Cobolerの実験場

書きたくなった文章を置きに来る場所

イラレで絵を描いたら捗ったのでその時の話とか

枠線からはみ出しまくって大丈夫なのもイラレの強み

動機

 暦の上ではもう夏であることを、NHK俳句を見ていて知った今日このごろ。この文章を読んでいる皆様はいかがお過ごしだろうか。私はジョン・ロビンソンのベスト盤とか聞きながら、相変わらず90年代ブームに沸き立っている。

 今回は最近異常に絵を描きまくったので、その話をする。まず動機から話をはじめたいと思う。

 去年の大型連休は卓しながら映画見てダラダラ過ごしていたが、今年は規則正しく生活し手首をいたわりながら毎日絵を描いてた。湾岸ミッドナイトの。

 なぜ湾岸ミッドナイトなのか…?そういう話は今回はしない。まだ全部読み終えていないからだ。いや、あえて全部見ることをしていないともいえる。

 悪魔のZのせいで、7年ぶりに電書サイトに課金した。悪魔のZのせいでn年ぶりに〇〇したって話は、湾岸ミッドナイト作中の社会人たちによく起こることだが、似たような現象が自分にも起こっていてびっくりポンなんだよナ!!!

 面倒くさい話は省略するとして、自分がやらねば誰が描く!?と思ってファンアートを描き始めた3月のころ、気がついたことがあった。自分の線画がものすごく汚いことだ。

なぜイラレなのか

 前から思っていたが、ちゃんとした線画を描くためにはかなりの回数消して書き直す必要がある。

1997年1月5日とかいうタイムスタンプがついたビットマップ画像をGIFにしたもの

 これは私が97年にペイントで描いたポケモンの絵だが、線画が汚いっていうのはこういうことだ。発掘された他の絵と比べて明らかに線画が汚いので、時間切れで途中やめになっているのかもしれない。

 3月頃に描いた絵はこんな感じで、清書するのも気が引けるほど本当に汚かった。最初はどんな絵でも汚いもんだ。それは分かる。しかし、1枚の絵にたくさん人物を描かなければならないマンガの形式となると、線画をきれいにするためにはホンマに手首に負担がかかることが分かってきた。

 手首は大切だ。仕事にも差し障るかもしれない。中学生の頃にタイピング練習で初めて腱鞘炎になって以来、人生の節目節目でこの手首の痛みというやつに悩まされてきた。しかし、休んでいるわけにはいかない。それっくらいのパッションがみなぎっていたので、もうこのビッグウェーブに乗ってアイデアを全部絵にするしかない!そのためには、効率よく省エネルギーな作業をする必要に迫られたわけだ。

 手首サポーターを装着し、定期的にストレッチしてアイシングする等、大型連休中には毎日絵を描くためにできる限りのことをした。そして、連休に入る前に気がついた。ペンタブでイラレで描くことが、私にとって一番効率が良いのではないかと。

イラレのここがいい!

 イラレで絵を描いてみて、感動したポイントを思いついた順に書いていこうと思う。

バンドTとかを勝手に描きこむのがでーれー楽しい

消しゴムをかける必要がない

 まずはこれ。フォトショなら選択範囲を作って消去なり消しゴムツールを使うなり何なりするが、イラレなら書き直しは鉛筆ツールだけでできる。これが衝撃だった。

 なんせ、アクティブにした線の上から鉛筆ツールでなぞるだけで、パスの形が変わるのである。オープンパスだけではなく、クローズドパスもいける。何でも鉛筆ツールで書き直しができる。Deleteキーを押す手間すらかからずに、新しい線が生成されるともいえる。

 ありえねえ。こんな便利機能がついていたのに、今まで気がついていなかったのか…!?と感銘を受けるレベルだった。これは絵を描く行為において、ズルしてることになるのではないか。いや、天下のイラレ様の機能なので、きっとズルではない…。そういうことも考えるレベルだった。

 そもそもベクトル画像は、マウスだけでもポチポチしていけば描けてしまう。ポチポチしていけば描けるのは、省エネである。なんせ自分で手を動かして線を引かなくても良いのだから、緊張感が低い状態で絵を描ける。しかも消すときはDeleteキーを押すだけで良い。

 マウスを持つ時地味に手首に負担がかかるので、これをペンタブで作業してみたら、いい具合なことは数年前から知っていた。ペンタブのファンクションキーと合わせたらもう、イラレ以外あり得ねえな…?と思えるくらいにエネルギー効率が上がったのだ。これは感動した。描き直しをする度に発生する線画の消し忘れのゴミがほぼ無くなったのは、本当に画期的だ。筆圧とかどうでもええねん!と思っていた私にとっては、画期的な発見だった。

塗りブラシツールとかいう強キャラ

 塗りブラシツール。これはブラシツールで線画を描いたあとにパスのアウトライン化をする作業を省いてくれるだけじゃなくて、なんかパスの合体とかも勝手にやるやべーやつであった。

 イラレで絵を描く際に問題にだと思っていたのが、感覚的にざっくり塗れないことだった。影をつける作業なんかが、特に面倒だ。シャシャシャ〜って塗ってあとからちょっとずつ直す!ってことをしたいわけだが、ポチポチするしかないと思っていた頃の私に一番教えたい機能である。

 とにかく、フォトショのブラシみたいに塗って、クローズドパスが作れるっていうのが強い。テキトーに塗ったら、その後は鉛筆ツールで境界線をなぞって適当に形を整え、あとは選択ツールでポチポチする。こうすることで、すごい速さで色を塗れるわけだ。しかも感覚的に!

遠近グリッドでつよつよパースが描ける

 無用の長物として、消し方をググったことしか無かった遠近グリッド。しかし、使ってみたらまあハマった。遠近グリッド表示中は長方形ツールとかで描画すると、自動的に形が歪んでいくのである。こんなん楽しくないはずが無かった。ペンタブのファンクションキーに遠近グリッドのオンオフができるボタンを作ったら、もう本当に捗った。

最初に形になったWMのファンアートが、RGOのヤマ

 このように、遠近グリッドが楽しくて倉庫の絵を描いてしまうレベルだった。

 最近はもう下絵から全部イラレで作業しているが、人物しか描かないつもりでも、アイレベルを意識するためにとりあえず遠近グリッドの設定から始めるようになった。これは、メッチャええわ…。

ファイルサイズがあまりにも小さい

 そして、おまけ的なこの現象である。 

 イラレの勉強を初めて最初に面食らったのが、1つのレイヤーの中に大量のパスが生み出されることだった。レイヤーを展開したら、線の断片がたくさん表示されて、スクロールするのが大変だったりする。それはある。しかし、レイヤーの中のパスの洪水とは裏腹に、ベクトルだけのファイルサイズはあまりにも小さい。これもまた省エネポイントである。

 フォトショ形式の画像のファイルサイズは、でかい。数10MBとかになる。たくさん絵を描くと、ハードディスクの中でかさばる。そういうことはいつも考えていた。そうしたらこの、イラレ形式のファイルのサイズの小ささ…!下絵をフォトショで描いてイラレで清書していた時の絵で比べたら、下絵が4メガバイトで完成した絵が400キロバイトとか書かれているではないか。単位が違う…だと…?

最近イラレで描いた絵は全部1MB以下のサイズだった

 これには目を疑った。400KBなら、フロッピーディスクにも余裕で収まるではないか。イラレデータ的には、カンバスサイズはA3とかなのにだ。フォトショでA3に印刷できるサイズの絵を描いたら何MBになるのか、考えて気が遠くなった。ちなみにあのペイントで描いたビットマップ画像は、平均2MBくらいのサイズだった。

 ファイルサイズが小さければ、メモリにも負担がかかるおそれが少ない。知らんけど。そして、クラウド上に保存する際にもかさばらない。それは確実だ。

 画像を配置したりするとまあそれなりにファイルサイズは大きくなるが、ベクトルだけで話が済むのなら、落書きもイラレでやったほうが良いのではないか…。そうは思った。

後から手を入れるときに強い

 ベクトルは拡大縮小に強い。それはつまり、完成した後からでも修正しやすいってことである。顔面の中で目が占める割合とかを、後からでも修正しやすいのだ。頭と肩幅のサイズの調整なんかも、当然しやすい。

 湾岸ミッドナイト原作って肩幅にかなり無頓着な絵柄ですよねって話はある。しかしまあ、例えばセガールは一般人と比較して素で肩幅がクソデカいし、90年代前半に流行したスーツは肩幅やたら広く見えるし、そういうのを描きたい時とかは、役立ちますけえの!!!!と力強く思った。

 そして前にも書いたことだが、色の変更にも強い。ボタン1発で色をまとめて変更できるのが強い。今回は、スニーカーの色のパターンを色々試したい時なんかに役に立った。フォトショで描く時はこうはいかない。色を変えたら良くなった〜とか思っていても、選択範囲のキワがガサガサになっているのを見ると凹む。そういうことはイラレでは起こらない。

 後から変更しようと思えばいつでもできる!という、一種の心理的安全性が背中を押してくれる感じがする。セグメントをポチポチしてたら、そのうち思った通りのいい形になるよ!と応援してくれているような気になってしまう。昔のイラレの起動画面にいたボッティチェッリのビーナスの幻覚が、そう囁いている…?いや、昔のAcrobatの起動画面にいた、軽やかに跳躍するビジネスパーソンかもしれない。それくらい仕事が捗る!っていう実感がすごかった。

archive.org

 とはいえ、手短に描ける絵柄なのでそのうち飽きるんだろうという気はしている。絵柄このままでええの〜?ホンマに〜?と思っている。アニメ塗り以外やる気がしないのでこのままでええの!と念じているが、イラレで描ける絵にも限界があるからなー。

 ところであの小学生の頃にペイントで描いた絵を見つけたときの話だが、己の最近のイラストとテイストが変わっていないことに気が付いて、まあまあショックを受けた。これとか特にそう思える。

ビットマップ画像を発見した当時描いていた絵、「アフリカン・カンフー・ナチス」のファンアート

 そういうこともあって、あんな絵はもうやめだ!と思ってイラレで描き始めた。しかし、これはこれで悪くないんだよな。間の抜けた感じがして、嫌いじゃない。

近況報告

 そんなわけで、大型連休中はちょっとハッスルしすぎて頭がおかしくなった自覚はあるので、今後は地に足をつけるイメトレをしながらほどほどに作業したいと思った。イラレより付き合いが長いはずのフォトショ様を貶すような記事になってしまって、すみません。映画の記事も書いてるので、近日中に公開したいと思っています。

 で、肝心なファンアートのちゃんとした画像は、微調整という名のアレコレが済んだらまとめてpixivに投稿するので、気長に待ってやってください…。

岡山市内のTRPGコンベンション立卓状況2021年版

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ファイナルガールを遊んでいる写真

 岡山市内の主要4サークルの開催状況です。今年も最初から最後まで新型コロナウイルス感染拡大の影響をモロに受けた状態で始まっており、来年どうなるかの見通しもなかなか立たない状態になっております。

サークル名(敬称略) 立卓状況 備考
1月
OGA エネカデット
ソード・ワールド2.5
青灰のスカウト~シャレ・シェレギの物語~
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ アドバンスト・ファイティング・ファンタジー第2版
パスファインダーRPG
 
2月
OGA シノビガミ
クトゥルフ神話TRPG
ソード・ワールド2.5
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ この素晴らしい世界に祝福を!TRPG
サタスペ
ソード・ワールド2.5
 
3月
OGA ソード・ワールド2.5
鵺鑑
フタリソウサ
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ ダブルクロス The 3rd Edition
パスファインダーRPG
 ほかにボードゲーム卓あり
4月
OGA スクリームハイスクール
プロズ&コンズ
メタリックガーディアンRPG
ほかにボードゲーム卓あり
ろーどないつ シュラファンタジーTRPG
クトゥルフ神話TRPG
 
5月
全ての例会が中止
6月
全ての例会が中止
7月
OGA Cyberpunk Red ほかにボードゲーム卓あり
8月
OGA ザ・ループTRPG
ソード・ワールド2.5
ほかにボードゲーム卓あり
9月
全ての例会が中止
10月
OGA ソード・ワールド2.5 ほかにボードゲーム卓あり
11月
OGA マージナルヒーローズRPG
我らが王の身罷りて
ほかにボードゲーム卓あり
12月
OGA ソード・ワールド2.5
ファイナルガール
ほかにボードゲーム卓あり

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』推しが空中殺法をキメた日

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つい描いてしまったファンアート

 今回の記事は一応ネタバレに配慮していて、ほとんどの内容はふわっとした感想と個人の体験談だ。後半にある警告文以下からは原作上巻と映画のネタバレが多少あるが、原作の中~下巻の内容には触れていない。

はじめに

 閃ハサが好きすぎて、正直言って狂っていた。

 閃ハサがきっかけでガンオタになってから早20年。推しが映画で初主演して世間が妙に盛り上がった記念に、ファンとして何かブログに記事を上げておきたい。そうは思った。しかし、好きすぎるゆえの問題にぶち当たった。

 私はここ数年の間で映画鑑賞にハマり、まあまあハイペースで映画を見続ける生活を続けていた。その中で作品に対するクソデカ感情をブログに書き出し、自分で読み返した時に面白がれる程度の文章にする力はついてきたと思っていた。しかし閃ハサ映画については、興奮しすぎて文章を書ける精神状態ではなくなっており、色々無理だった。

 この感動をなんとか文字にしなければならない。推しに狂ってのたうち回った記録を今残しておかなければ、後で読み返すこともできずに苦しみ損ではないか。書き出したらこの熱狂の正体が理解できるかもしれないのに、語彙力が…表現力が死んでいる!いや違ぇんだ!今は文字書いてる場合じゃねえ!!とか思いながらひたすら混乱していた。

 そんな調子で6月頃は本当に何も言葉にならず、SNS上で見かけたこの映画の感想に自分の気持ちを説明してもらった気持ちになるだけの日が続いた。しかしあるシーンがきっかけで、やっと自分の言葉で感想を言えるようになった。

推しが空中殺法をキメた日

 で、何がきっかけで言葉を取り戻したのか。そのシーンは冒頭15分以内にあるので、この公式動画の12:45くらいから見れる。

 まあ見ていってくださいよ冒頭から!お願いします!


www.youtube.com

 おわかり頂けただろうか…!?

  いや私も、最初に見たときは気が付かなかった。えっ、何かすごいことしてない?とは思ったが、次々と見せ場がある映画なので忘れてしまったからだ。後日見つけた海外のガンオタのツイートで、私はこのシーンを思い出してびっくりした。ハサウェイがすごいプロレス技キメてたじゃねーか!!!…と。

 海外のガンオタ、いやむしろプロレスオタクいわく、これは腕固めリバースDDT(デスティーノ)という技だと。新日時代の中邑真輔かよ!と興奮気味に紹介してくださっていた。イヤァオ!!

 いやー、すごいわ。こんなのメジャー団体の上手いレスラーでもなきゃ、とっさにできない技じゃないですか?しかも路上で!銃を持った相手に!技をかけた方もダメージを受けてるはずだし、後先考えてねぇ感がすごいじゃない。
 原作にこんなシーンあった!?それが、水平方向に回転するタイプのプロレス技になるとはね!!!?新規作画でアムロの巴投げが鮮やかに蘇ったと思ったら、それとは回転軸が違うワザをキメるとは!!!いや〜映画化ってすごいなぁ!想像を絶する解釈やわ!

 私はさらに混乱した。あまりにも丁寧に作られたこの映画について、この時まではエモいとかバエるとかサントラが良いとか、そんな当たり前の感想を一言くらいしか言えずにいたからだ。

 しかし、しかしである。このプロレス技について、公式との解釈違いをちょっとだけ感じた結果、堰を切ったように言葉が溢れてくることにびっくりした。私が食いつくのは、結局こういう部分なんじゃねーか!と。そう思って、笑ってしまった。そして、無性にプロレスを見たくなった。

 推しが腕固めリバースDDTをキメたから、今日は空中殺法記念日。今回はそういうノリで、この作品の何がそんなに魅力的なのか、自分で理解するために書いた記事である。なお記事タイトルは「推しが空中殺法をキメた日」としたが、コーナーやロープの上から跳んではいないので厳密には空中殺法じゃなくね?とは思ったんだけど、まあ空中戦してるし良いか…と思ってそのままにした。

第一印象

 まずは映画の第一印象の話から始めよう。開始10秒以内に松竹のロゴが出てくるが、この時の音だけで普通じゃない映画の始まりを予感し、多分これは私の好きなヤツだ!と確信した。そして本編は想像の10倍くらい良くて、憂き世の全てを忘れた。

 「半端な映画化を見せられたら憤死するかもしれん、でもGジェネペーネロペーとハサウェイとあとレーンにも世話になった義理があるからと思って、決死の覚悟で見に行ったってのに…!」とか当時ツイートしているが、閃ハサの映画化が発表された2018年当時から公開までの間は、この映画化の話は忘れよう!と思うことで精神を安定させていたくらい怖かった。

 予告も冒頭15分動画も全く見ていなかった状態からあのクオリティの映像を見せられたら、まともな感想が書けなくなるくらい感動してしまうのは納得だ。そしてその感動を自分の言葉にできなかったと。

 ストーリー以外の良かったと思えた演出をふわっと書き出すと、こんな感じになる。とはいえこんな話はみんな言ってることなので、この箇条書きのセクションは読み飛ばしてもらっても全然大丈夫だ。

  • 海外旅行に行ってきたような気持ちになった。
    とりあえずこの飛行機、空港、ホテル、植物園、土産物屋という流れから旅行に行ってきたような気持になれた。『太陽がいっぱい』を見て、イタリア旅行に行ってきたような錯覚を覚えたあの気持ち。これはまさしく、滅多にない良い観光ムービー!飛行機はハイジャックされるしホテルは…なんだけど。
  • 1シーン辺りの功夫がすごい。
    めっちゃ動いてるし、キャラクターの所作へのこだわりもすごい。私はC級映画を色々見続けてしまったせいで、ジャンルや製作年代にかかわらず1シーンあたりにかけられた映像のコストを気にするようになってしまった。その点今回の映画は、最初から最後まで手間と技術とこだわりに圧倒され続けることができる。なんてハイカロリーなんだ!
  • 劇伴が超いい。
    ここで?というタイミングで気分がアガる曲が流れていて、初見ではそのアンバランスな感覚がとても新鮮だった。使い方が上手だし、曲自体も良い。すぐサントラを買ってヘビロテした。
  • ギギの魔性の表現方法。
    青い瞳のハイライトにオレンジ色が入っていて、こんな色をした目、見たことない…!という驚きから目をガン見してしまう。ツイッターでは「勃起した」という感想がバズっていたが、ただエロいだけではなくて、普通じゃないオーラの表現力がすごいと思った。
  • 原作の再現度が高い。
    原作本を何度か読んで脳内にインストールしたぶんは確実に再現されていて、違和感が全くなかった。あらためて読み返してみたら細かいところは違ってたりするんだけど、エッセンスが確実に再現されている。愛がある!

 ああ、これがデカ・バジェ・ムービー*1…!私は幸福なアトモスフィアに包まれ、すごいものを見てしまった!とひたすら感動した。義理で見に行ったつもりが、熱狂して帰ってくることになるとは完全に予想外だったのだ。札ビンタを浴びただけでも全然満足度が高くて、さらに原作の再現度も良いとくれば、もう昔ハマった当時の熱量を思い出して安心しきってしまった。

 しかし、その熱狂によって私は「これからが地獄だぞ」な展開に入っていく。

生活への影響

 私はこのコロナ禍の色々の影響から、心身の不調を自覚することが多くなっていた。そんな時に降って湧いたこの閃ハサフィーバーが、弱った精神を更にゲボゲボにふやかし、判断力と現実感を低下させていった。

 特に怖かったのは、今まで通り映画を見ていたら、途中で急に「やっぱ閃ハサのほうが良くね?」と思いつくような状態がけっこう長く続いたことだ。この文章を書き始めた9月頭の時点でも、そんな状態になっていた。これには映画オタクとして危機感を抱かざるを得なかった。

 で、友達と週イチくらいのペースで開催している遠隔同時映画上映会で『ハーモニー』を見たとき、特に深刻なインシデントが発生した。

 この映画には、ヒロイン(?)の御冷ミァハ役で上田麗奈が出演している。つまり、ギギの声で「言葉で人を殺すことができる」とか「私と一緒に、死ぬ気ある?」なんて言われるんだ。


www.youtube.com

 サイバーパンク世界で闇堕ちしたギギがいる。そうとしか考えられなくなり、もはや私は正気を維持できなかった。その世界観に圧倒されながら最後まで見たあと、「すごく良かった!」の二言目に「ほぼ閃ハサだった…」とか言ってしまい、伊藤計劃ファンの友達からドン引きされたわけである。その節は本当に申し訳ありませんでした!!*2

movie-tsutaya.tsite.jp

 映画を見ながら集中力が切れた瞬間を自覚できるって意味でも、とても我慢できない。映画以外にしても、それはそれ、これはこれで作品を楽しむことができなくなるのはマズい。そして次第に森羅万象のすべてが閃ハサに関係あるかのような錯覚をするようになり、自分が完全におかしくなっていると分かってきた。*3

 こんなことが数ヶ月続くと、お察しのように閃ハサフィーバーそのものの負荷によって、メンタルの具合が悪くなった。好きすぎて生きてるのが辛い。疲労困憊した限界オタクのテンプレを、実感する時がついに来てしまったのだ。自分の{好き}という感情が暴走していて、全く手がつけられない状態。その{好き}の正体が掴めない感覚も怖かった。

 テレワークで座学のOFF-JTをしている時が、特に苦しかった。推しの顔を見たい。そう思い始めたら勉強が全く手につかなくなり、次第に推しが原因で「神経が苛立つ」としか言えない状態になっていったのだ。

 それは自分の不甲斐なさへの怒りであり、決して推しが悪いわけではない。だが可愛さ余って憎さ百倍という他ない感覚ではあった。

 何というか、推しはシャブ

 ストレスが限界~~~~~!!!もう閃ハサ見に行くしかねぇ~~~~~!という思考になって映画館に救いを求めた結果、91分後には満面の笑みでイオンシネマ岡山を後にするような体験を何度かしてしまうと、実感として推しはシャブという言葉に集約された。

 感染第5波がなんだ、緊急事態宣言がなんだ、わしの脳が緊急事態なんだから不要不急じゃない!!なにはともあれ今日も推しがかわいい…とか言っていた。このご時世、推し活も命がけである。

 円盤を買うことができなかったため、映画の上映終了後には例によって禁断症状に苦しんだ。しかし円盤を買えていたとしたら、それはそれで別の苦しみかたをしたに違いない。過去記事に書いたこれみたいに、多分プレイヤーから円盤を出せなくなったりしただろう。自分のことじゃけん、だいたい分かるんよなぁ。

 今まで私はガンダムという巨大で流れの速い沼の中でも、比較的動きが少ない場所に浸かってのんびりできていたと言える。というか、新しい流れを追うのをやめていた。

 しかしこの突然の映画化のせいで、激流にのまれて今まさに溺死しかけている。戦場の外で舐めプ発言をしていたら、最前線に派遣されて地獄を見た『フルメタル・ジャケット』のジョーカー君みたいな状態だ。

ガンダムにハマった頃のこと

 この頃は多分、公式からの供給が多すぎて脳があっぷあっぷしていたんだろうな…と11月になった今なら分かる。しかし切羽詰まっていた当時の私は、20年前の状況から考えなおすことにした。

沼の入り口

 令和3年には閃ハサが初ガンダムになる人もいるんだって。すっげぇ!信じられねぇ!異常事態だ〜とか思っていたんだけど、実は私も閃ハサが初ガンダムだったことを思い出した。2001年のことだ。

 閃ハサの映画化が決まった2018年以降、私がツイッターでフォローしている先輩ガンオタ達数人から「原作を読んだのは20年前だからもう内容は忘れた」という話が聞こえてきた。原作本の上巻が発売されたのは30年前の平成元年(1989)だが、2000年頃に本を読んだらしいということだ。先輩方の記憶違いの可能性もあるが、これは多分私と同じで、閃ハサが初参戦したゲーム「SDガンダム GジェネレーションF」(2000)で作品を知って読んだ人が多いのだろう。

 当時はガンダムについてnot soミリしら状態だった弟は、このGジェネFが面白いらしいと友達から聞いて、ゲームからガンダム沼に入った。こういう、面白いらしいとジャンル外から噂になることが、布教するために大事なんだな~と今回の映画のヒットを見ていても思う。

 このゲームの分厚い攻略本は居間に置きっぱなしだったので、私も暇つぶしに掲載されている作品のタイトルや、登場するユニットの絵を見ていた。私は90年代にはカヲル君推しのエヴァオタ小学生だったので、巨大ロボットには抵抗が無かった。ガンダムってあのチャイナ服のおじいちゃんが出てくるやつじゃろ?と微妙に間違った認識を持ってはいたが、ポジティブな興味があったらしいと当時の記録にある。

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2011年撮影。GジェネFではなく、Gジェネスピリッツの記念写真。下から2番目のペーネロペーに乗せられているのがハサウェイ(CCAのすがた)で、上から2番目の命中率が鉄仮面の次に低いのがレーン

 GジェネFの攻略本*4は、実質的に2000年までのガンダム作品のカタログだ。その中から、「閃光のハサウェイ」っていうキラキラしたタイトルに興味を持つのは不思議なことではないと思う。気になった作品のタイトルとストーリーの印象を弟に聞いていくうちに、この閃ハサという作品は、タイトルとは裏腹な闇を抱えていることを知った。

 弟は閃ハサのあらすじをざっくり説明してくれた。主人公はテロリストで、……だと。

 この、一言でインパクト抜群のあらすじよ。私はその斬新すぎるネタバレを聞いて、もう絶対履修しようと心に決めた。まず逆シャアを見て予習をして、満を持して原作本3冊セットを買って読み、そのままずぶずぶとガンダム沼に入っていった。最低限の予習はしているあたりに、閃ハサの闇に対する期待の大きさを感じる。

悪役主人公ブーム

 気になるのは、なぜ私はあのあらすじだけで閃ハサに異様な関心を示したのかだ。

 そこで私がこの時期に履修中だった本とか映画を調べてみたところ、当時の私はシリアルキラーブームの真っ最中で悪役主人公フィーバーしていたことがすぐ分かった。

 『アメリカン・サイコ』(2000)、『羊たちの沈黙』(1991)、その続編の『ハンニバル』(2001)といったシリアルキラーものの小説や映画。それから『スター・ウォーズ エピソードⅡ クローンの攻撃』(2002)もこの時期なので、アナキン・スカイウォーカーが暗黒面に落ちる手前の様子を見て、エモいエモいと思ったりしていた。

 当時書き残した感想を読むと、板についた悪役感という言葉で閃ハサの魅力を語ることが多かったことがわかる。ハサウェイがマフティー・ナビーユ・エリンとして苛烈な言葉を発する度に、もう後戻りできない位置まで悪堕ちしとるわ〜と思うことができるのが良いと。これ、Gジェネの戦闘シーンで主人公とは思えない台詞を発して異彩を放っていた印象が強いんだろうな。

 ジェスチャーだけで相手の首を絞めるダース・ベイダーの得意技的なあれ、界隈の用語ではフォースグリップ*5っていうんだけど、スターウォーズのアニメ『スター・ウォーズ クローン・ウォーズ』で、アナキンが捕虜を尋問するのにフォースグリップをやってしまうシーンがある。そのシーンを見たときの、ウヒョー!!待ってました!とか言いながらガッツポーズをしてしまうあの感じ。あれに似ている。悪役主人公にも色々なタイプがいるけども、閃ハサを鑑賞して得られるバッダスな喜びはこの辺のキャラと共通していると思っている。

  ところで私は最近某シリアルキラードラマを見ながらつい正気に返ってしまい、どうしてこの街ではこんな悪逆無道犯罪者が次々に湧いてくるんじゃ…!死体アートの出来と動機と捕まるまでのエピソードを競いあう犯罪コンテストみたいなのが開催されとるとでもいうんか…!?と苦悩したことがある。

 だが要するに、犯罪の猟奇的さと犯人の狂気を好き好んで採点しているのは視聴者の私だったことに気づいた。倫理観のアウトさの限界を競うチキンレース。ヤバい!と思わせたら勝ちで、ないわ!と思わせたら負け。そういう競技が自分の審美眼の中核…つまり性癖になっているのではないか。

 上記のドラマはないわ〜過ぎて失格して、今は地雷認定している。そして2001年当時のレースで一番ヤバかったのが、たまたま閃ハサだったと。さらに世界観設定とかが倫理のチキンレース関係なく普通に好きだったため、私はその後他のガンダム作品も見始めたんだろう。

 シリアルキラーと勝負して勝てるガンダム。性癖というフィールドでなら互角に戦えたなんて、知らんかった。どうでもよいが今この記事を書きながら、10代のころに自分の性癖のポリシーみたいなものが完成してしまい、今も相変わらずそれを運用しながら生きてることを痛感した。

 まあなんかそんなかんじで、閃ハサは巨大ロボットアニメのガワを借りて別の性癖を猛烈にアピールしてくる。ここで不意を突かれてガンダム沼に落ちてしまう人間が居ても、全然おかしくないことは分かる。

 心の闇にフォーカスした作品を愛好しているタイプの人間がSFも好きだったりしたら、ストライクゾーンに入りうる。しかも、この主人公は過去の作品に脇役として度々登場しているため、過去のシリーズ作品を見るためのきっかけにもなり得る。個人の感想だけど、それが実感としてメッチャわかりすぎる。

 そういう側面だけ書き出すと、今回の映画化も公式サイドで意外とスムーズに話が進んだのかもしれないと思ってしまうが…正直何がどうなってこれの映画化が決まったのか、一度ガンオタになってから考え始めるとなかなか理解できないのだった。

 その後私はゼロ年代の中ごろに『ガンダム・センチネル』にドハマリしてしまい、興奮して周囲にセンチネルの話をしまくったりした。センチネルの好きなところは普通に説明できる。*6でも閃ハサについてはこれがドチャクソ性癖でした、ゲヘヘ…としか言いようがないため、あまり人前で推し作品はこれですと言ったことが無かった。映画がすごくよかったんですよ!と今年は言って回っているが、それ以前だと普通のオタク同士の雑談からガンダムの話題になったとき、閃ハサ推してます!という話はとてもできなかったんだよな…。

 

 ここから先は原作上巻と映画のネタバレが多少あります。

 

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2012年撮影。ゼロ年代の中ごろに発売されたΞガンダムのフィギュアは、プロポーションが主人公機っぽかった

 分かったような、分からなかったような気にはなった。

 ここまで書いてみて、世間ではキャラクターの人間関係が面白いと言われている作品なのに、そういうところに全く関心がないままだったことに気がついた。ツイッターで言われてて、今年初めてそういう見方に気がついたくらいだ。とにかくガンダムには多様な楽しみ方があることはよく分かったので、映画の具体的な感想の話に移りたい。

映画とその先の話

 閃ハサ映画が公開された頃に皆が意図的に避けていた真のネタバレって、実はこの映画が3部作の1本目であることだと思う。ドゥニ・ヴィルヌーヴの『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021)が2部作の1本目であることとかも、映画の冒頭まで内緒にされてるっぽいよな…!その騙してでも映画館で見てもらいたい気持ち、わかる。

ノローグの違和感

 今回の閃ハサ映画は、モノローグが印象的だ。モノローグの多さからデイヴィッド・リンチの『デューン/砂の惑星』(1984)みたいだと言っている感想を見かけたが、私も同じことを思った。いろんな人の心の声が多すぎる『デューン』ほどの違和感はないが、モノローグに引っかかる映画だと思える。

 ハサウェイのモノローグは、時々感情移入の限界を突破して理解不能な領域に入っていく。判断基準や価値観がどうしようもなく歪んでいて、こいつは主人公だけどラスボスでもあるんだよな〜と思わされる。推せるわ〜。

ハサウェイ「この事態を引き起こしたのは 僕の甘さなんだ アナハイムからの帰還にハサウェイ・ノアという名でハウンゼンを利用したのも 最後に閣僚たちの顔を見ておきたいというアイデアを諦められなかったからだ それが今みんなを危険にさらしている そうだねクェス それが君の答えなら 僕は代わるよ 変えてみせるよ マフティー・ナビーユ・エリンに」

 カーゴ・ピサのシーンのモノローグは初めて見たとき、とても気味が悪かった。ファンとしてこんなことを書くと誤解されそうで遺憾なんじゃが、やっぱり何回見ても気味が悪いと思える。これ以上感情移入しなくていいですと、本人から突っぱねられたような気持ちになれて、dopeでillな良さがある。ここはマイナスの感情が得られる加点ポイントなんだよ!!こんなシーンが映画で新しく追加されてしまうと、マフティーのやりかたには賛同できんけど軍資金だけ貢がせてくれなどと喜びのあまり叫びそうになる。

 映画では幻覚幻聴シーンが強化され、より内面に迫っている感じがする。とりあえずハサウェイは歪んでいて狂気が輝いている。その解釈は正しくて良い。しかし、モノローグの存在自体に妙な違和感がある場面は多い気がした。

 モノローグが多いのは原作をリスペクトしてる証拠なんだけど、もっと削っても良かったんじゃないかとは思った。ヴィルヌーヴ版の『DUNE』を見たら、モノローグをここまで削っても演出を工夫すれば普通の映画になるんじゃん!!と軽率に思えてしまったからだ…。*7

 今回の閃ハサ映画は後半になるにつれて場面の洗練された感じが無くなっていって、ちょっと散漫になっている気もする。小説から映画になりきれていない側面はあるのかもしれなくて、そこは残念だと感じてしまう。

 でもな、そんなことを言えてしまうのは本編を見ていない間だけでな、ブルーレイを見はじめると映像の圧倒的なパワーにねじ伏せられて感動してしまうんよ。もう私にはこの映画をどうこう論評できるような正気が残っとらんのだわ!…そんな無力感を覚えたりしたが、せっかくなのでこの段落も消さずに残しておく。

しんどみエンジンのギアチェンジ

 閃ハサ原作本を読み始めた時に想定外だった要素がある。読んでてしんどくなるってことだ。結末を聞いただけでは、これほどとは想像がつかなかった。本当だ。

 マフティー・エリンがぽっと出のキャラクターならそれで終わりなんだけど、成れの果ての姿であることを強制的に分からせてくれたのが2部の仮タイトルだった。

 言葉で人を殺すことができる!たった8文字なのにこの破壊力!さすが公式はよく分かっておられる!ブライトさんのことは考えないようにしてたのに〜!とフィクションのしんどみを感じすぎて、泣き寝入りができそうなネーミングだ。そして2部はこうなるんじゃないかという予想をツイッターで見かけて、しんどいどころではない恐怖を感じた。

 閃ハサ原作が発表されてから約30年の間に、新しいガンダム作品が色々と作られた。そして新しい設定も生えてきたらしい。その辺を今度の映画に取り入れることによって、しんどみのギアが数段上がってくると想像がついてしまうのだ。

 車はもう走り出している。しんどみエンジンのギアをこのまま上げ続けていったら、トップギアで目的地に正面衝突するだろう。しかも今後、助手席の下からニトロ加速装置のボンベが出てくるかのごときサプライズで、しんどみがアクセラレーションするかもしれん。もうわしは助からねぇ!!ここに救急病院を建てよう!!元々はこんなしんどさを感じるために読み始めたわけじゃなかったのにー!つれぇ!つれぇよ〜!倫理のチキンレースでギリギリを攻めるというより、もう絶対にお前の情緒を破壊して軽くトラウマにしてやるぞと宣言された気になってまう!それでもそんな続編が、とっても楽しみなんだ…!

 そしたらそんなしんどみとは無関係にインターネットミームとして大流行したり、公式が謎コラボを始めたりして、何が何だかわからなくなった。同じガンダム沼の住人から後ろ指さされるような作品だと思ってひそかに愛好していたら突如映画化されて、打首獄門だけだった推しの量刑に市中引き回しが追加されたような気分だ!どうしてこうなった~!でも好き~~~!!!

おわりに

 閃ハサの魅力はしんどさとは別のところにあるはずだったんだけど、こういうストーリーだからしんどさまで含めて好きって認識になっていくのか。つれぇ。性癖がねじ曲げられて思考と感情をハックされてる気がしてきた。ああ~!今、半泣き状態でこの文章を書いているんだけど、これでだいたい自分の中で結論が出たと思えたので、思い出話をして終わろう。

 中学生のころ、わし閃ハサ好きなんや…とエリートガンオタの同級生・Yちゃんにカミングアウトした。

 後日Yちゃんはにやにやしながら、カセットテープを貸してくれた。まあ聞いてみ…とだけ言いながら。

 そのカセットに入っていた謎のコンテンツ『こちらマッケンジー探偵社』が、YouTubeSpotifyで配信されていたことを今年知った。


www.youtube.com

 久しぶりに聞いてみたら、これが公式から供給されることの意味を考えすぎてメンタルの具合が一層わるくなった。多分、深い意味は無いんだろう。しんどい時には2次創作しろっていうけど、公式からこういうのをお出しされると、もう感情が…わやになるんですわ。おえん、おえんでこんなん。

 『ラ・ラ・ランド』で予習してから『ブレードランナー2049』を見た時みたいなパラレルワールドのしんどさを感じて、とてもつれぇ。中学生の頃は深く考えずに楽しめたけど、きっと今の私はYちゃんの思惑どおりのリアクションをしているんだと思う。このしんどみに癒やされて、楽になりてぇ。

*1:バジェット(予算)がデカい映画

*2:同じproject itohで村瀬修功監督の過去作品ということで、『虐殺器官』も見たんだけど、これは個人的にはハイジャック犯のピエロが撃たれるシーンの延長線上にある映画って感じだった。『スターシップ・トゥルーパーズ』を見てエキサイトしてる私みたいなタイプの映画オタクなら、見といて損はない殺戮名場面が多かったと思う。

*3:たとえば運転中に国道の黄色いセンターラインを見て、これは推しカラーなのでは…?と思ってしまう。BSで放送された『ネバーエンディング・ストーリー』(1984)を録画したが、アバンタイトルで子役の名前が出た瞬間に発狂しそうな予感がして怖くなり、結局見ないまま消す。プ■レスリング・ノアという名前を聞いた瞬間にあのシーンが思い浮かんでしまい、もうこの団体の試合見れない…!と思って絶望する等、色々なことがあった。

*4:Ξガンダムを生産するために、ゲーム開始時点の戦力でも頑張って閃ハサのステージを最初に攻略した方が良い的なことまで、攻略本には書いてあったような気がする。序盤のステージに投入するには強すぎるこのゲームバランス破壊パワーを得るために、あのストーリーを心を無にして一番に攻略しろってことだ。得られる力に対して、必要なメンタルの代償がだいぶデカいのではないか。この攻略法を思いついたヤツ、誰か知らんけどなかなか人の心がなくて良いな。

*5:Force choke | Wookieepedia | Fandom

*6:センチネルが好きですって飲み会で周囲に言いまくった結果がこの記事だ。嬉しすぎて、文章のテンションがあまりにも高い。

daitokaiokayama.hatenablog.com

*7:リンチ版は色々無理をしているので仕方ないんだけど、画面の映えが素晴らしいのでこれはこれで好きです!

「待ち人来たる」シナリオを公開しました

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この二人の人物は一体…!?という画像(実は誰でもない)

公開しました。

www.pixiv.net


 モノトーンミュージアムのシナリオを公開した。

 内容はもう、堂々たるコメディである。ハンドアウトからしてベッタベタなやつである。

 このシナリオはOGA春季大会が開かれるかもしれない、いや開かれないだろうな…とか考えながら、それでもワシは何か目標に向かって突っ走るべきだ!と思って仕上げた。という報告をすっかり忘れていた。

経緯

 このシナリオを書き始めた3月頃はとてもメンタルが不安定で、少しでもメンタルを安定させるためにはなるべくネットを見ないようにする必要があった。特にtwitterだ。

 SNSは恐ろしい。当時の私は、世界の全ての要素から不安を感じていたとしか言いようがない状態だった。とにかく外界からの刺激を減らしつつ、社会人として最低限の仕事だけはしなければならなかった。そんなわけで、当時の私はいわゆるネットの言説から離れる必要があった。

 twitterばかりではない。mixiニュースのコメント欄とかも危険だと認識していた。しかし、休憩時間になると暇つぶしについスマホを触り、アプリを開いてネットを見てしまう。これじゃあダメだ!!死んでしまう!

 そんな時、シナリオを書けば良いじゃない!と私は気がついた。スマホを触った時、SNSではなく、OneNoteを開く動機を作れば良いじゃない!…と。

 

 例年ならば、大会用のシナリオの準備は半年から3ヶ月前から始めるじゃないか。3月なら、もう春大会の準備を始めてしかるべき時期だぞ。一旦準備を始めれば、仕事中の隙間時間なんかを総動員してシナリオのことを考えるようになるはずだ。毎回そうなってるから今回もそうなるはず。いや、意図的にそうしていこう。

 これはもう…大会があっても無くても、自分のために書くべきだ!!そういえば2018年に1回回したきりで、清書してないシナリオがある。あれをブラッシュアップして公開することを目標にしよう!公開が目標なら、大会が中止になってもモチベーションが下がらないぞ。ヨッシャ!イケる!いやもう行くしかねえ!!

 

 そういう切羽詰った事情があり、シナリオの準備を始めてからはや3ヶ月。メンタルはまあまあ落ち着き、主に閃ハサの感想を見るためといって、twitterを楽しく使えるようになってきた。これが、本来の楽しかったSNSなのか。とかそんなことを考えている。

 mixiニュースのコメント欄は…ニュースのページからは見えないようにしてほしいなって思ってる。

コメディです

 で、シナリオ本体について。

 一度は栄華をきわめたかに思えた主人公が、どん底を経験する。そして面白おかしくいばらの道を歩かされた後、望んだようなハッピーエンドを達成する。そういうことを目標にした。

 それはまさに、チャウ・シンチー映画のテンプレだ。最初にどや顔で誇らしく登場するあたりは『食神』と『少林サッカー』に近いと思う。『喜劇王』も好きやで!

 この間このシナリオを野良で回したところ、参加者の皆様にはそれなりに楽しんでもらえて嬉しかった。敵データは「芸術点高い」と言ってもらえたので、多分クライマックスフェイズも盛り上がります。

『スターファイター 未亡人製造機と呼ばれたF-104』その恐るべきしんどさ

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ハリーとベッティ。つい描いてしまった挿絵

今回の記事について 

 『スターファイター 未亡人製造機と呼ばれたF-104』(2015)という、ドイツで作られた映画がある。正確には、2時間ドラマとかテレビ映画的なものらしい。

 書いてある言葉から全ての内容を察することができる、すごい邦題だと思う。Starfighter – Sie wollten den Himmel erobernという原題は、直訳すると「スターファイター あなたは空を征服できなかった」になるらしい。しかしこのamazonのダサいサムネ画像…どうにかならなかったのか…。

 私はこの映画を見たが、あまりにも感情がぐちゃぐちゃになって考えが整理できなかったため、今回は特別に記事を会話形式にしてみた。会話形式にするためには、会話させるためのキャラクターが必要だ。というわけで妖精を召喚した。まずはヤツらのことを知ってくれ。

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今回はこいつらが映画を紹介するよ。よろしくね!

 ここまでしてでも、この映画の訴える力を知ってもらいたい。今回はそんな意図の記事である。なんせこの映画を見たのは、去年の今頃だからな。記事の準備に1年もかかってしまったのは、今回が初めてだぜ!

 ちなみにこの映画は、歴史を基にしたフィクションである。邦題の付け方からしてもうネタバレと言っても過言ではないだろう。それってつまり、この記事にネタバレらしい要素は無いじゃろ!と私は考えている。いやいやいや、そうでもないでしょ!?と思った人は、この辺りで読むのをやめた方が良いです。

会話開始!

トマちゃん

ウマちゃん、F-104が好きなんでしょ。

ウマちゃん

急にどうしたのトマちゃん。確かにウマちゃんはF-104Jが好きだよ…?銀色の円柱型にすごいレトロフューチャーを感じるし、ビンテージなSF小説の挿絵のように思えて、こんな形のジェット戦闘機が実際に飛んでいたなんて知らなかったから、やたら感動しちゃったんだよね。まあ、にわかファンなんだけど…

 めちゃくちゃ唐突な会話だが、トマちゃんとウマちゃんには上の図で説明した以上のたくさんの設定がある。一言でいうと、ウマちゃんは普通のボンクラで、トマちゃんは歪んだボンクラである。なので今回こういう話が始まっている。

トマちゃん

さすがウマちゃんはよく語るなぁ。この映画見ようよ。『スターファイター 未亡人製造機と呼ばれたF-104』!
 原題でググったら出てきたトレーラーがこれだ。この空に消えていきそうなタイトルロゴが出てくるタイミングが絶妙なので、ぜひ本編で見てください。

ウマちゃん

未亡人製造機!?あったなぁ…F-104にそんな重い過去!!なんだかものすごく嫌な予感がするよ!?っていうか絶対主人公が死んでヒロインが残されるやつじゃん!重いよ!戦争映画とは違った悲しみに満ちてそうだし、なんか中身の想像がつかなくて怖いよ!

トマちゃん

中身の想像ちゃんとついてるじゃん!見てから「辛かったね…」って語りあえば大丈夫だよ!

ウマちゃん

そういう問題かよ!でもF-104が主役の映画は気になる…!やっぱ見るしかないんか…!

めちゃくちゃつらい

それから2時間後…

トマちゃん

いやぁ、すごかったね。ウマちゃんのリアクションが。

ウマちゃん

も…もう、感情を揺さぶられ過ぎて辛いよ。それでもウマちゃんはF-104が好き!!とか、いやぁ戦闘機ってやっぱり良いもんですね…とかしか今は言えないよ!!

トマちゃん

どんだけ好きなんだよ…。

ウマちゃん

だってそういう「戦闘機大好き!」な演出も多かったじゃん!?冒頭、キーン!っていうジェットエンジンの音が聞こえてさあ、軽快なオールディーズなんか流れてちゃってさあ、60年代です!って雰囲気出しながらF-104が曲芸飛行やってるの。「この音サイコー!」とか言いながら見学者がワイワイしてたら…!ウッ…!!

トマちゃん

開始3分後に、4機いっぺんに墜落すると辛いよね…。

ウマちゃん

あのオープニングには悪意がこもってるよ!!

トマちゃん

この映画、ドイツでテレビ映画として作られて、ゴールデンタイムに放送されたって書いてあるね。*1

ウマちゃん

オープニングでキャッキャしてたら、いきなりお通夜ムードに突入するんだから!ここでチャンネル変えた人絶対にいたでしょ!!

トマちゃん

まあ確かに、オープニングに出てきた男連中が、このあと何人生き残るかな?って感じだったね…。

ウマちゃん

しかも、平和な日常(死亡フラグ)!F-104が飛んでる!墜落!!お通夜!葬式!!の繰り返しでメンタルがドッと疲れた後、主人公が死んで、嫁が訴訟起こすまでに苦労に苦労を重ねるんだからね!?もうなんか、飛んでるF-104のことだけ考えるようにして後は忘れた方が幸せなんじゃないかと…ウウッ…!

トマちゃん

よしよし。最後まで辛い映画だったよねえ。

ウマちゃん

この、無邪気に喜んでいたらいきなりお通夜!っていうのがすごくキツかったんよ!何だろうこの…逆『風立ちぬ』みたいな…。『太陽の帝国』みたいな…?まだ見れてないんだけど…

トマちゃん

今シレッと見てない映画に例えたな?まあいいわ。それで…

ウマちゃん

戦闘機は人殺しの道具なんだけど、わしらはそんな戦闘機が大好きなんじゃ!っていう業を背負っているってのは分かるんだよ。でもこの映画のF-104は、何にもしてないのにいきなり故障して墜落するから!無辜のパイロットが死んだ!っていうショックだけがあるの!つらいよ!!ラドン*2にやられて墜落したF-86パイロットの血に染まったヘルメットを見てるあのシーンとはわけが違うの!!!(机を叩きながら)

トマちゃん

ウマちゃん落ち着いて!!

陰謀が渦巻きすぎてる

 

トマちゃん

要約すると、まず西ドイツはF-104を900機も買って飛ばして、200機以上墜落してパイロットが100人以上死んでいる。F-104は墜落しても原因がろくに調査されないし、報告書にも嘘だろって話ばっかり書いてあるし、それを告発したら、スパイ容疑をかけられたり変な噂を流されてしまう。仕方ないので、被害者の未亡人が集まってロッキード社を訴えたら、謝罪はしないけどカネだけは払うと言われて激おこ!みたいな話だった。

ウマちゃん

カネだけは貰ったけどさぁ、ぜってー許さねえからな!っていう固い意志を感じたよね…。ロッキードとの示談交渉のシーンで、ベッティが着てた衣装が派手なアニマル柄っていうのがもうアグレッシブすぎて、ちょっと良かった…。

トマちゃん

てかさあ、示談交渉のシーンに「イタリアやオランダでは買収したくせに!」って台詞あるけど、ここ、ヤーパンって言ってない?「イタリアやオランダや日本で買収した」って言ってるよね…?字幕どうなってんのこれ。

ウマちゃん

ンアアアア!!!

トマちゃん

どうしたのウマちゃん!?

ウマちゃん

やめて!自衛隊のF-104Jはスターファイターじゃなくて"栄光"だから!MADE IN JAPANだし西ドイツほどすごい事故は起こしてない*3から大丈夫!!とか思って対岸の火事だと認識しようとしていたところに「お前らも当事国だからな!」って迫ってくるのやめてぇ!!

トマちゃん

そ、そうか!こうやって発狂する人が出ないように、字幕の人が気を利かせてくれたのかもしれないんだね!ロッキード事件的にはイタリア、オランダと来たら次は日本だから、お察しな内容なんだけど!てか対岸の火事って認識はさすがにひどくない!?

ウマちゃん

あまりのしんどさにメンタルが耐えられないんだよー!ウマちゃんの情緒はもうぐちゃぐちゃだよ!!なんでここで偶然にも敗戦国が3つ揃って話題に登るの!?無性に悲しくなるわ!ンアアアアーン!

トマちゃん

多分そういう悲しみは意図してないと思うよ!?怖いよこの映画!ヤブをつついたら、蛇がやたらたくさん出てきたみたいで怖いよ!!

見せ方にものすごくこだわっている

 

トマちゃん

この映画って、スターファイターっていうタイトルから「男の子って、こういうの好きなんでしょ…?」っていう雰囲気が発せられてるんだけど、後半から完全にサスペンスだったよね。国家的陰謀に巻き込まれて四面楚歌!って感じの、ありきたりなプロットだけど…これがなんと実話ベースというから怖いね。

ウマちゃん

しんどいよね〜!!!

トマちゃん

しんどいねー…。

ウマちゃん

ウマちゃん的には、タイトルからして悲劇の予感しかしなかったから、何のミスリードも感じなかったんじゃが…。

トマちゃん

この事件を若い世代にも伝えなければならない!っていう使命感から、この作品は作られているはずだから。色々な楽しみ方ができるように、すごく頑張って脚本作ってくれてるんだろうなぁ…って思ったよ。

ウマちゃん

軽快なオールディーズのせいで、葬式以外のシーンはかなり雰囲気が良くなってるからね…。

トマちゃん

ザッピングして途中から見てた人なら、冷戦時代が舞台の恋愛ドラマなのかな?って騙されたんだろうなー。

ウマちゃん

そして墜落する。

トマちゃん

それな。

ウマちゃん

確かに、飛んでるF-104を期待してる人たちにも、めっちゃアピールしてくれてるんだよね…。だから感情移入の仕方がバグって、ウマちゃんみたいになるひとが出てくるのか…。トマちゃんからサスペンスって言われるまで、そういうとこに全然気が付けないくらい混乱してたわ。

トマちゃん

そんなにも…?とりあえず落ち着いてくれて良かったよ。

ウマちゃん

とにかく、あっけなくF-104が墜落して、次々に葬式のシーンになるのが、自分が思ってる以上にショックだったんだわ…。

トマちゃん

そういえば事故原因を自分たちで調べようって言って、家にF-104のトリセツみたいな資料を持ち帰ってる辺りに、すごく60年代っぽさを感じたよ。

ウマちゃん

出たなレトロブーマー。そこが気になるのか。情報の扱いが若干ザルな感じが昔っぽいのは分かるけど、こうしてウマちゃんが苦しんでる横でそういう顔しちゃうんだ!?あり得ないよ!!

まとめ

 

トマちゃん

これは国家的な、国際的なすごい陰謀なんだよ!!パイロットはその犠牲者!っていうメッセージが、ひしひしと伝わりました…。『トップガン』みたいなエンタメ路線を期待した視聴者の心を初っ端から折って、こういう映画だからな!って釘を刺してくるオープニングも、そういう意図だよね。

ウマちゃん

一言で言うと、闇のトップガンじゃった。ミリオタたちよ!ドイツ人の怒りを知れ!的なメッセージがドラマの間から溢れてきて、絶望が心臓にブッ刺さるみたいな…。クトゥルフ神話TRPGに例えるなら、SAN値がごっそり減った後にアイデアロールに成功して一時的狂気に入って後遺症まで残るような映画じゃった…。

トマちゃん

クトゥルフ神話TRPGの話はやめなよ。

ウマちゃん

要するに、不安定になった精神を安定させるためにF-104Jマニアになってしまうんです!!またはF-104恐怖症になる!

トマちゃん

ウマちゃんはマニアのほうなんだね…。トマちゃんの心にいちばん刺さったのは、あの「俺もしかして、死亡フラグ立ってる…?」って感じで、機体を点検してるシーンかな。

ウマちゃん

実際死亡フラグだったやつじゃん…。とりあえずこの映画を見て無邪気な心が折られたけど、まだF-104のことが好きなんです…って謝りたくなるような映画でした…。


 こうしてトマちゃんとウマちゃんはエンタメ的な「しんどみ」では片づけられない辛さを、文字通り痛感したのであった。おわり。

*1:Starfighter – Sie wollten den Himmel erobern – Wikipedia
ウィキペディアの記事。ドイツ語だけど、Chromeの翻訳機能を使えば普通に読める

*2:『空の大怪獣ラドン』(1956)のこと

*3:F-104 (戦闘機) - Wikipedia
この記事の「日本」の項目を見ると、それなりに事故を起こしていることが分かるが、さすがに西ドイツほどの数ではない。

90年代のサイバー映画を見る

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リストの中の某作品を描いてしまった挿絵

90年代のサイバー映画をランキング

www.tor.com

 次は90年代ブームが来る。いや、もう私の中ではマイブームが来ている。というわけで、こんな興味深い記事を見つけてしまったからには、掲載作品を見ないわけには行かなかった。今回の記事は、元記事のリストに掲載されていた映画を可能な限り見てみた感想である。

 ここでいう可能な限りとは、購入しなくてもレンタルとか配信で見られるという程度である。さすがに古い映画ばかりなのでVHSしか出ていなかったり、DVDにプレ値が付いていたりするため、見たことがない映画に大金を出すわけには行かないよ!と思ったのでそういう扱いである。違法な方法は検討しないこととする。

うちのブログの記事のスタンス

 元記事はChromeに搭載されたGoogle翻訳等でサクッと読んでいただくなどして、とりあえず私は元記事で紹介されていた映画がどこで見られるのか、そして私が映画を見てどう思ったかとか、そういうことをメインに記事にしていく。

 あと、それだけでは味気ないので、元記事の「一言で言うと」の部分だけざっくりと紹介しておく。ここでは「一言で言うと」と意訳したが、元記事の"1337? Or sux0rz?"のことだ。1337とは、ハッカー的にすごく良いという意味で使われている。sux0rzはその対義語だ。

ja.wikipedia.org

 元記事の作者は「インターネットは都市か?」「ギブスンみを感じるか?」「過ぎてしまった未来の描写から悲惨さを感じるか?」など、作品の近未来サイバー具合をかなり細かくジャッジしているが、私はふわっと作品を紹介するにとどめておく。私は残念ながら元記事の作者ほどにはサイバーパンクに思い入れはなく、どっちかと言えばレトロ趣味に入れ込んでいる映画好きに過ぎないからである。私は過去に生きてるっぽいんだ、すまねえな…。

 なので私は、いかにも90年代っぽい!という場面に注目し、風情を感じようとしている。いかにも90年代らしいファッションやガジェット、世相…そしてツルツルしたCGにどうしても熱い視線を注いでしまう。

見る前の約束:当時のCGについて

 この記事を読んだあなたがもし、奇特にも掲載されている映画に興味を持ったとする。そして本編を見てみようと思ったなら、なんとしても覚えておいて頂きたいことがある。当時のCGの見方についてだ。

 90年代のつやつやしたCGは、現実に撮影できなかった部分を補完する消極的な使い方ではなく、CGであることを見せるために使われていることが多いと思う。これは近年のZ級サメ映画に出てくる、見るからにCGなサメとはわけが違う(多分)使い方だと私は主張したい。

 90年代中頃までのCGはまだまだ質感がなく、不気味の谷のど真ん中にいる。なので、機械が人間を必死に模倣したような不気味さを表現するには、いい感じなんだと思う。この記事で紹介する一部の映画では、そういう意図で使われた気味の悪いCGが見られる。

 『トロン』(1982)のオーディオコメンタリーか特典映像で、製作者達が言っていたこういう話がある。当時のCGには技術的な制限がたくさんあったので、この制限によるローポリなCGに合うような世界観を作った結果がこれになったと。そしてその映像は、良くも悪くも誰も見たことのない世界を作り出したというわけだ。

 この年代の映画のCGは、現代人からするとチープに見えるが、決してチープではない。けっこうお金がかかっているはずである。そして、当時最新の未熟な技術の攻めた使い方だった。その辺の見方を覚えておかないと、古い映画を見ても「特撮がチープだった」という感想だけで終わることになるだろう。それはとても残念なことだと思う。

 色々偉そうに書いてきたがまあ、このCGすごいじゃん!レトロ!わびさびを感じる!!とか思いながら見ていくくらいでちょうどいいと思う。私も雑に楽しんでいる。

ランキングの話

10.マインドワープ MINDWARP (1992)

 コンピューターによって支配された近未来。システムから供給される夢を見ることで退屈な日々から逃避している人々の中で、ただ1人幻想を拒否したジュディはシステムオペレーターによって外界の荒野へと追放されてしまう。(下記リンク先より、投稿者のレビューから引用)

一言で言うと:クソ

 この作品はDVD化されておらず、動画配信サービスにも無さそうだった。ブルース・キャンベルが出てるなら、きっと顔芸が楽しいに違いないと思ったので残念な気もするが、一言で言うとクソらしいのでヨシとする。

tsutaya.tsite.jp

9. ブレインスキャン BRAINSCAN (1994)

 高校生マイケルは、現実よりリアルでスリルのあるゲーム「ブレインスキャン」を手に入れる。ゲームの中で彼はリアルな殺人を体験するが、その事件は現実に起こっていた。しかし、もうゲームはやめられない…。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:クソ。ものすごくクソ。

  この作品はDVDは出ているがレンタルはできないらしい。動画配信サービスにも無さそうだった。『ターミネーター2』の子役として知られるエドワード・ファーロングが出てて超かわいい…とか言われているが、一言で言うとものすごくクソらしいのでまあ、ヨシとする。tsutaya.tsite.jp

8. ザ・インターネット THE NET (1995)

 コンピュータ解析に関してはトップクラスというフリーの女性プログラマー、アンジェラの元へ一枚のFDが送られてきた。そこにはネット上で偶然発見された国家機密のデータが保存されていたが、送り主は飛行機事故で死亡。バカンスでメキシコに出かけたアンジェラはそこでジャックと名乗る男性と出会い恋におちるが、彼の目的は彼女の命とディスクだった。何とか追跡を振り切って帰国したアンジェラは自分自身の存在を証明するものがすべて消失している事を知る。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:クソ!

 この作品はツタヤディスカスなら見ることができる。宅配レンタルのみならず、ツタヤTVやiTunesなどの配信サービスでも見ることができる。

movie-tsutaya.tsite.jp

 私としては、この作品がそこまでひどいとは思わない。個人的には、けっこう刺さる恐怖があるストーリーだったと思った。元記事の作者は、オタクと世間との繋がりについてのありがちな説教が気に入らないのかもしれない。

 この作品に登場するΠ(パイ)のことは、古い技術書か何かで読んだことがあった。アンジェラのもとに送られてきた出所不明のフロッピーディスクには、冗談みたいなアプリケーションが入っていた。このアプリを起動して特定の操作をすると、画面の端にΠの字が現れる。これをクリックすると、国の機密にアクセスできてしまうと。このフロッピーディスクは実は、さる秘密結社が構成員のために作ったハッキング用のツールだったという感じである。これは風情があるわー。

 アンジェラは色々あって旅行先でバッグを盗まれ、他人のIDを持って身一つで帰国することになった。そして帰ってきてみると、家が勝手に売りに出されている。そして自分の過去は捏造され、犯罪歴があることになっていた。こんなのおかしい!と主張するのだが、本来の身元を証明してくれる人が、周囲に誰もいなかったことに気がつく。近所付き合いはなく、友達もいない。職場はずっとリモートワークだったのだが、なんか今は自分と同姓同名の知らない人が働いていることになっている。えっ、怖い。普通に怖い。私も最近すっかり出不精で、全然友達付き合いができてない気がしてきた。ヤバいかもしれん。私は不安になった。

 アンジェラの危機的すぎる状況は更に続く。老人ホームに入所している母親は認知症で、娘のことも思い出せない。父親は行方不明。今、頼りになるのはチャット仲間と、数年ぶりに再会した元カレだけ…。ここまで設定が出揃ってしまうと、エンディングを察することができる気がした。ベタだな〜!と思ったのだが、意外と私の予想は外れた。えっ?って感じの終わり方だった。

 入学してからずっとオンライン授業で、一度も大学に行ったことがない大学生の話がニュースに出てきたきたりするコロナ禍のこのご時世。今こそ、この作品のリメイクが作られるべきなのでは…?と私は思ってみたりしたが、要するにそういう続編が2006年にすでに作られていた。考えることは皆同じだったか…!

 あと、サンドラ・ブロックのハイレグ水着はとても90年代みがあって、風情がある。そういうところは悪くないと思った。

7. バーチャル・ウォーズ THE LAWNMOWER MAN (1992)

 西暦2001年。脳の活性化を研究しているアンジェロ博士は、新たな実験の被験者を探していた。そんなある日、知的発達障害を持ったジョーブと出会う。彼は庭師の芝刈りを手伝う心優しい青年であったが、世話をしてもらっている教会の牧師からは日常的な虐待を受けていた。博士はコンピュータを使ったバーチャル空間を用いて、ジョーブの脳を活性化しようと実験を施したとところ、ジョーブは恐ろしい力を手に入れてしまう。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:あなたが映画に何を求めているかによる。ピアース・ブロスナンがサイバー化の餌食になるところを見たいか?この映画はそういう機会にしかならないかもしれない。

 この作品はDVD化されていない。同じタイトルの映画が数本あるが、この作品とは違うものだ。続編も3作目まであり、それもVHSにはなっているのだが、DVD化はされていない。本国で発売された北米版BDを売っているサイトもあるが、海外製のBDにはリージョンが設定されている。ワンチャンいけるかと思ったが、やっぱ見るのは難しそうである。

ja.wikipedia.org

 この作品はどうやらスーパーファミコンのソフトの映画で、スティーブン・キングが原作を書いているという。しかし、原作とは違いすぎていて、どっちかと言えば「アルジャーノンに花束を」に近い内容だといえるとのこと。


The Lawnmower Man (Trailer)

 ピアース・ブロスナンといえば、『007/ゴールデンアイ』(1995)のジェームス・ボンドである。この作品のCGはニンテンドー64のあのゲーム*1っぽくてとても風情がある。予告編を見ただけでも、こういうのが見たかったんだよ!って感じがした。今後本当に90年代ブームが起こって、当時のツルツルしたCGが注目されるようなことがあった時には、円盤化されるかもしれない。されてほしいなぁ。

6. バーチュオシティ VIRTUOSITY (1995)

 1999年、ロサンゼルス。今後起こり得る凶悪犯罪に備え、合衆国政府は新たなる組織LETEC(警察技術研究所)を創設。あらゆる犯罪者のデータをコンピュータにインプットし、それをバーチャル・リアリティの世界で擬人化し、一犯罪者の行動パターンの分析と撃退法を研究するというシミュレータ装置を完成させた。まだ実験段階だったため被験者には囚人を用いていたが、そんな中、歴史上の凶悪犯罪者187人のデータをインプットしたシド6.7が現実世界へ逃げだしてしまう……。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:クソ、ただしラッセル・クロウのレイヴのシーンが超素晴らしいのでそこは除く

 この作品は、ツタヤディスカスの宅配レンタルなら見ることができる。ちなみに、この作品は2020年に神奈川の地上波ローカル局で放送された。つまり、まだエアチェックできる可能性がある映画ではある。*2movie-tsutaya.tsite.jp

 監督はブレッド・レナード。前述の『バーチャル・ウォーズ』の監督でもある。

 この作品は、ポール・ヴァーホーヴェン作品の影響をかなり受けていると思った。要するに、確信犯的なB級SFである。『ロボコップ』(1987)や『トータル・リコール』(1990)の悪趣味シーンを見てフハハ、こやつめとか思えるような人であれば、かなり楽しめると思う。むしろあれで笑えるような人以外には向いていないんだろうな〜と思いつつ、私はブルーレイを買いました。

 この作品の強みは、なんと言ってもCGがイケてることだ。CGと実写が歪に融合する画面が妙に魅力的だし、そんな場面が大盤振る舞いだ。この映画のCGは、シミュレーションによって作られたバーチャル世界の歪さを表現する際に使われている。あまりにもアシッドすぎて「熱でうなされた時に見た夢みたい」とか言われるレベルのシーンもある。こんな感じで。

https://scipunk.tumblr.com/post/188312671567/virtuosity-1995

 この作品は仕上げが丁寧なのだが、設定が雑なところが残念である。SF設定の内容的にはけっこう先の未来でしか実現しなさそうなのに、1999年が舞台というので驚いてしまった。多分、背景の街の描写を安く上げるために、4年後の未来という設定になっているんだろうな…。まあ細かいことはさておき、ぴちぴちのデンゼル・ワシントンと、すごい顔芸を見せるラッセル・クロウの頑張りを見てほしい。

 元記事はレイヴのシーンが素晴らしいと書いているが、確かにこのレイヴ会場は90年代後半の流行を取り入れた最先端な雰囲気だ。一方、集まっているパリピたちのファッションは90年代前半に流行ったテキスタイルと色使いで、スタッフの女性達とのテイストの違いが際立つ。このあたりに95年という時代が感じられて、とっても風情がある。

 実在のシリアルキラーへの言及も、当時の殺人鬼ブームを感じられて味わい深い。『カン・フューリー』(2016)みたいな超90年代映画が作られたら、こんな感じになるんじゃないかな?というレベルで雑に楽しい作品だった。

5.イグジステンズ EXISTENZ (1999)

 脊髄に穴をあけ、そこにバイオケーブルを接続して楽しむバーチャルリアリティゲーム。その最新ゲームをめぐり、天才ゲームデザイナーと反ゲーム主義者たちとの闘いが繰り広げられる。クローネンバーグ独特の、奇妙かつダークなビジュアルが満載。究極の体感ゲームイグジステンズ」の発表会で、女性ゲームデザイナーが狙撃された。彼女は会場にいた男性と、その陰謀を暴こうとするが・・・。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:私はちょっと恐怖を覚えながら、素晴らしいと言うだろう。興味深い映画である。

 この作品はツタヤディスカスの宅配レンタルなら見ることができる。movie-tsutaya.tsite.jp

 この映画のジャンルは、主にホラーである。スカッと爽快なホラーじゃなくて、新しい怖さを追求しているタイプの、である。なんせデヴィッド・クローネンバーグ監督が脚本も書いている。この人もサイバー映画を撮っていたのか!と思って軽い気持ちで見てみたら、例によって生々しいゴア特撮に溢れた作品であった。ジュード・ロウが、クローネンバーグ世界に蹂躙されている…。

 まず、パッケージの画像を良く見てほしい。赤い寝具のベッドに横たわる男女。へその緒のようなコードの先には、皮膚に包まれた内臓のような装置が置かれている。これが、ゲーム用の装置・ゲームポッドだ。コードの先端は、へその反対側の背中に開けた穴・バイオポートに差し込んで使うのだが、この場面の時点でかなりヤバい。差し込む前にコードの先端をねぶっているシーンは、びっくりとかいうレベルじゃない嫌悪感を覚えた。

 これは特撮…!特撮だから…!!と思って必死に耐えていくのだが、まあすごい場面が続く。ミュータント両生類の内臓をさばく工場や養殖場、それを料理して食べる中華料理店のシーンもある。とにかく、自分にどの程度のゴア耐性があるか、この映画を見れば見極められると思った。普通の血みどろスプラッタ映画がかわいく見えるよこれ!!!

 見終わった後に放心状態になる人もいるだろう。私もエンドロールの最後に「この映画ではいかなる動物も傷つけていません」の表示があることを確かめる以外に、何も考えられなかった。その辺のウシガエルを捕まえてきて使ってるのかと思ったら…そうなんですか…。

 クローネンバーグ監督は、生々しい特撮にめちゃくちゃ力を入れている人だ。そのため、まさかこんなことしないよな…やらないよな!!??チクショウ!!やりやがった!!!という、ある意味予想通りの展開が連発する。ストーリー自体は、先の予想がつかない怖さが最初から最後まで続くというのにだ!ホラー耐性があったとしても、この作品の仕掛けの都合により、やはり最後には放心状態になると思う。何一つ安定した要素がない、不安がすごいのだ。最後まで見れば設定に納得はいくんだけど…納得できるんだけどさぁ…!!!

https://scipunk.tumblr.com/post/163595567682/sp-ted-is-in-a-virtual-reality-game-named
 そんな感じで私にはちょっと、これがサイバー映画なのかどうかという話までする余裕がなかった。『スキャナーズ』(1980)や『ヴィデオドローム』(1984)でやってきた特撮が!めちゃくちゃスケールアップしとるッ!!!というショッキングさに圧倒され、私はそのことばっかり考えてしまった。恐ろしい作品である。

4. JM JOHNNY MNEMONIC (1995)

 電子化が極限にまで進んだ近未来。特定の情報を脳に埋めこまれたチップに記憶させる“情報の運び屋”ジョニーは北京である情報を記憶するが、それは全人類の命運を賭けるものだった……。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:本当に深く、素晴らしい。

 この作品は、ツタヤディスカスの宅配レンタルなら見ることができる。

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 ウィリアム・ギブスンの小説が原作の映画だが、この分かりづらい邦題のせいで、私も最近までその存在を知らなかった。

 この映画の脚本は、ギブスン本人が書いている。それってつまり、正統なサイバーパンクってことだ!裏の仕事を表すラン(run)という言葉が使われていたりして、なんとなく本格的な感じがする。ちなみにこの作品の舞台は、2021年という設定である。今年じゃん!

 「サイバーパンク2077」にキアヌが登場したことで、この作品がちょっと注目されているそうである。早速こんな記事が出ていたが、要するにこの映画は手放しで褒められるようなクオリティではない。しかし、良いところは良い映画だ。

wired.jp

 この作品の魅力は、なんと言ってもキアヌ・リーヴスである。髪型とスーツのせいなのか、個人的にはキアヌ史上最高の男前度で出演していると思った。

 脇役も良い。狂った修道士のような殺し屋はドルフ・ラングレン。エクスペンダブルズの頭がおかしい人だ!この人がかなり怖い。ジョニィに仕事を斡旋したフィクサーウド・キア。『アイアン・スカイ』(2012)の月面総統がこんなところに出てたとは。そして、ヤクザの親分役はなんとビートたけし!!この人がいることで、空気感が変わる。『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017)に唐突に出てきたような気がしていたけど、こういう縁があったのか!すごいよ、このキャスティング。

 あと、水槽に入ったサイボーグなイルカも出てくる。イルカですよイルカ!!すごい!かっこいい!!上の記事で「キアヌよりイルカのほうが表情豊か」とか言われてるけどな!

 この作品、CGは良いんだけどアナログ特撮がヤバいと思った。最初のほうに登場する北京の夜景はミニチュアで作られているのだが、あまりにも…素朴である。冒頭ではあんなことを書いたのだが、このミニチュアや、後の場面のミニチュアと実写が合成された場面の仕上げが荒すぎて、そこがやたらマイナスイメージとしてこびりついてしまった。爆発シーンに力を入れすぎて、他のアナログ特撮が雑になったのか…?とか考えてしまう。

 シド・ミードコンサルタントとして参加しているだけあって、要所要所の設定や美術はとてもかっこいい。しかしアクションシーンが微妙だったりして、なんだか全体的にぎこちないところが目についてしまう。この粗さを、キアヌのかっこよさで押し切っているような感じもしなくはない。

https://scipunk.tumblr.com/post/157197870717/sp-removing-the-data-johnny-mnemonic-1995

 レトロ趣味を持つものとしては、ニューアークに来た時の飛行機がコンコルドだったことに大興奮してしまった。もうとっくに引退してしまったコンコルド…。95年当時はまだ現役だったのか。

3. サイバーネット HACKERS(1995)

 デイドは、13歳のときにウォール街のコンピューターに侵入して破壊、FBIのブラック・リストに乗る。18歳になった彼は、キーボードに触れる許可をもらい、高校生活をエンジョイしていた。だが、ハッカー・キングと呼ばれる男にはめられ、犯罪の片棒を担がされてしまう。デイドは世界中のネット仲間を集め、反撃に転じる。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:この映画は、ハッキングは馬鹿馬鹿しくもクソほど楽しいという前提をよく分かっている。なので素晴らしいといえる

 この作品は、ツタヤディスカスの宅配レンタルなら見ることができる。

tsutaya.tsite.jp

 ストーリーは、FBIが家に突入してきて8歳の主人公デイドが逮捕される場面から始まる。ハッキングは犯罪!逮捕されたらすごい額の賠償金を払わされるからな!!という大事なことを、最初に分からせてくれるのだ。しかし10年後。デイドは性懲りもなくハッカー仲間たちとチームを作り、公衆電話の前にたむろってハッキングに精を出し、サイバー犯罪を取り締まる刑事に嫌がらせをして遊ぶのだった。この辺が、元記事がいっている馬鹿馬鹿しい楽しさだろう。教育的なんだけど、ちゃんと若者目線な映画である。

 元記事のサムネイル画像にいる変な二人組は、この作品に登場するパフォーマーのレーザー&ブレードで、この二人は1337なハッカーでもあるという。こういうスラングが実際に使用されるのは、このリストの映画の中では多分これだけである。

 インターネットとコンピューターの中の世界は、実写のようなCGのような不思議な映像で表現される。『トロン』のようなコンピューターの中の都市が、90年代後半からゼロ年代に流行ったグラフィックで見ることができるような感じだ。そういえばこの年代、外側が透明のプラスチックで、中身が透けて見えているガジェットが流行ったんだよなぁ。そんなことを考え、ちょっと風情を感じた。

 使用されている音楽はオービタル、アンダーワールドプロディジーマッシヴ・アタックなど。90年代に活躍し、ゼロ年代にベスト盤を出してそれを私が買って聴いていたような英国のアーティストたちによるものだ。90年代のJポップって妙にシャカついてたよね、ハハハ~とか思っていたら、アンダーワールドもこういう場所で聴くとすごくシャカついて聴こえることに気が付き、私はびっくりした。

 この映画にはアンジェリーナ・ジョリーがヒロインとして出演しているが、そのファッションはなるほどゼロ年代基準で見るととてもおしゃれである。つまり、今見るとメイクがちょっとキツい。その辺にとても風情を感じる。そして、飛行機のシーンでPAN AMが出てきたところも90年代らしくて良いな…と思った。個人的には、ゼロ年代の空気を感じて恥ずかしくなるような、むずがゆい映画だった。いやあのなんというか、90年代後半の流行にフォーカスしているからそういう感想にならざるを得ないの!

 やっぱりさあ、当時最先端でクールだったカルチャーを20年以上経った後に見返すと、めちゃくちゃダサいんですよ。90年代も前半と後半でガラッと服や髪型のトレンドが変わるけど、その後半のトレンドというのがゼロ年代前半の空気を感じさせてダッセぇ!!って思わせてしまうんじゃろうな…。30年前の流行はリバイバルするけど、20年前の流行は常にダサい。そのダサさと、一周回ってアリだな…という感覚が、『サイバーネット』には溢れていると私は思った。

 そんなわけなので、アラサー世代でこの作品をまだ見ていない人は、来たるべき90年代ブームと超90年代映画に備えて、ぜひ今のうちに見て復習しておくべきだ。そして、ダッセぇ!!と思ったシーンについて語り合おう…。

2. 13F THIRTEENTH FLOOR (1999)

 コンピュータ・ソフトの開発者ホールは、ヴァーチャル・リアリティの技術を使ってコンピュータ内に1937年のロサンゼルスを再現しようとしていた。だが上司が何者かに殺される事件が起こり、ホールが容疑者となってしまった。アリバイが無いどころか、犯行時間の記憶自体失っているホールは、突然の事態にパニックとなる。やがて彼は、研究の過程で1937年の仮想世界と現実世界を行き来していたことを知る。その鍵を握るのは“13階”……。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:驚くべき素晴らしさだ!この作品は、この映画の中で最もノワールな作品であり、『ダ―クシティ』と『マトリックス』が無ければもっとヒットしていただろう。

 この作品は、けっこう色々なサービスで見ることができる。ツタヤでは発掘良品シリーズでDVDが出ている*3ため、うちの近所のツタヤ店舗でもレンタルすることができた。しかも、2020年末に見た時には、ポップつきでSFコーナーの目立つところにディスプレイされていた。これは…これは多分あれだよ。再評価というやつだ!多分!

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 ローランド・エメリッヒが製作に関わっており、ネームバリューがあるようには見える。しかし、元記事で見るまで私はこの作品のことを全然知らなかった。

 この作品は「我思う、故に我あり」という言葉で始まる。ネタバレになるので詳しくは言えないが、要するに『ダークシティ』(1998)と『マトリックス』とネタが被っている。しかも1999年に『マトリックス』より後に公開された。なんという巡り合わせだ。そのせいで、先行する2作品抜きでは語れない映画になってしまったとのこと。確かに、『ダークシティ』とはレトロな雰囲気がメッチャ被ってる。設定も『マトリックス』と被ってる!こんな不運な名作があったんか!!

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本棚から発掘したツタヤの「シネマハンドブック2012」より。私はこの映画のことをスルーしていた。9年間も…

 『マトリックス』は、戦いだ!反乱だ!って感じのロックな映画だったと思う。でも『13F』は『マトリックス』みたいな派手な視覚効果もなく、すごいアクションもなく…って地味な感じがするわけである。バーチャル世界っていうのも、1937年のセピア色のロサンゼルスだしな。私はかなり好きな雰囲気なんだけど、こんな相手と比較されてしまったら、そういう設定が地味で、取るに足らないように聞こえるわな…。

https://scipunk.tumblr.com/post/158327351792/sp-the-revelation-the-thirteenth-floor-1999

 しかし『マトリックス』との明確な違いがある。ネタへのフォーカスの仕方だ。劇中の台詞で表すなら、『13F』は「哀れな魂が凍りつくような」瞬間をストーリーの核にすることに力を注いでいると思った。つまり、このリストの作品の中ではトップクラスのエモさを持っているということだ。残念ながら、私にはこの良さをうまく語ることができない。なのでぜひ見てください…!

1. マトリックス THE MATRIX (1999)

 ニューヨークの会社でしがないコンピュータプログラマーとして働くトマス・アンダーソンには、裏世界の凄腕ハッカー“ネオ”というもうひとつの顔があった。ある日、“ネオ”はディスプレイに現れた不思議なメッセージに導かれるまま、謎の美女トリニティと出会う。そして彼女の手引きによってある人物と接見することになった……。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:クソな部分などない。

 この作品は、だいたいどのサービスでも見ることができる。どこのレンタル屋にも円盤が置いてあるだろうし、配信でも見られる。

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 1999年の超ヒット作であり、私はこのリストの中では唯一リアルタイムで映画館に見に行った。続編も3作目まで作られた。私もVHSで録画して何回も見た。

 『マトリックス』の特撮は画期的だった。弾丸を避けながらスローモーションで反り返るキアヌ・リーヴスの周りを視点が動いていく「マシンガン撮影」の場面が、当時めちゃくちゃ流行った。世間の興奮は相当なものだったし、私もこの映画のパンフレットを読んで初めてサイバーパンクという言葉を知って熱狂したことを覚えている。そして、みんなで反り返って遊んだ。


Rooftop Showdown - The Matrix (7/9) Movie CLIP (1999) HD

 『マトリックス』のことをCMか何かで知ったとき、父に頼んで公式ホームページを見せて貰ったことを覚えている。ダイヤルアップ接続して画面に現れたのは、「赤い薬と青い薬」の画像だった。この世界は実は、コンピューターが見せている夢なのかもしれない…そんな想像を膨らませる粋な演出だったなぁ、と思う。

https://scipunk.tumblr.com/post/170037748652/sp-114-the-matrix-1999

 コロンバイン事件があった時、犯人の二人組の高校生は『マトリックス』のネオみたいにトレンチコートを着ていたことから、映画の悪影響が云々なんていうことまでアメリカのメディアでは言われていた…という報道を見た記憶がある。『マトリックス』はエンディングにマリリン・マンソンの曲が流れる。犯人たちは実際にはKMFDM*4のファンだったらしいんだけど、なぜか代わりにマンソンが大バッシングされたこともあった。個人的にはこの映画がきっかけでマンソンの曲と名前を知ることになったので、ある意味では人生を変えた映画だったと思う。あの頃のマンソンはアメリカの諸悪の根源とか言われてたけど、いやぁ90年代ってなかなかエキサイティングな時代でしたね…。

 そんな感じで視覚効果がすごい、ストーリーもすごい、話題性もすごいと3拍子揃った超大作だった。同年には『スター・ウォーズ エピソードI/ファントム・メナス』が公開され、この2本が1999年現在の最高峰のCGを見せてくれるとされていた。そりゃあ他の作品が霞んで見えるわい!と思ってしまう。今見返すと、アクションシーンでかっこつけすぎじゃない…?と風情を感じてたりするんだけど、やっぱこれを1位にしないなんてあり得ないね!納得の1位だ。つい興奮して思い出話ばっかりしてしまったが、これが一時代を築いた映画なんだな…って感慨深くなってしてしまったんだ。

 ところで監督のウォシャウスキー兄弟は、知らない間に二人とも性転換して姉妹になっていた。この話自体がすごくサイバーパンクしてる感じがする。そして、そのラナ・ウォシャウスキーがこの作品のリメイクを作って今年公開する予定だそうだ。楽しみに待とう!

0. ストレンジ・デイズ/1999年12月31日 STRANGE DAYS (1995)

 驚いたことに、このランキングにはシレッと0位が設定されている。

 1999年12月30日。他人の体験を感じることのできるディスクを闇販売しているレニー(レイフ・ファインズ)のもとに、元恋人の娼婦フェイス(ジュリエット・ルイス)の友人が殺される瞬間を記録したディスクが届けられた。次はフェイスが危ないと察知した彼は、2000年を目前に控えて沸き返るおおみそかのロスの街へと急行する……。(下記リンク先より引用)

一言で言うと:これがリストのトップだけど、みんなはどう思った?私はこの映画が好きだし、この映画を再発見できて嬉しかった!

 この作品は国内のどこの配信サービスでも見ることができず、DVDも廃盤になってプレ値がついている。最初はCDと同じパッケージでDVDが発売されたが、今よく見るあのパッケージで再発売されることはなかったというのか…。90年代後半の映画には、こういうことが起こるのか。知らなかった。

www.amazon.co.jp

 一応ツタヤディスカスを調べてみたら、この作品のサウンドトラックCDならレンタルできることがわかった。強い、強すぎるぞツタヤディスカス…。


🎥 STRANGE DAYS (1995) | Full Movie Trailer | Classic Movie

 この監督のキャスリン・ビグローという人は、ジェームス・キャメロンの元嫁だそうだ。「ハート・ロッカー」(2008)ではアカデミー賞作品賞と監督賞を受賞。「ゼロ・ダーク・サーティ」(2012) はアカデミー賞作品賞にノミネートされた。ということで、つまり私にはあまり縁がない系の作品で有名な人だった。この人の作品で私が唯一見たいと思えるのが『ストレンジ・デイズ』って感じだな…。ボンクラですみません。

 『マトリックス』のパンフレットを読み返してみると、先行するサイバーパンク作品としてこの作品の名前が『JM』等と一緒に掲載されていた。あらすじを読んだ感じだけでも、『ストレンジ・デイズ』には世紀末の倦怠感や、21世紀への期待のような何かが結集しているんだろうなーと思えた。そういう空気を切り取った作品って…絶対にエモいやつじゃん。見たいんだけど…無理はせんほうがええな…。

感想戦

元記事の評価について

 元記事の作者は自分で「このランキングは疑わしい」と書いているが、確かに偏っている。押井守の『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(1995)も立派な90年代のサイバー映画じゃろと思うが、元記事の作者はその辺は無視している。まあ、そのおかげで私は知らない映画を知ることができたので良かった良かった…ということにしておく。実写の映画に限定しているのかもしれないし。

 個人的には、このランキングの順位には異議はない。唯一円盤を買っちゃった『バーチュオシティ』は確かに好きだけど、このくらいの順位で良いと思った。『ザ・インターネット』も悪くない作品だが、95年らしさと95年ではあり得ない設定が混在してたりして微妙だし、そもそもオタク受けを狙った設定じゃないしな。『イグジステンズ』は味付けが濃すぎて、私にはうまく評価できなさそうなのでこれでいいです。

 リアリティ、役者の演技、画面の映え、そして謎の魅力等々、色々な評価軸があるが、『マトリックス』が1位で0位が『ストレンジ・デイズ』になっているのはなんとなく納得だ。『ストレンジ・デイズ』は目立つ作品ではないんだろうけど、90年代らしさの最たるものが詰まっているんだろうな。そういうの、何となく伝わったぜ。見れてないけど。

映画をどうしても見たいとき

 このリストには、現在配信もレンタルもできない映画が4本含まれている。しかし、どうしても見てえ。そういう時は、VPNを使用してロケーションを米国にした上でNetflixから見ると良いのよ、という話がある。

 要するに、日本語字幕や吹き替えはない!英語で見ろ!ということだ。うん…まあ、見れないことはない。『ストレンジ・デイズ』は日本非対応だけどNetflixや米Amazonプライムにはあったので、装備とリスニング力を鍛えてから挑戦するのが良いんだと思う。英語の字幕さえあれば、何とかなる気もするし。まあ…うん…そのうちやってみるかもしれない。

 あとは、スカパーやWOWOWで放送されないかな〜とか、リバイバルブームに乗って再評価されて復活上映されないかなー…とか願うくらいしかないだろう。違法な方法は推奨しない。よろしくお願いします。

宅配レンタルは強し

 そんな感じで、すっかりツタヤディスカス宅配レンタルの宣伝みたいな記事になってしまった。実際私は元記事を読んだことがきっかけで、ツタヤディスカス宅配レンタルのサブスクリプションを契約してしまった。恐るべし、ツタヤ。

 どうしてこうツタヤが強く見えるかというと、多分契約期間の問題だと思う。配信されている動画作品には契約期間があり、作品ページには何年何月まで販売(配信)という期限が記載されている。なので、配信サービス会社が作品の販売会社と決めた契約期間が過ぎてしまうと、その作品は見られなくなる。こうして、古い作品が見られなくなっていく。

 しかし物理のメディアとなると、一度生産されてツタヤのものになってしまえば、メディアが物理的にダメになるまでは商品として流通するのだろう。ツタヤの発掘良品シリーズはその辺をよく分かった上で、良い作品が時代の流れの中で埋もれていかないようにしてくれているんだと思う。そして私のような客が、ポップに騙されて良いんだか微妙なんだか分からない映画を何本も見てしまうというわけだ。

 しかしツタヤディスカスには無いけどiTunesにはある映画も、あるっちゃある。iTunesサブスクリプションサービスに入らなくても映画をレンタルをすることができるので、そういう作品は都度課金して見ればいいやと思う。

 動画のサブスクリプションサービスに入るときは、品ぞろえ重点で選ぶことが大事だということがよく分かった。VPNがどうこうの話になってくると、ネトフリとツタヤディスカスのどっちが強いのか、もう分からないしな。

さいごに

 この「サイバー映画」というざっくりとした区切りのせいで、オタク向け、若者向け、インターネットをよく知らない人向け、ボンクラ向け、アート路線等々、色んな作品が集まったリストだったと思う。元記事のおかげで、ボーッと生きていたら絶対見なさそうな作品を見ることができて楽しかった。サントラも色々聴いて90年代みをたくさん摂取でき、充実した時間を過ごすことがきできた。監督の過去作も色々見た。ブレット・レナードの『デッド・ホスピタル ゾンビ製造人体実験』(1987)とかな!*5

 あと、一言で「これだ!」というキャッチコピーを書けない映画は、30年後まで生き残れないんだな…とか考え、世知辛さを感じてしまった。『バーチュオシティ』なんか「バーチャル殺人鬼が現実世界に逃げ出した!」って書けば十分伝わる内容だから、まだテレビ欄でも戦えるスペックなんだな…とか思った。

 時代に閉塞感が漂う時、懐古趣味が流行るそうである。ステイホームしながら現実逃避する分には、昔の映画が最高だ。それにしても『JM』の、2021年にパンデミックが起こってる設定…。映画の中くらい感染対策のことは忘れさせてほしかった。ほんとにな…。

*1:https://youtu.be/ts4QO-Dyu4k

*2:どうでもよいがこの映画、いかにも木曜洋画劇場案件だな!と思って調べたら、確かに放送歴があった。

https://fukikaemaniax.web.fc2.com/special/mokuyou-youga.html

*3:ダークシティ』も発掘良品でDVD化されているので、ツタヤ店舗でレンタルできる。

*4:KMFDMの曲は、90年代の映画を見ると時々流れている。『JM』でも使用されている。KMFDMは事件当時解散することになっていたんだけど、事件後すぐに再結成したり、マンソンにメンバーを引き抜かれたり、色々あった。

*5:『デッド・ホスピタル ゾンビ製造人体実験』は…これこれ、こういうのが見たかったんだよ〜!って感じの意識高い悪趣味ホラーでした。

『アメリカン・サイコ』この作品の時代とオチについて考えたこと

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名場面すぎてつい描いてしまった挿絵

アメリカン・サイコと私

 90年代は、シリアルキラーが大流行していた時代である。

 本なら『FBI心理捜査官』、音楽ではマリリン・マンソン、日本の漫画なら『多重人格探偵サイコ』、ジョジョ4部等。映画なら『羊たちの沈黙』、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』等々、どこの界隈でも殺人鬼キャラが流行した。

 というわけで、『アメリカン・サイコ』である。今回の記事は、最近映画を見たのがきっかけで、この作品のオチと作品の時代について正月からダラダラ考えた考察のまとめである。ネタバレがたくさんあるのでお気をつけ下さい。

アメリカン・サイコ (字幕版)

アメリカン・サイコ (字幕版)

  • Mary Harron
  • ドラマ
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原作を読んだ頃の話

 私はこの作品の原作を読んでいた。『ハンニバル』を読み終わり、もっともっと殺人鬼成分を摂取してえな!と思っていた中学生の頃に、表紙を見て衝動的に買ってしまったのだ。

 しかし、怖かった。『アメリカン・サイコ』はシリアルキラーの生活が淡々と続く記録のような本だった。主人公パトリック・ベイトマンの他人事のような台詞が、どうでもいい他人と会話を続ける様子が、モノローグによって綴られる。そして、ストレス解消のために、無関係の人間が死んでいく。

 その殺しのプロセスは詳細に描かれ、無辜の被害者達が痛めつけられる様子がけっこう衝撃的だった。

 ネズミとチーズのアレのシーンは特に怖かった。これもやっぱり映画になるんですか…!?と思いビビってしまった私は、表紙のイケメンが出てくると知りつつも、映画を見る気にはなれなかった。ゼロ年代前半当時は。

 そして現在。当時のホラー映画界のチャンピオンだった『ブレアウィッチ・プロジェクト』を見てもマイルドに感じてしまうくらいホラーに慣れてしまった私は、小さい頃にタイトルだけで怖がっていた映画を色々見続けていた。そんなわけで、『アメリカン・サイコ』の番になった。

映画は面白かった

 私はこの映画を見て、とても面白い作品だったな…と感じた。原作のことはうろ覚えだったが、あったあった!こんな感じだった!とか思い出しながら、再現度を楽しむことができた。

 そして、パトリックが昼間にストレスをため、そのストレス解消のために夜、人が殺される様子が面白く感じられてしまった。ワルい笑いで味付けされた、コメディのような作品だと思った。

 表現はとてもマイルドだった。メイキングで監督が言っていたが、これは残酷さがテーマの映画じゃないので、表現はマイルドにしたとのこと。確かにこの方が、ショッキングな描写に圧倒されて気がつけなかった、作品の本質に迫れるのかもしれない。上手いなぁ。

 デリバリーのお姉さんを呼んで3Pが始まった時には、遂に問題のアレをやるのか…!と思って覚悟したが、結局そういうことは無かった。やろうとは思って準備している描写はあったが、視聴者の目の届かないところだからOK!という気軽さで見ていられた。

 ただこの記事によると、かの変態デイヴィッド・クローネンバーグが映画化を企んでいたようなので、この人主導で映画が作られていたら、けっこう違った作品になっていたと思う。容赦なくグロくなっていたかもしれないし、もっとわけがわからなくなっていたかもしれない。

m.zimbio.com

 原作は不思議な本だった。全体としてはパトリックのモノローグで構成されているのだが、日常生活と殺人シーンの章と、パトリックが好きな音楽について偏見で語る章が交互に掲載されていた。いきなり前の場面と関係ない音楽語りが始まるので、読みながら困惑したことを覚えている。

 そのホイットニー・ヒューストンやスティングなど、それぞれ1章を割いて語りまくっていたアーティストは、劇中の鬱陶しい語りや劇伴として、違和感なく楽しむことができた。音楽をシーンの中で聞きながら雰囲気を楽しめるのも、映画の良さだ。楽しい!

 でも、この映画のオチは今の私にはスカッとできなくて、物足りなく感じてしまった。物足りないどころじゃない。終わり方が気持ちよくないと思った。

オチが気に入らない

 このオチは確か、原作通りである。あまりにもあっけない終わり方に、読んでいてびっくりしたことを覚えている。変な話だが、そういう小説なんだと思って納得していた。しかし、原作通りだからといって、映画を見て納得はできない。

 原作本は、自分の中の殺人鬼ブームが終わった頃に売ってしまった。今の私には、原作へのこだわりがない。つまり、この記事の中の原作に関する記述はうろ覚えで書いている。その辺は要注意である。

 中学生のころ、『ブレードランナー』を見ろ!これを読め!といって親戚が『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を私に渡してきたことがあった。私は本を読み、満を持して映画を見たが、羊はどこにいった…?といって、ただ単にガッカリしたことがある。『ブレードランナー』の儚いエモさを、当時は全く理解できなかったのだ。原作本にこだわりすぎたせいで!

 当時の私は他にも『ハンニバル』や『梟の城』、『2001年宇宙の旅』の原作本を読んでから映画を見て、原作と違う!といって大なり小なりガッカリしていた。ほんとうに不毛なことである。

ハンニバル (字幕/吹替) (2001)

ハンニバル (字幕/吹替) (2001)

  • Ridley Scott
  • ホラー
  • ¥1019

 この頃に『アメリカン・サイコ』の映画を見ることができたら、けっこう満足できたのではないか。当時の私はただの原作厨だったので、そういう点では、この作品の映画化は悪くなかったと思う。

 ただ、今の私はそうは思わない。そのかわり、色々と考えてしまった。オチを変えてもいいじゃん。などと、一瞬考えてしまった。

どういう終わり方が良いのか

なぜこの終わり方なのか

 映画『アメリカン・サイコ』がこのオチに至る理由として、登場人物が頻繁に相手の名前を間違えるなどの、無関心さが原因であるといわれている。確かに、そういうシーンは多かった。

 また、相手の話を真剣に聞いていないシーンもある。パトリックがこんな気の利いた匂わせ発言をしても、ホステスは全然気にしない。一応冗談を言っているんだから、そういうリアクションをしてあげてほしい…と思ってしまう。

ホステス「お仕事は何をなさっているの?」
パトリック「僕は、えーと、殺人と処刑(murders and executions)がほとんどだ」
ホステス「お仕事はお好きなの?」
パトリック「まあ好きすぎるくらいだ なんで?」
ホステス「ええ、私達が知っている男性方はM&A(Mergers and Acquisitions)が実は嫌という方が多かったので」

 準備万端でポールを殺したは良いが、死体の処理のやり方はまあ雑だった。正面玄関には血の跡がはっきり残っていたし、死体を運んだのはタクシーのトランクで、その場面を知人やマンションの受付に見られていた。

 しかし誰も、パトリックの犯行に気がつけない。探偵があのウィレム・デフォーでも、周りの人たちのあいまいな記憶に阻まれ、パトリックの犯行を裏付けられない。そして、ポールの死も、ポールの部屋で行われた殺しも無かったことになった。あれは多分、妄想か幻覚だったんだよ。という終わり方だ。

 というか、登場人物たちは、警察に相談しない。パトリックも警察に自首することはないが、弁護士の知人には電話して、自分のすべての罪をまくし立てて留守電に残した。

 まわりに溶け込むこと(fit in)、つまりヤッピー達の中で目立たなく過ごすことは、世間体を保つことでもある。弁護士に相談することで、あわよくばこの状況を無かったことにできるかもしれないと思ったのではないか。

 ポールの親たちは世間体を気にして、ポールが失踪したことをまず探偵を雇って調べさせた。一応探偵は犯人に目星をつけたが、パトリックの親もまた世間体を気にして犯行をもみ消すほうに動いたんだと思えた。パトリックの妄想と幻覚は激しくなっていくが、多分ポールはちゃんと死んでいると私は思った。

パトリック「87年、ヒューイは最高アルバム『フォア』を発表 傑作「ヒップ・トゥー・ビー・スクウェア」は誰も歌詞を気にしないが、順応する生き方やトレンドの重要性だけでなく、バンドのあり方を歌っている」

 この映画のテーマは、表面だけの関係とか、世間で流行っている陽気なカルチャーと対照的な負の感情とか、そういうものに対する風刺だと聞いた。この胸糞悪いラストのほうが、ブラックコメディとして正しい終わり方なんだろうと私は考えた。

 それはそれとして、この映画の終わり方は私好みじゃない。

メンタルの弱さ

 じゃあどういう終わり方だと良いんだよ?『マニアック』(1980)*1みたいなオチが理想なんだろうか?ただの好みの問題だが、私は色々考えた。


Hip to be Square - American Psycho (3/12) Movie CLIP (2000) HD

 ポールが殺されるシーンでは、いろんな意味で笑ってしまった。この場面は何度見ても最高だ。ストレスがたまる!殺す!というプロセスがメッチャ分かりやすいので、スカッとするホラーとして楽しめる。

 世間ではポール役のジャレッド・レトはずいぶん嫌われているようである。*2今『トロン』第3作の制作に関わっていて、自分も出演するらしいジャレッド・レトがぶっ殺されるあのシーンを見ることで、アンチたちは怒りをなんとか鎮められるんだと思う。知らんけど。

 私が殺人鬼映画を色々見た経験からいうと、パトリックの動機は視聴者にも感情移入しやすく、他とはちょっと違う感じがした。

 この作品の下敷きになっている『サイコ』(1960)しかり、パトリックが大好きな『悪魔のいけにえ』(1974)しかり、異常な人間の異常さが明らかにされるような造りの映画と『アメリカン・サイコ』はちょっと違う。まあ、名刺とかレストランの予約とか、我々パンピーにとってはどうでも良いことでストレスを溜めているあたりは、馬鹿馬鹿しいとしか思えないのだが…。

 パトリックは多分、我々と同じ感覚を共有している人間であるという設定が大事なキャラクターなんだと思う。やつには、『ナチュラルボーン・キラーズ』(1994)のミッキーとマロリーみたいな、堂々たる開き直りっぷりやカリスマ性は全くない。ウジウジしてて、ストレスに弱い。メンタルが弱いのだ。

 生き方がエクストリームなだけで、日常生活でストレスをためたり、人には言えないストレス解消法があったり、自信を持つために四苦八苦する。そして、世間に溶け込むために、努力している。そういう性質が、この作品では強調されている。なので、こんな記事を読んで、やつのダメメンタルを他人事だと思ってる場合か?と私は考えてしまった。

theriver.jp

 そしてだんだん殺しのやり方が雑になり、もうだめだ!という不安の気持ちをぶっちゃけてしまうあたり、パトリックはやはり他の殺人鬼キャラとは違うと思える。殺人鬼界隈なら小者といえるだろう。そういう小者っぷりは、ホラー映画時空なら死亡フラグとして扱われるだろうと私は思った。

ホラー映画時空の因果応報

 ホラー映画の中には、ムカつく人間が死ぬ様子を見て喜ぶ私のようなボンクラを対象にした作品も多い。そういう映画の世界観を、ここではとりあえずホラー映画時空と呼ぶことにする。

 ホラー映画時空では、作品中にヘイト(=死亡フラグ)をためたキャラクターは、たまったヘイトに相応しい死に方をするべきであるとされ、視聴者はその因果応報な死亡シーンを見て喜ぶ。

 ホラー好きな友達とホラー映画鑑賞会をすると、開始直後から死亡フラグのチェックを始め「オイオイオイ」「あいつ死んだわ」なんて言いあいながら見ているのだが、そんなボンクラ視聴者たちの期待を裏切る映画は無かった。ホラー映画時空にある映画は、そういう視聴者の期待に対して真摯に向き合っているという話だ。

 ホラー映画時空に染まった脳みそでこんな期待をしてしまう私にとって、『アメリカン・サイコ』のオチはどうしても消化不良で胸糞悪いのである。分かってる。歪んだ目で見ているから満足できないんだとは、分かってるんだけどな…。

 ホラー映画時空なら死亡フラグになりうるパトリックの行動を思い出してみよう。

  • 人種や性別について差別発言をする
  • 勝手な理由で人を殺す
  • 横柄な態度をとる
  • サカっている
  • 意識高いっぽい発言をする
  • 何かと自慢する(うるさく喋る)
  • ドラッグをやる(ほしがる発言も含む)

 他にもあったかもしれないが、まあこんな感じでここがホラー映画時空なら、さぞむごい死に様を晒すだろうに…!と思わざるを得ない。ちなみに上2つくらいはホラーに限らず、タランティーノの映画でも制裁され率を上げる行動だ。

 わしらと同じ人間だから、終わらない日常生活が続いていって、ずっとストレスに苦しむってか?いやいやいや、気取りくさったヤッピーは死ぬべきだね!!ほら、自分でポールの部屋の壁にDIE YUPPIE SCUMとか書いてたじゃねぇか!あの自慢げな殺人匂わせ発言が、とにかく気に入らねえんだよわしは!

 私は勝手に、パトリックが『オーメン』のソーン産業の社長にあのノリですごく失礼なことを言ってしまい、悪魔パワーで無残に死ぬとかそういうクロスオーバーを妄想してしまう。他の映画とクロスオーバーしたら、こいつは多分死ぬぜ。そういう妄想でもするしかない。

 『ハンニバル』原作のラストはすごいと思った。パトリックはレクター博士を見習って、いっぺん刑務所にでも入って運命の女性との出会いを待った方が良いと思えたね。知らんけど!

80年代との付き合いかた

80年代が足りない

 ホラー映画ファンとしてはやっぱ、死んでくれと言いたい――。わしはこの作品の意図が理解できた気がしたが、やはり終わり方だけは気に入らなかった。

 あと、オリバー・ストーンの『ウォール街』(1987)*3を見て以来、「クロスワードパズルですか?手伝いましょうか?」とか言われているパトリックのことが気の毒で仕方なくなったりもしたのだが、やはり初見の時に感じたなんでやねん…?という気持ちは変わらない。

 そしてこの映画の気に入らないポイントは他にもある。80年代という時代の扱いである。

 パトリックの会話の中に、テッド・バンディとエド・ゲインという実在の先人達の名前が出てくる場面がある。しかし、パトリック以外、誰も彼らのことを知らない。90年代には有名人だったんだけどなぁ。この映画は80年代末が舞台だから、まだよっぽどの好事家以外は知らないのかもしれないと思った。

 シリアルキラーがブームってさあ、90年代おかしくね?今となっては、そういう気がしてくる場面である。

友人「エド・ゲインって誰だ?」
パトリック「50年代のシリアルキラーだ エド・ゲインが言うには、通りの向こうから美人が歩いてきたら、自分は2つのことを考える 1つ目は、彼女を連れて帰って、話をして、素敵な人間として彼女をもてなしたいということ」
友人「2つ目は?」
パトリック「彼女の頭を棒に刺してみたら、どう見えるかってことだ!」

 そこは良かった。しかし、10年代の80年代ブームに乗っかって80年代成分を生きる糧にしてきた現在の私にとって、この映画の80年代感は物足りなかった。なんだろう。髪型とか…クラブの内装とかなのか…。80年代風のクセの強さが足りない。

 これは暴論だが、今振り返ってみれば80年代は、暑苦しいほどエモーショナルなカルチャーが流行った時代だったと思う。その反動で90年代には、情緒的に落ち着いたクールなものが流行ったのではないか。

 シリアルキラーは相手の感情を丸無視し、平然と人を転がしておいて良心の呵責もない。そして人智を超えた動機を持っている…そんな様子が、究極的にクールだと見られていたのではないか。と『ヒッチャー』(1984*4を見ていて思った。知らんけど。

80年代はダサかった

 で、問題は、映画『アメリカン・サイコ』が公開された2000年頃には、80年代はダサいという価値観があったことだ。30年前の流行はリバイバルするが、20年前の流行は常にダサいのである。それが理由で、80年代らしさの描写がちょっとマイルドになっているのかもしれないと思ってしまった。

 80年代の物質社会への風刺とはいうが、80年代らしさがもの足りない。私は映画を見るとき、画面の雰囲気から制作年代と作品の時代設定を当てる趣味があるのだが、この映画はなかなか時代設定が分からなかった。映画化の際に、80年代という設定が無くなったのかとてっきり思ってしまった。

 しかし、それが悪いことなのかは分からない。個人的にはそう思ったってだけで、作品の意図としては表面的な付き合いや無関心を風刺しているわけなので、80年代に限らず普遍的なテーマだと思う。80年代にそこまでこだわる必要は無かったのではないか。

 今となっては80年代のロックは大好物だが、原作を読んでいた当時の私は、実際にこの音楽を聴いてみようとは思わなかった。ゼロ年代当時の私は、プログレ四天王*5のデジタルリマスターCDが紙ジャケで発売されるのを楽しみに待っていたり、マリリン・マンソンの大ファンだったりした。80年代の音楽はとにかくダサいとしか思えなかったのだ。

 ゼロ年代のころの私は、80年代のファッションや音楽に対する恥ずかしさを猛烈に感じていた。アルトサックスの音が聞こえてくると、うわダッサ!!とか言っていた。ものすごい嫌悪感だったことを覚えている。

 映画『アメリカン・サイコ』は要所要所に、80年代の明るい音楽が流れている。現在の私は80's vibes!groovie!とかいって喜んでいるが、公開当時に聞いていたらうっわダサ!!などと思ったに違いない。勝手なもんである。

前の時代との付き合い方

 アーノルド・シュワルツェネッガーの『ラスト・アクション・ヒーロー』(1993)は、シュワちゃん本人が自分の過去の出演作品…つまり脳筋アクション映画のセルフパロディをやった映画だ。こんな感じで、ある程度様式が完成されてきたジャンルの、あるあるネタで作られたパロディ作品がある。

 ホラーなら『スクリーム』(1999)とか『キャビン』(2013)みたいなやつのことだ。今の日本のラノベ界隈でいうなら、なろう系異世界転生小説のパロディのような作品だろう。

 こういうパロディには前の時代を総括し、あるある!で笑った後、そこを乗り越えて新しい表現を切り開くんだぜ的なポジティブな意図がありそうなのだが、『アメリカン・サイコ』原作も、時期的には同じ意図がありそうだと思っている。80年代のトレンディな生き方のパロディを作ることで、前の時代の良くないところを笑うことができる。多分そうなんだと思う。

 この時代の感覚が、とても難しいと思った。どういう感覚でこの映画の時代を見るべきなのか?映画が公開されたゼロ年代の感覚で見るべきなのか?原作が書かれた90年代初頭の感覚で見るべきなのか?

 個人的には80年代みが足りなくて残念なんだけど、ここまで書いてみたら、まあ80年代に寄せすぎるのも難しかったんだろうし、その必要も無かったって思うことはできた。なんでも文章にしてみるものである。

さいごに

 私はヴェイパーウェイブから80年代風のカルチャーにはまり、80年代の空気に憧れていた。しかし過去形である。

 去年の12月に急に、気が変わってきた。殺人鬼とプロファイリング、シャカついた音楽、そして変なテキスタイルのファッションが流行っていた90年代の雰囲気に興味が出てきたのだ。20年代になったから、そういう空気に自然に変わったのかもしれない。どんだけ過去に生きてんだよ。
 なのである意味、この別のリバイバルブームにハマりつつある移行期間みたいな時期に、この映画を見れて良かったと思った。あの頃とは違う価値感を感じられるのは、まあ私も30年くらいの期間を、ぼんやり生きてこれたからなんだなぁと思うことにした。

 あと、死亡フラグが回収されなくて辛くなっても、普通の人が見る映画の世界の法則は違うのよ…と思えるようになりたいと思った。

おまけ

 あと、どうでもよい話を。

 パトリックがデリバリーのお姉さんを呼ぶシーンで、もともと下がっていた好感度が爆下がりした、というレビューを読んだ。気持ちは分かる。ここで株価もストップ安って感じだ。原作ではこのあと確か、ブロンドではない女が来てがっかりしたが、オッパイがでかいのを見たらどうでも良くなったという記述があったと思う。どうでもよいが、この記述はとても印象に残ったよね…。

 まあ、こんな話はパブリックの場でするような話ではないし、それを垣間見たらガッカリしてしまうのは仕方ないんじゃよ。しかし、前の職場の先輩(女性)がおっしゃっていたこんな話がある。

 "東京に転勤したZさんがね、こないだ帰って来たとき言ってたんよ。「オレ、その日は暇で、デリヘル呼ぼうと思って電話したんす。かわいい女の子1人お願いします!って元気よく言ったあとで、オレ、デリヘルと間違えて取引先の人に電話かけてたって分かったんすよ!ガハハ!」なんて、頼んでもないのに言ってきたんよ。サイテーよ。"

 Zさんのこの話に比べりゃ全然マシだよ!なんてことを思い出してしまいました。以上です!

*1:『マニアック』は殺人鬼が主役で、90年代のシリアルキラーブームを先取りした作品なんだと思う。リメイクも作られているし、多分そうだと思っている。

 『マニアック』に登場する殺人鬼の動機は、まあ普通に異常である。いやまあ、頭がおかしいという意味である。そんな殺人鬼の異常なモノローグを聞きながら、無辜の女性たちが殺され、頭の皮だけが持ち帰られるところを視聴者は見ていくのだが、殺人鬼は最後に警官に撃たれて死ぬ。自業自得である。なのでそこまで後味は悪くない。

*2:この記事を見ると、コメント欄にそういう書き込みがある。トロンファン達のブログでは、もっと嫌がられている様子が見られる。上の動画のコメント欄にも、そういう嫌われっぷりが垣間見える

www.polygon.com

*3:ウォール街』は80年代のみならず、映画の中のメンズファッションを語る上でも欠かせない作品として『アメリカン・サイコ』と並んで紹介されることが多い。こういう記事の中では、パトリックはゴードン・ゲッコーと互角に戦える。

www.esquire.com

*4:ヒッチャー』も、後年にリメイクが作られた殺人鬼映画だ。この映画のルトガー・ハウアーはヒッチハイカーを装い、次々と人を殺す。

 殺人鬼は主人公を巻き込んで悪逆非道の限りを尽すのだが、その動機はなんと、死にたいからである。日本でもゼロ年代以降に問題になった、死にたいから殺すヤツだったのだ。最悪だ。でも最後には撃たれて死ぬ。

*5:要するに70年代のロック

BLセッションをするときは、必ずプレイヤーの地雷についてリサーチするんやで。せんかったら死ぬで。(ブログ主からのメッセージ)