会話の中に、テッド・バンディとエド・ゲインという実在の先人達の名前が出てくる場面がある。しかし、パトリック以外、誰も彼らのことを知らない。90年代には有名人だったんだけどなぁ。この映画は80年代末が舞台だから、まだよっぽどの好事家以外は知らないのかもしれないと思った。

 シリアルキラーがブームってさあ、90年代おかしくね?今となっては、そういう気がしてくる場面である。

友人「エド・ゲインって誰だ?」
パトリック「50年代のシリアルキラーだ エド・ゲインが言うには、通りの向こうから美人が歩いてきたら、自分は2つのことを考える 1つ目は、彼女を連れて帰って、話をして、素敵な人間として彼女をもてなしたいということ」
友人「2つ目は?」
パトリック「彼女の頭を棒に刺してみたら、どう見えるかってことだ!」

 そこは良かった。しかし、10年代の80年代ブームに乗っかって80年代成分を生きる糧にしてきた現在の私にとって、この映画の80年代感は物足りなかった。なんだろう。髪型とか…クラブの内装とかなのか…。80年代風のクセの強さが足りない。

 これは暴論だが、今振り返ってみれば80年代は、暑苦しいほどエモーショナルなカルチャーが流行った時代だったと思う。その反動で90年代には、情緒的に落ち着いたクールなものが流行ったのではないか。

 シリアルキラーは相手の感情を丸無視し、平然と人を転がしておいて良心の呵責もない。そして人智を超えた動機を持っている…そんな様子が、究極的にクールだと見られていたのではないか。と『ヒッチャー』(1984*3を見ていて思った。知らんけど。

80年代はダサかった

 で、問題は、映画『アメリカン・サイコ』が公開された2000年頃には、80年代はダサいという価値観があったことだ。30年前の流行はリバイバルするが、20年前の流行は常にダサいのである。それが理由で、80年代らしさの描写がちょっとマイルドになっているのかもしれないと思ってしまった。

 80年代の物質社会への風刺とはいうが、80年代らしさがもの足りない。私は映画を見るとき、画面の雰囲気から制作年代と作品の時代設定を当てる趣味があるのだが、この映画はなかなか時代設定が分からなかった。映画化の際に、80年代という設定が無くなったのかとてっきり思ってしまった。

 しかし、それが悪いことなのかは分からない。個人的にはそう思ったってだけで、作品の意図としては表面的な付き合いや無関心を風刺しているわけなので、80年代に限らず普遍的なテーマだと思う。80年代にそこまでこだわる必要は無かったのではないか。

 今となっては80年代のロックは大好物だが、原作を読んでいた当時の私は、実際にこの音楽を聴いてみようとは思わなかった。ゼロ年代当時の私は、プログレ四天王*4のデジタルリマスターCDが紙ジャケで発売されるのを楽しみに待っていたり、マリリン・マンソンの大ファンだったりした。80年代の音楽はとにかくダサいとしか思えなかったのだ。

 ゼロ年代のころの私は、80年代のファッションや音楽に対する恥ずかしさを猛烈に感じていた。アルトサックスの音が聞こえてくると、うわダッサ!!とか言っていた。ものすごい嫌悪感だったことを覚えている。

 映画『アメリカン・サイコ』は要所要所に、80年代の明るい音楽が流れている。現在の私は80's vibes!groovie!とかいって喜んでいるが、公開当時に聞いていたらうっわダサ!!などと思ったに違いない。勝手なもんである。

前の時代との付き合い方

 アーノルド・シュワルツェネッガーの『ラスト・アクション・ヒーロー』(1993)は、シュワちゃん本人が自分の過去の出演作品…つまり脳筋アクション映画のセルフパロディをやった映画だ。こんな感じで、ある程度様式が完成されてきたジャンルの、あるあるネタで作られたパロディ作品がある。

 ホラーなら『スクリーム』(1999)とか『キャビン』(2013)みたいなやつのことだ。今の日本のラノベ界隈でいうなら、なろう系異世界転生小説のパロディのような作品だろう。

 こういうパロディには前の時代を総括し、あるある!で笑った後、そこを乗り越えて新しい表現を切り開くんだぜ的なポジティブな意図がありそうなのだが、『アメリカン・サイコ』原作も、時期的には同じ意図がありそうだと思っている。80年代のトレンディな生き方のパロディを作ることで、前の時代の良くないところを笑うことができる。多分そうなんだと思う。

 この時代の感覚が、とても難しいと思った。どういう感覚でこの映画の時代を見るべきなのか?映画が公開されたゼロ年代の感覚で見るべきなのか?原作が書かれた90年代初頭の感覚で見るべきなのか?

 個人的には80年代みが足りなくて残念なんだけど、ここまで書いてみたら、まあ80年代に寄せすぎるのも難しかったんだろうし、その必要も無かったって思うことはできた。なんでも文章にしてみるものである。

さいごに

 私はヴェイパーウェイブから80年代風のカルチャーにはまり、80年代の空気に憧れていた。しかし過去形である。

 去年の12月に急に、気が変わってきた。殺人鬼とプロファイリング、シャカついた音楽、そして変なテキスタイルのファッションが流行っていた90年代の雰囲気に興味が出てきたのだ。20年代になったから、そういう空気に自然に変わったのかもしれない。どんだけ過去に生きてんだよ。
 なのである意味、この別のリバイバルブームにハマりつつある移行期間みたいな時期に、この映画を見れて良かったと思った。あの頃とは違う価値感を感じられるのは、まあ私も30年くらいの期間を、ぼんやり生きてこれたからなんだなぁと思うことにした。

 あと、死亡フラグが回収されなくて辛くなっても、普通の人が見る映画の世界の法則は違うのよ…と思えるようになりたいと思った。

おまけ

 あと、どうでもよい話を。

 パトリックがデリバリーのお姉さんを呼ぶシーンで、もともと下がっていた好感度が爆下がりした、というレビューを読んだ。気持ちは分かる。ここで株価もストップ安って感じだ。原作ではこのあと確か、ブロンドではない女が来てがっかりしたが、オッパイがでかいのを見たらどうでも良くなったという記述があったと思う。どうでもよいが、この記述はとても印象に残ったよね…。

 まあ、こんな話はパブリックの場でするような話ではないし、それを垣間見たらガッカリしてしまうのは仕方ないんじゃよ。しかし、前の職場の先輩(女性)がおっしゃっていたこんな話がある。

 "東京に転勤したZさんがね、こないだ帰って来たとき言ってたんよ。「オレ、その日は暇で、デリヘル呼ぼうと思って電話したんす。かわいい女の子1人お願いします!って元気よく言ったあとで、オレ、デリヘルと間違えて取引先の人に電話かけてたって分かったんすよ!ガハハ!」なんて、頼んでもないのに言ってきたんよ。サイテーよ。"

 Zさんのこの話に比べりゃ全然マシだよ!なんてことを思い出してしまいました。以上です!

*1:『マニアック』は殺人鬼が主役で、90年代のシリアルキラーブームを先取りした作品なんだと思う。リメイクも作られているし、多分そうだと思っている。

 『マニアック』に登場する殺人鬼の動機は、まあ普通に異常である。いやまあ、頭がおかしいという意味である。そんな殺人鬼の異常なモノローグを聞きながら、無辜の女性たちが殺され、頭の皮だけが持ち帰られるところを視聴者は見ていくのだが、殺人鬼は最後に警官に撃たれて死ぬ。自業自得である。なのでそこまで後味は悪くない。

*2:この記事を見ると、コメント欄にそういう書き込みがある。トロンファン達のブログでは、もっと嫌がられている様子が見られる。上の動画のコメント欄にも、そういう嫌われっぷりが垣間見える

www.polygon.com

*3:ヒッチャー』も、後年にリメイクが作られた殺人鬼映画だ。この映画のルトガー・ハウアーはヒッチハイカーを装い、次々と人を殺す。

 殺人鬼は主人公を巻き込んで悪逆非道の限りを尽すのだが、その動機はなんと、死にたいからである。日本でもゼロ年代以降に問題になった、死にたいから殺すヤツだったのだ。最悪だ。でも最後には撃たれて死ぬ。

*4:要するに70年代のロック

岡山市内のTRPGコンベンション立卓状況2020年版

f:id:Coboler:20201222195741j:plain

 岡山市内の主要4サークルの開催状況です。今年最後のコンベンションが終了したので更新を終えました。今年は新型コロナウイルス感染拡大の影響をモロに受けた状態が記録からも分かると思います。

 市内ではマーダーミステリー卓も時々立っています。とりあえず備考のところに記録してみることにしました。グラフはこちら。

サークル名(敬称略) 立卓状況 備考
1月
OGA シノビガミ
シャドウラン 5th Edition
クトゥルフ神話TRPG
ほかにボードゲーム卓、マーダーミステリー卓あり
マギカロギア
ロードス島戦記RPG
 
ろーどないつ ソード・ワールド2.5
ふしぎもののけRPG ゆうやけこやけ
マギカロギア
メタリックガーディアン
 
2月
OGA 赤と黒
クトゥルフ神話TRPG
マージナルヒーローズ
ほかにボードゲーム卓、マーダーミステリー卓あり
インセイン
クトゥルフ神話TRPG
 
ろーどないつ ダブルクロスThe 3rd Edition
パスファインダーRPG
 
Easy GoinG アリアンロッド2E
ソード・ワールド2.5
永い後日談のネクロニカ
 
3月
OGA アリアンロッド2E
インセイン
スクリームハイスクール
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ RPGトイボックス
パスファインダーRPG
ほかにボードゲーム卓あり
4月
OGA ソード・ワールド2.5
永い後日談のネクロニカ
ほかにボードゲーム卓あり
5月
全ての例会が中止
6月
OGA 異界戦記カオスフレア Second Chapter
まじかるランドRPG
ほかにボードゲーム卓あり
7月
OGA ストラトシャウト
まじかるランドRPG
ワールド・オブ・ダークネス メイジ:ジ・アセンション
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ クトゥルフ神話TRPG
パスファインダーRPG
 
8月
OGA ソード・ワールド2.5 ほかにボードゲーム卓、マーダーミステリー卓あり
ろーどないつ パスファインダーRPG
フタリソウサ
ふしぎもののけRPG ゆうやけこやけ
 
9月
OGA ソード・ワールド2.5 ほかにボードゲーム卓、マーダーミステリー卓あり
ろーどないつ アニマアニムス
パスファインダーRPG
 
10月
OGA

インセイン
真・女神転生TRPG 魔都東京200X

トレイル・オブ・クトゥルー

ほかにボードゲーム卓、マーダーミステリー卓あり
ろーどないつ 獸ノ森
パスファインダーRPG
ふしぎもののけRPG ゆうやけこやけ
ほかにボードゲーム卓あり
11月
OGA クトゥルフ神話TRPG
真・女神転生TRPG 魔都東京200X
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ

クトゥルフ神話TRPG

トレイル・オブ・クトゥルー
パスファインダーRPG

 
12月
OGA アニマアニムス
我らの王の身罷りて
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ 異界戦記カオスフレア Second Chapter
パスファインダーRPG
我らの王の身罷りて
ほかにボードゲーム卓あり

『トロン:レガシー』正気ではいられないカルトムービーの話

f:id:Coboler:20201214180130p:plain

つい描いてしまった挿絵

greetings programs!

 お久しぶりです。また語ります。コボラー的な自己紹介は前の記事に書いたので、そっちも読んでおいて下さると、今回の話が分かりやすくなるです。

daitokaiokayama.hatenablog.com

 前回『トロン』(以下、『オリジナル』)について語りまくった時に、意図的に避けた話題があった。それは、私は『トロン:レガシー』(以下、『レガシー』)は映画館で見たという話だ。つまり、10年前に見た。原作より先に。

 そして、生涯ベスト10に選ぶくらいには好きな作品という話だ。これは去年のツイートだが、今でも多分、トップ10には入れざるをえない映画だと思っている。

 しかし、他人にはおすすめしない。

 好きなところはある。とはいえ一人の映画ファンとして、ダメ出しをせざるを得ないところの方が多いので、猛烈大プッシュするわけにはいかない。

 ダメ出しの内容は致命的だ。おすすめするならとりあえず、「この映画は、前半のボルテージの高まりが後半まで持たない。後半は、視聴者ほったらかしで話が進むとしか言えない。中盤にヒロインが出てきた辺りから、テンポが悪くなり始める。ただデザインと音楽が良いから私は好きなんだけど」とか言っておいて、予防線を張るだろう。10年前には「ストーリー以外の全てが素晴らしい」という一言で片付けていた。

 この記事をここまで書いてみて思った。素直に褒められねえのかよ!!

 そうなんだよ!私は好きなんだけどとしか言えないから、褒めにくいんだよ。この映画のダメさを受け入れてしまっているので、けなされても反論する気になれないんだよ!

 「『ランボー怒りの脱出』ってラジー賞5冠らしいよ。ジェームス・キャメロンも巻き添えで受賞してる」と言われれば「なんでよ!どうしてよ!!?ひどい!!」といって悶絶できる。しかし『レガシー』に関して「ダフト・パンクのMV」と言われれば、「うん、そうかもしれん」と言うしかない。めちゃくちゃ悔しいけんだけど、そう言ってしまうと思う。見れば見るほど残念な映画なんだよ!

 ていうか、ランボー2が好きって言った瞬間に馬鹿にしてくるヤツの存在が本当に許せない。あのベトナム兵みたいに矢で爆死してえのか!などと真面目にムカついている。

トロン: レガシー(字幕版)

トロン: レガシー(字幕版)

  • ジョセフ・コジンスキー
  • アクション/アドベンチャー
  • ¥1528

 そんなわけで、今回の記事はこの『レガシー』の沼ポイントや好きなところ、理解できたところについて、思いついた順に書いていく感じでいく。つまりだいたい寝言である。やれやれだぜ。

考えたこと

映える映画だと思う

 では、そんな感じで褒めらたものではない『レガシー』の何が魅力なのか?について一応書いておく。まずはこの動画をどうか見て頂きたい。いや本当にお願いします。


TRON: LEGACY - Daft Punk's "Derezzed"

 これは予告編というよりは、公式が作ったダフト・パンクのサントラの紹介動画だ。予告編よりこっちの方が気分がアガる。これだけ見ても、ハマる人はハマると思う。『レガシー』はそういう映画である。絵的な「映え」がすごいのである。

 そもそもなぜ私は映画館に『レガシー』を見に行ったのかというと、電器屋のチラシでこの映画の宣伝を見たからだった。

 当時は何でもかんでも3Dが流行っていて、電器屋のチラシには3Dテレビがばーんと掲載されていた。そこに、このディズニー初の3D映画として売出し中だった『レガシー』の宣伝も入っていた。

 3Dテレビの画面から飛び出るクオラの写真を見て、当時の私は衝撃を受けた。そして模写してイラストを描いていた。なんていうか、すごいSF映画が出てきたと思った。なんせ衣装が光っている。映(ば)えという言葉は当時まだ無かったと思うが、とにかく見栄えがすごいと思った。『オリジナル』のことは、学生時代に美学美術史の授業で聞いていたので、メディアアートの歴史に残る名作(?)の続編が30年ぶりに作られました!というネームバリューもあったため、その存在を知った日からソワソワし続けた。

 そして、サントラのディスクレビューがロッキンオンに掲載されているのを見つけ、ダフト・パンクが仕事しているならもう見に行くしかねえなと思った。中身の良し悪しはともかく、映画館に駆けつけねばならぬと思った。

 

以下、本編の結末についてのネタバレが若干あります。

 

https://createtheperfectsystem.tumblr.com/post/624554924067422208

 私は映画館に行って見て、「お父さん(フリン)の心情の変化に納得がいかねえ、この人絡みの場面は置いてけぼり感がすごい」「しかし衣装とか音楽とかデザインは良かった」とか言いながらパンフレットとクリアファイルとサントラだけは買った。ダフト・パンクは劇中にも例のヘルメットを被って登場するが、それで違和感がない世界観で良かった。そんな感じのことを考えながら、満足していたのである。この頃は。

 しかしあれから10年後の今年、『オリジナル』を見て共感の嵐になってしまったせいで、私は『レガシー』の残念さに我慢ならなくなってしまったのだ。難儀なものよ。ほんとにな。

レガシーの意味に気がつく

 『オリジナル』を見て元プログラマーとしてわかりみを感じたとき、『レガシー』について気がついたことがある。レガシーという言葉についてである。

 レガシーとは、遺産という意味である。スバル車といえばレガシー…という具合に、良い意味の遺産という意味で使われる場合が多いと思う。

 思えば『オリジナル』は、労働に対する対価の物語だった。私としてはそういう結論になっている。前作で自作ゲームの著作権固執していたフリンは、この続編でやはり自分が作り出したものの対価…というよりは、代償に苦しむことになる。物語の結末を見れば、良い意味の遺産の物語というタイトルは確かに納得がいく。

 しかし一方で、ソフトウェア業界でレガシーという言葉は「生きた化石」みたいな悪い意味で使われている。こんな古いシステムがまだ現役だってよ、困ったねえという嫌な空気感がこのレガシーという言葉には含まれているのだ。私はずばり汎用機というレガシー専門のコボラーだったので、このレガシーという専門用語には並々ならぬ因縁を感じてしまう。

 なので、80年代に父が作り始めたシステムが実はまだ生きており、その頃作ったプログラムが今問題を起こしているというこの作品のあらすじは、いわゆるレガシー案件だと思った。これもまた納得のいくタイトルだ。

 …ということに、今年になってから気が付いた。2010年頃の私は確かに現役のコボラーだったが、ぶっちゃけ仕事が嫌だったんだと思う。なかなか親近感のある話題じゃね?このタイトルおもろいな!とは一切思えなかったあたりに、映画を見ている間くらい仕事のことを忘れたかった必死な気持ちが伝わってくる。まああの頃は汎用機の下僕みたいな生活をしていたからな、仕方ねえな。

沼の存在を知る

 やっと今年『レガシー』のBDを購入し、この映画の何が自分的に魅力だったのか見ながら考えていった。そんなことをしていると、次第に自分でも信じられないくらい深く沼にはまっていった。

 前の記事以降も相変わらず体調が悪いし、仕事もきつい。そんな調子で疲れて帰ってきたのに、私はなぜか『レガシー』のBDを再生してしまい、エンド・オブ・ライン・クラブのシーンでコマ送りとスロー戻しでエキストラ達の衣装を観察してしまうのを止められなくなったのである。

www.archdaily.com

 本当に本当にしんどかった。プレイヤーに『レガシー』のBDが入ったままになっていると、惰性で繰り返し再生してハッと気がついたら1時間くらい経過していることが多かった。そしてスマホのカメラロールには、スクショ代わりに撮った写真がやたらたくさん保存されていた。いやもう本当に、キング・クリムゾンの攻撃を受けているんじゃないかとしか思えなかったが、こんなことが数日間続いたのである。

 私は自分の陥った状況が怖くなったので、プレイヤーに別の円盤を入れるためにわざわざ津山のツタヤに行き、郵便返却でDVDをレンタルした。日記にそう書いてあるからには事実である。

 レンタルしたのは、チャウ・シンチーの『喜劇王』だった。チャウ・シンチー映画のベッタベタなギャグのおかげで、正気に戻れたと言える。これが今年の10月末のことである。

カルトムービーであることを知る

 『オリジナル』から『レガシー』が公開されるまでに、約30年かかった。こうして30年後に作られた続編には、なるほど『オリジナル』に対する信仰的なサムシングが満ちていた。これがカルトムービーに対するリスペクトなのか…と思った。

 この手のクソデカい感情に気がついてしまったとき、製作者の意図に対するわかりみが発生した。「すごいこだわりだな」

 わかりみが発生すると、製作者に親近感を覚えてしまった。「前作が好きな気持ちだけはよく分かった」

 製作者に親近感を覚えてしまうと、あとはお察しである。「悪気があったわけじゃないんだよな…この映画…」

 製作者に親近感を覚えてしまうと、客観的な評価とは別にものすごい執着心を覚えてしまい、面倒なマニアになってしまうのだ。「この映画を批判して良いのは円盤を買った者だけじゃ!!」

 なんて恐ろしいんだ。と、自分の身に起こったことを分析して他人事のように感心した。完璧な作品ではないがゆえに、その欠陥の評価に悩んだ経験がより強力な執着心を生むのである。

 難儀よのぉ。ほんとにな。

この映画の"完璧"とは何か考える

 私は今年の夏から『レガシー』について色々書いていたが、この映画を語ることの難しさに直面した。

 上にも書いた通り、私はこの映画のダメさを受け入れてしまっている。つまり、ダメ出しをすることができる。しかし、映画のダメ出しは難しい。こうしたら良かったのではないか?という可能性は無限に存在しうるので、書いていったらキリがないのである。

 この記事も本当は、ダメ出しという名の愛のムチでビシバシしばいていく内容にしようと思っていたのだが、愛がなさすぎるのでやめた。愛っていうかまあ、どうしようもない内容だったので没にした。

 ソフトウェアの開発には、顧客の要望とか法令といった完璧な目標があり、目標と違っていた箇所はバグだと分かる。しかし、映画などの創作には完璧はあり得ない。この映画の顧客は、あなたではない。ノットフォーユー!!!と言われてしまえば、ダメ出しは全て破綻する。ダメ出しをされて出てくるバグなんか無かったことになる。そりゃそうだ。

フリン「完璧には常に未知の部分が残る 手が届かないようで 実は目の前にある」

 そして、完璧(perfect)はこの映画のキーワードでもある。だから完璧を求めてはいけないんだよ、可能性があることは不完全に見えるものだから…と説得されてくる気がする。うわ〜!そうかも!

 いやいやいや、ねーよ。そういうのはカルト的な信仰が生じさせる幻覚だから、騙されたらだめなやつなんじゃって!!私は一人でノリツッコミをした。

 『レガシー』の諸問題は、ディズニーがメディアミックスを展開しようとして失敗した結果起こっている可能性がある。いや、単純に脚本とか編集が微妙だからだよ!いやいやもしかしたら、劇伴がエモーショナルに鳴りすぎてうるさいからかもしれない。いやいやいや、そんなバカな…。私は逡巡した。

ディズニーのせいにしようとする

 自分の感覚的には、やはり映画本編が微妙であることは事実であり、その辺は擁護しきれなかった。しかし、未完のプロジェクトとストーリーが残っているのは事実である。

 『レガシー』では、リンズラーがどういう経緯で出てきたのか、フリンがクルーとどう戦ったのか、そういうシナリオフックだけ出てきたけど詳しい話はしない。グリッドの開発が始まり、フリンが失踪するまでの間に起こったことをアニメーションのシリーズにする予定が、1期で打ち切りなんだもんな!聞いてて辛いんだよそういうの!

 この映画、トロンの扱いが雑なんだよな…!詳しくは言えないけど色々と詰めが甘いんだよなぁ!!コミックと映画でトロンの髪型が違ったりするの、個人的にはすごく違和感があるんだけどみんなは平気なのか!?あとあのアニメーションの絵柄はなんか微妙で、見る気になれないとか色々…残念なんだよ!!

 そんな無念さが、中盤の回想シーンに凝縮されている気がする。あのトロンが!めっちゃウンザリしてる!って感じで好きなシーンなんだけども…。

フリン「そう急かすなよ、計画は全部ここ(頭)に入ってるから」
クルー「フリン!私はまだ完璧なシステムを作り続けるのか?」
フリン「…イェア!」
クルー「…(無言で部下をけしかける)」

 このシーン、クルーに呼び止められたフリンが一瞬真顔になるところも好きだ。この残念なキャラはちょっと『フィッシャー・キング』みたいだな。

さいごに

クルー「お前は壊れている」

 色々とクダを巻いてきたが、お分り頂けただろうか…。『レガシー』はこういう映画なので、あまり期待して見ないでください。でも、エンド・オブ・ライン・クラブのシーンに出てきたエキストラ達のファッションは好きです。そういうとこだけは見てほしいです。

 という結論を出すのに、半年近くかかってしまった。こんなグダグダな記事だけど、年内にアップできて良かった。きょうてえ*1なあ、カルトムービーはきょうてえなあ…!ほんまにな…。

END OF LINE■

*1:岡山弁で怖いという意味

『トロン』プログラムには心が込もっていると知った話

f:id:Coboler:20201214170830p:plain

デザインの力に圧倒されつつ画力が追い付かない挿絵

greetings programs!

 はじめまして、コボラーです。『トロン』の話をしに来ました。greetings programs!っていうのは、『トロン』世界で使われている「レディース・アンド・ジェントルメン!」みたいな意味の言葉です。

 いやいや、コボラーって一般名詞ですやん!なんでそんな紛らわしい名前を、色んな所で使うハンドルネームにしたん?

 うるせえ!!わしが元々居たコミュニティではコボラーなんて言葉は誰も知らなかったから、何となく名乗っちゃったんだよ!

 というわけで、先に身の上話をさせてほしい。

 はてなのアカウントを作った当時、私は現役コボラーだった。コボラーという言葉について一応説明しておくと、COBOLというプログラミング言語を使うプログラマーのことである。javaとかRubyとか色々なプログラミング言語があるが、使い手のことを指す名詞があるのは、多分COBOLだけだと思う。知らんけど。

 COBOLは世界最古級のプログラミング言語で、事務の仕事用として今でも銀行や役所で使われている。そして古すぎて時代遅れなので、しばしばバカにされる。しかし、しぶとく現代まで生き残るCOBOL製のシステムをメンテナンスするため、定年過ぎて引退したコボラーの代わりに、新卒採用の新人教育で汎用機とCOBOLを仕込む会社は21世紀にも実在した。その現場こそ、私が新卒で入った会社だった。

 現在私は、プログラマーを引退している。引退の理由としては、長期出張中に心身の具合が悪くなったことと、コボラーとして食っていくには長期出張か転勤以外に選択肢が無いと分かったためだ。今は別の業種で働いている。

 だがこんなハンドルネームにしてしまったせいで、私に付与されたコボラー属性はいつまでもついて回った。なので、世間でCOBOLコボラーがバカにされている現場を見る度に、地味に悲しくなることは多かった。引退後もそういう気持ちだけはあった。

 いや名前変えろよとも思ったのだが、面倒なので変えなかったせいでもある。自業自得。でもまあ別にええんよ。汎用機専門でやっていたレガシー知識があるので、TRPGをやる分にもちょっと役には立っているし。昔のトーキョーN◎VAのサンプルシナリオとか…あれもトロンの影響をちょっと受けているし…。

現在

トロン:オリジナル (字幕版)

トロン:オリジナル (字幕版)

 トロンの話を始めよう。

 ある日私は怒りのあまり会社を早退して、その足でツタヤに行った。

 コロナ禍は私のメンタルにも、ハンパないストレスを与えていた。情緒が不安定になり、本来は楽しくてやっている趣味のことでも、少しでもやらされ感を感じるとヤダ!無理!!と言って放り投げた。

 もちろん仕事が捗るはずもなく、この日は梅雨の間の低気圧で受けたダメージが暑さのせいで回復しきらず、マヂ無理限界に近い状態だった。そしてムカついたので、早退した。

 当時具体的に何にムカついたのかは覚えていないが、知らん間にTポイントが800点くらい溜まっていたことに気が付き、その使いみちに悩んだ結果、ワクワクがイライラに変わっていった記憶がある。なので一気に消化してスッキリしたかったとか、そんな理由だったと思う。我ながら、少々のことにイライラしすぎてて怖い。

 新型コロナウイルスの感染防止のため長時間の滞在はご遠慮下さいという店内放送にイライラしつつ、選んだラインアップは『キャリー』(1976)、『ゴジラVSスペースゴジラ』、『トロピック・サンダー / 史上最低の作戦』、そして82年のオリジナル『トロン』だった。理由は特にない。

 部屋に帰ると、ケースに記載されている本編の時間を確認した。長い映画を見ると疲れる。『キャリー』は長かった。3時間もある。傑作なんだろうけど、今は疲れているからダメだ。そんなことを考えながら、唯一本編の時間が2ケタだった『トロン』を選んだんだと思う。ただそれだけの理由だった…のだが…。

 以下、途中までのネタバレがあります。

圧倒的映像

 『トロン』、とりあえずコンピューターの中の世界では、プログラムが人の形をしているという設定だけ分かっておけばいい。トロンは、主人公フリンの元同僚アランが作ったセキュリティ・プログラムの名前である。このトレーラーのサムネイルにいるのはサーク。敵キャラだ。


TRON Original Movie Trailer (Remastered)

 まず映像がすごい。シド・ミードメビウスという巨匠が関わっているだけはあり、とてつもないセンスが映像から惜しげもなく放出される。80年代チックとかそういうレベルを超越したビジュアルは、我々にとってもまだ早すぎる感じがする。

 しかしそれ以上に、設定が分かりすぎた。何かが出てくる度に「あ!それはこういう事ですね!めっちゃ分かる〜!」と分かってしまうのである。しかし、めくるめく映像美に圧倒され、次のシーンが始まると前のシーンで自分が何に感動していたか完全に忘れた。その結果、96分後には自分が何に興奮しているのか全くわからないまま、『トロン』という映画のファンになっていた。

 私の脳は異常に活性化し、脳汁がドバドバ出るのを感じた。しかし、何が私をここまで興奮させるんだ!分からねえ!分からなさすぎる!私はすぐブルーレイを買って、何度も見返した。今回の記事は、当時興奮した設定などの内容が、自分の中でまた分かってきたときの興奮を書き出す試みである。興奮しすぎると文章を書きたくなるので、仕方がない。

具体的にグッと来たとこ

頼りないプログラム

 エンコム社のメインフレームは、MCPという悪いシステムが支配している。MCP国防総省ソ連のコンピュータを侵略しようとして、まずは近所のシステムへのハッキングを繰り返している。こうして外から連れてこられたプログラムの台詞を聞いて、私は分かってしまった。

クロム「何かの間違いだ 私は貯蓄貸付組合で働いているんだ ビデオゲームなんかできない」
衛兵「スポーツマンに見える 大丈夫だ」
クロム「冗談だろう ちょっと走ったらすぐに息切れだ それにこんなことをしたら、私のユーザーが怒るぞ」

 分かる。こいつはCOBOLで書かれた事務プログラムに違いねえ。このぽっちゃりした頼りない感じ、いかにもCOBOLのダメプログラムっぽさを感じる。中身はGO TOの使いすぎで、スパゲッティなのではないか。否応なく妄想がはかどる。この記事は終始こんな感じの妄想なので、今の時点で筆者が哀れに思えたら、これ以降の文章は無視して忘れてほしい。いや本当に!

ユーザー信仰

 プログラム達がユーザーについての考えを主張しているのを見て、また分かってしまった。

ラム「ユーザーを信じているか?」
クロム「当然だ 我々を書き込んでくれた」
ラム「だからここへ来た」

 さっきダメプログラムと断定したが、その考えは1分後くらいに変わった。こいつ、ダメなりに作者のことは信用している。なんか嬉しいじゃねえか。しかし、隣の部屋のシュッとしたプログラムは、ユーザーを信用できなくなっているらしい。

 思えば私も、結局一人前とは言えないダメプログラマーだった。プログラムに人格があるなら、恨まれていることも絶対あるだろうと思った。改修に関わったシステムで本番バグを出して、レビュアーと一緒にやんわり説教されたこともあるしな。ユーザーは信用ならない、とか思われていても仕方ない気がする。

 何はともあれ、プログラム達がユーザーの話をする場面は、私のメンタルに揺さぶりをかけてきた。

 MCP「実世界から私を脅迫した だからお返しに引きずり込んだのだ」
サーク「しかし、我々を創り出したのはユーザーだ あなたもそうだ」

  ユーザーは我々を創り出しました、と字幕には書いてあるが、wrote usと言っている。プログラムはユーザーがWRITEしたものだと、念を押している。ここに製作者達のこだわりを感じる。

 そして、この映画ではプログラム達は、自分達がユーザーによって書き込まれたことに、少しは義理を感じてくれているという設定のようだ。

サーク「ゲームでシステムに尽くせ ユーザー信仰を公言する者は、訓練を受けても結局は消去される しかしそのバカげた妄想を捨てる者は、MCPのエリート戦士に任命される」

 しかしMCPは、そんなプログラム達の「ユーザー信仰」を捨てるように迫る。そしてMCPの側に付かない者は、自社製のゲームでデスマッチをやらせると。キリシタン弾圧みたいな話になってきたぞ!

 MCPこの…ド外道め!!許せねえ!!!と勝手に熱くなってしまう。自分がこの映画を見てここまでエキサイトできる人間だったなんて、知らなかった。びっくりだ。

 なんかそんな感じでこの映画、設定のツッコミどころは山ほどある。しかしそれが気にならないくらい、矛盾の先にある世界で起こっている事件が一大事なんだと感じられる。名作あるあるだ。

ラム

 隣の部屋のシュッとしたプログラムこと、ラムの台詞を聞いて、またまた分かってしまった。

フリン「ラム、前は何をやっていたんだ?」
ラム「経理プログラムだ 大きな保険会社にいた 人の将来に役立っていた 保険には入った方が良いぞ」

 お…お前!お前もCOBOLだったのか!!この年代で経理なら間違いなくCOBOLじゃろ!!私はまた、妄想的な直感で分かってしまった。

 しかもデスマッチをやらされながら生き残って「強くなければ生き残れない」とか言ってる!お前はッ…!なんて…ポテンシャルが高いんだッッ!!!きっとインデントもきれいに揃っていて、メンテナンスもしやすいんだろうな。素晴らしい!!!

 そして、人の役に立っているという話をしているところに好感度が高まる。そうか…君は仕事にやりがいを感じていたのか…!えらいぞ。えらい…。いかん、書きながらウルッとしてしまった。

 ラムの設定はどうにでもできたはずなのに、戦略空軍じゃなくて、あえて経理プログラムになっている理由が分かった気がした。いや、知らんけど!知らんけど私はなぜか嬉しいんじゃ!!

 このように私の妄想は冴え渡り、エキサイトする一方だった。そしてラムを推していこうと思った。がんばえ〜〜〜〜〜〜!!!

プログラムには心が込もっている

 ディリンジャーとギブス博士の会話を見ていて、分かってしまった。いや、知ってしまった。

ギブス博士「社のシステムは私やアランが作り上げた 全プログラムには我々の心が込もっている」
ディリンジャー「ウォルター、もう遅い 精神論はまたの機会に」

 そんな!心が込もっているだなんて知らんかった!私は自分の仕事のことのように感じて、やたら喜んだ。

 確かに、仕事中わけもなく涙が止まらなくなったり、何もしてないのに鼻血が出たりするようなデスマーチも経験した。毎晩夜中の3時まで残業してたら、そういう状態にもなるわな!だから血も涙もあるプログラムが…書けるのかもしれない。いや、そういう意味じゃねーよ。知らんけど。

 知らんけど、めっちゃ分かってしまった。良いこと言うなぁこの映画。あの超しんどかった仕事をねぎらってもらえたみたいで、グッと来るわ…。

 この台詞は、トロン世界の重要な設定である。プログラムが持つ意志は、作者の意志でもある…ということだ。そういうことか。なるほど!

 ただ不正アクセスがあったので全アクセスを停止するというのは、正しい判断だと思える。苦情が来ても、突っ返すしかないんだよな。

トロン

 そしてトロンである。めっちゃ強いのに、飾らない素朴なキャラである。そんなトロンが「ユーザーのために戦うぞ!」と言っている気がしたが、普通に気のせいだった。モブの台詞だった。

フリン「あれは?」
モブ「トロンだ 彼はユーザーのために戦っている」

 トロンがあまりにも健気なので、都合の良い記憶が生成されていた。何回か見直したけど言ってなかった気がする。いや、ユーザーのために戦っているのは事実なんだけど。

 入出力タワーでアランと交信するシーンは、なぜか感動した。トロンはユーザーを信頼している、それが分かってなぜかめっちゃ嬉しかった。

 多分ね、ユーザーが入力したコマンドは、プログラム達に分かりやすい言葉に翻訳されるわけよ。それ自体は普通のことじゃろ。でもな、この映画ではそれが視聴者にも分かりやすく、まるでユーザーが神様みたいに見えるように演出されているんだと思うんよ。そ、そんな大げさな!照れるじゃねえか!…私は更に妄想ぢからをたくましくした。

 私は新人研修中に帳票プログラムを作って、例によって無限ループさせちゃったことがあるんだけど、あの時のプログラム君はどんな気持ちで停止コマンドを待ってたんだろうなー…とか思った。あの汎用機、停止コマンドはセンターコンソールでしか受け付けていかなかったから、全力ダッシュで入力しに行ってたんだわ。懐かしい。そんなことを思い出した。

おわりに

ラム「私のユーザー ユーザーユーザーユーザー…」

 結末まで語るのはやめておく。本編を見てください。

 しかし本当に、個人的にめちゃくちゃ刺さる映画だった。元コボラーとして、というか元プログラマーとして報われた気持ちになれた。妄想だけど…。

 あと、いい意味でエキサイトしたおかげでイライラは吹っ飛んだが、考察と言う名の妄想がはかどり過ぎて、通勤中に交通事故を起こしそうだった。さすが30年後に続編が作られる映画。いかにも少数精鋭のオタク達が、細く長く推したくなるような作品だった。10年ぶり3作目の映画も決まったらしいし!

www.forbes.com

 こんな記事なら見つけたくなかったけどな!!!も…もうなんか、タイトルの時点で怖すぎて読めない!記事のURLまで大概ひでえ内容だ!!やめろ!やめてくれ…(いろんな意味で)

 そんなわけで、まだデカすぎる感情がおさまる気配がないので、次の記事を書くと思う。書くしかねえ…!

END OF LINE■

『ATARI GAME OVER』覚え書き

f:id:Coboler:20201031150524p:plain

何か挿絵を描かなきゃと思って描いた絵。デロリアンはトレス

 『トロン』(1982)を見て感銘を受けた私は、当時の世相を知るために勉強を始めた。何を言っているか分からないと思うが、私はド文系出身なので、とりあえず作品を深く理解するために関連作品を調べたくなってしまうためだ。ということで、このドキュメンタリー映画ATARI GAME OVER』(2014)を見た。

 トロンに対するクソデカい感情はそのうち記事になるはずなので、今回はこのドキュメンタリーの話をする。いや、このドキュメンタリーも、けっこうしみじみする内容だったんよ。なんかこんな長文を書いてしまうくらいには。

ATARI GAME OVER(字幕版)

ATARI GAME OVER(字幕版)

ブレードランナーの呪い

 ATARIという会社のことは前から気になっていた。『ブレードランナー2049』(2017)の2049年のロサンゼルスには、ATARIの巨大な広告が登場する。この広告がものすごく「映える」ためか、同作のサウンドトラックのアルバムアートにも描かれている。

 しかし、ATARIがなんの会社なのか、私はよく知らなかった。

 どうやら、ATARI1984年に倒産しているらしい。つまり、『ブレードランナー』(1982)で描かれた2019年のロサンゼルスにATARIの広告が出てくるシーンは、あり得たかもしれないもう一つの未来を、これでもかというくらい象徴しているようなのである。すげえ。これがSFだぞ!という魅力しかない話だ。この映画に広告が出てきたPAN AMも倒産したせいで、ブレードランナーには呪いのパワーがあるとか言われている*1が、一番視聴者の印象に残っているはずの「強力わかもと*2が生き残っているんだからただの偶然だと思う。

 ここから先はネタバレになります。

過去とどう向き合うか

 で、このドキュメンタリー。1982年に発売された伝説のクソゲーE.T.は、大量の在庫品がニューメキシコ州アラモゴードの埋立地に捨てられたという都市伝説になっている。その真相を確かめるべく、現地に行って掘り起こすことで、ATARIとは何だったのか、ATARI崩壊の原因は何だったのかを探る…というストーリーである。

 砂漠のゴミ捨て場を重機で掘り返している風景に、「夏草や兵どもが夢の跡」みたいな虚無を感じる。淡々としたナレーションが、そんな空気をかもし出す。

 サムネイル画像を見ても分かるが、実際にこのゲームは掘り出されており、当時はニュースにもなった。私もこのニュースを、何かのサイトで見た記憶がある。

 ATARIファンの老若男女が発掘現場に集まり、地元テレビの取材も来ている。クソゲー(terrible games)好きと公言するマセガキもいる。そしてなんと、『レディ・プレイヤー1』(2018)の原作者アーネスト・クラインデロリアンに乗って現地に駆けつける。そういうレベルの大事件である。

 このようにファン達は喜んでいるが、演出は感動を煽るわけでもなく、淡々とした空虚さが漂う。倒産した会社が地下に埋めた在庫を掘り返しているわけなので、そんなに嬉しいことじゃない。過去とどう向き合うか、そういう話である。

 発掘の手法がなんというか、伝説的である。ATARIがゲームソフトを埋めた当時の新聞の写真を検証し、写っている建物の形から撮影地点を割り出し、穴があった辺りを掘る。その手法は、まるでインディ・ジョーンズが、ラーの杖飾りを使って聖櫃のありかを探り出した時のようだと紹介される。

 ATARI 2600用のゲームソフトE.T.は、『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』(1981)のゲーム版がヒットしたことをきっかけに、同じ作者のハワード・ウォーショウによって作られた。ATARIの最高傑作と呼ばれるヤーズ・リベンジをはじめヒット作を色々作っていたので、そこにこの話が来たという感じだそうである。

 ラーの杖飾りは関係ないっちゃ関係ないけど、ものすごく運命的な一致に感じてしまう。演出の妙だな。

史上最悪のクソゲー

 E.T.はなぜ、史上最悪のクソゲーと呼ばれているのか。

 まずは、このゲームの制作日数がめちゃくちゃ短かった、という事情が説明される。82年のクリスマス商戦に間に合わせるため、5週間でゲームを完成させる必要があった。通常なら、1本につき5〜6ヶ月かけて開発されるのが常なのに、である。

 しかし作者ハワードはこの無茶な話を聞いて、やってやろうじゃん!と思って逆にやる気を出してしまった。当時の自分は「傲慢だったと言える」と、インタビューで語っていた。まあ、気持ちはわからんでもない。

 そして、完成した作品自体の難易度が高かったとのこと。実際に『E.T.』(1982)劇中で遊ばれていたゲームはD&D風のTRPGだった*3んだから、そっち方向から何かアプローチできんかったんかねぇ。知らんけど。などと、外野としては考えてしまう。どっちにしろ締め切りが早すぎるので、別のクソゲーが生まれてしまう気もするが。

 ソフトは爆売れどころか、返品が相次いだ。発売後に出社したある朝、ハワードは他の社員から口々に「私はあなたの味方だから…」的なことを言われ、励まされた。最初は何のことだか分からなかったが、あのゲームの評判が酷いことを知り、彼は自分の子供が虐待されているのを見たかのように、ショックを受けたという。わかる。

 この翌年から業績が目に見えて落ちはじめ、ATARIは倒産した。

 こうして、E.T.はただクソゲー認定されるだけでなく、ATARIの業績不振の、いや業界全体の衰退の責任まで負わされることになった。ただのクソゲーというより、疫病神でもあるから史上最悪という感じである。

 この映画の結論から言うと、E.T.ATARI衰退の原因ではない。発掘の結果、E.T.の他にも、過去のヒット作も色々と埋まっていたことが分かった。E.T.は、埋められていたソフト全体のうち1割程度だったという。ATARIはとりあえず在庫品を処分する必要があって、埋めたという感じらしい。

 飽和状態にあった市場に、さらにATARI 2600を売り込もうとして失敗したという話もあった。その辺の身の振り方を間違えた結果、立ち直れなくなった末の倒産なんだろう。

語られなかったこと

 ていうか、業界の衰退って何だよ?と思ったのだが、要するに米国国内のゲーム産業が衰退して、海外の企業にシェアを奪われてしまった的な話…だと思う。いや、知らん。知らんけど、何となくそうじゃないかと思った。業界の衰退という言葉は何度か出てくるが、その内容については語られない。

 このドキュメンタリーでは、NES(北米版ファミコン)の発売のことには触れていない。日本でファミコンが発売されたのは83年だが、北米では85年のことだ。

 ATARIの倒産は他殺ではなく自殺だと説明される。NESの発売は、倒産には直接関係ないためかもしれない。ただこのドキュメンタリーのスタッフロールの最後に、XBOXなんちゃらというロゴが出てくることとは、関係があるかもしれない。競合他社が作っている番組だから、NESの話はしない的な。

 業界が衰退したことについては皆もよく知っていると思うから、察してよと言いたかったのかもしれない。

愛とリスペクト

 この作品は終始淡々としたトーンで進むが、確かなATARI愛に溢れていた。

 あの頃、これよりもっと酷いクソゲーあったよね!?具体的にはアレとか!

 E.T.のあの悪評のせいで、作者の功績が正当に評価されていない!酷くない?

 むしろ、5週間であれだけ作れること自体はすごくない!?

 最初に海に飛び込むペンギンはアザラシに食われやすいけど、その一匹のおかげで後続が飛び込める。挑戦する人はリスペクトされるべきなんだよ!

 そんな感じで、みんなでE.T.を擁護する。3年かけて計画を立て、埋立地を掘り返した人たちだ。俺が信じるナンバーワンクソゲーは、E.T.じゃなくてアレだ!という話もするが、本来の目的はE.T.とハワードの名誉を回復することなのだ。愛がなければ、こんなことはできない。

 私も飲み会で雑にエメゴジ*4が叩かれていた時、その場の空気を無視して「なんでそんな酷いことを言うんですか!?」とか言ってしまったことがあるので、気持ちは分かる。ちなみにその時は先輩が助け舟を出してくれて、「そう。エメゴジよりひどいゴジラ作品はある。『ゴジラの息子』というひどいのがな」という話に落ち着いた。異論は出なかった。(ミニラファンの皆様、ごめんなさい)

 この界隈では作品に難癖をつけるのが流行になっている…とも言っていたが、ゲーム界に限らないと思う。

 何かを叩いて笑いものにしたところで、その発言が発言者の価値を高めることはないし、むしろ要らん争いの種になる可能性があるのでやめたほうが良いと思う。

 なんというか、スナック感覚で何かを叩くのは良くないという、当たり前のことを学んだ気がする。いやエメゴジが酷いことは認めるけど、エメゴジファンとしては軽い気持ちで叩いてほしくないの!…みたいな。 

*1:「ブレードランナー」の呪い? 続編の企業の運命は - WSJ

 有料記事なので読めていないが、何となくソニーの業績の話になっているんじゃないかと思う。

*2:

pin.it

Pinterestで見つけたGIFアニメ。あの芸者風の女は強力わかもとの広告だったのだ!分かりやすい!

*3:エリオット少年のTRPG – 新・批評家育成サイト

 『E.T.』とTRPGの話。エリオット少年の意趣返しについて考察している。

*4:ローランド・エメリッヒの『GODZILLA』(1998)

BLセッションをするときは、必ずプレイヤーの地雷についてリサーチするんやで。せんかったら死ぬで。(ブログ主からのメッセージ)