Cobolerの実験場

書きたくなった文章を置きに来る場所

Synthwaveのアルバムアートに出てくる車を特定する

お陰様で私もクルマが描けるようになった

はじめに

 皆様はシンセウェーブ(Synthwave)を知っているだろうか。簡単に説明すると、最近作られた80年代風のシンセサイザーっぽい音楽のことである。

 私は数年前にシンセウェーブを何となく聞き始めてから、気がついたことがある。シンセウェーブのアルバムアートは、自動車モチーフが多いのだ。そんなことに、今年1月になってからやっと関心を持った。そして、よく出てくる車種を特定したら楽しいんじゃないかと思った。

 シンセウェーブについてはこの記事に詳しく書いてあるので、まずはご一読いただきたい。今回の記事は、ここで書かれているような内容はもう分かっている前提で進めていくのだが、記事のタイトル通り旧車の話をするだけなので読まなくても大丈夫だと思う。

www.snrec.jp

この記事のスタンス、おことわり

 今回の記事は、そんなシンセウェーブ界隈を観察し、自動車モチーフなアルバムアートを見つけては車種を特定し続けた自由研究の中間報告である。筆者はいちおうゴールド免許を持って毎日車通勤している身分ではあるが、クルマ趣味については完全に初心者である。なので、間違っているところがあったら記事のコメント欄にでも書き込んでほしい。

 調査の手順は以下の通りである。

  1. "Synthwave"タグと"Outrun"タグでBandcampを閲覧する
  2. 自動車が出てくるアルバムアートを見つけたら、リンク先を作業場所にメモ(一応中身も聴くし、気に入ったら買う)
  3. 画像検索等を使用し、車種を特定できるなら特定する
  • 2回同じ車種を見つけられたら「界隈でちょっと人気ある車」と認定

 "Outrun"については後述するが、"Synthwave"のほぼ同義語として使われているタグである。最近シンセウェーブが人気なせいで"Synthwave"タグはごちゃごちゃしてきたが、"Outrun"のほうは界隈のドレスコードの中でも特に車モチーフにこだわっている人が多い印象がある。

 とりあえずこの車モチーフのアルバムアートという調査対象は、求めて探すことができない。何か効率の良い方法があったのかもしれないが、漠然と界隈を眺めることでしかトレンドは分からないから仕方ないと思っていた。それはまるで、何か活きのいい旧車が走ってないかナ…!?とワクワクしながら公道に出ていくような、接近遭遇できるか運次第な状態だった。

 具体的にいうと、『クリスティーン』(1983)の1958年型プリマス フューリーは絶対に居るはずなので、必ず見つけ出す!と思って当初から探してはいた。しかし車種の名前でタグが設定されていたりするわけではないので、取っ掛かりが無い。偶然に探し出せるまでは数ヶ月かかった。1つだけでも見つかって良かった。そんな感じだ。*1

 こんなん絶対自慢できるような手法じゃないよ!!!!ってことはよく分かっているのだが、効率の良い調査方法あります的なアドバイスはもう必要ないのでよろしくお願いいたします。何かスクリプト組む方法とかあったんじゃないのと12月になってからやっと気が付いたが、もう報告書を上げて年末でいったん終わりにしたいと思えたんじゃ!

 とりあえず、Bandcampのジャンル別閲覧ページの表示アルゴリズムがどうなっているのか、今でもよく分からない。見る時々によって、界隈で人気の車種はちょっとずつ違っている。それでも半年くらい見続けたので、定番の人気車種くらいは確実に分かってきた。そういうユルい観察を半年以上1年未満続けた結果がこの記事という程度のものなので、へーくらいに思ってご覧いただけたらと思う。

定番人気車種

 まずはアルバムアートに登場するド定番人気4車種の話をする。肌感覚として、こいつらが四天王ってことで良いと思った。

 これらの車について背景をまとめていったところ、サンレコの記事には書かれていないシンセウェーブ界隈のトレンドの話を深掘りすることができた感じがする。

フェラーリ テスタロッサとF40

 テスタロッサはものすごい頻度で界隈のアルバムアートに登場する。そして、F40も負けじと存在感を主張している。紹介するとしたらこの2つはセットだと思ったので、1段落としてまとめて背景などを書いていく。

 上記のサンレコの記事にあるように、2011年にカンヌ映画祭で監督賞を受賞した映画『ドライヴ』でシンセウェーブ系アーティストの楽曲が使用されたことで、このジャンルは脚光を浴びることになった。映画自体はライアン・ゴスリングがハンマーで悪漢を殴打する場面が有名だが、そんな主人公の不器用な生き様などの80年代の映画っぽさを醸し出すため、シンセウェーブが効果的に使われたってことらしい。

 『ドライヴ』のサントラに参加した中で特に重要だと私が思っているアーティストが、Kavinskyさんである。2013年発表の『Outrun』のアルバムアートを見れば、その注目に値する理由もよく分かると思う。

Outrun

Outrun

  • カヴィンスキー
  • エレクトロニック
  • ¥1935

 iTunesのサムネイル画像では分かりづらいが、要するにここで赤いテスタロッサがアルバムアートに登場する。このアルバムを購入するとデジタルブックレットのPDFが付いてくるので、そこで拡大してガン見してほしい。私もガン見した。このアルバムも今年発売された新作も、Bandcampでは売られていないのが残念である。

 ここで、アウトランOutrun)というキーワードが出現する。アウトランという言葉自体は現在、シンセウェーブとほぼ同じ意味内容を表すことばとして、ジャンルを表すタグとして使われている。

 それはもう、単語が独り歩きを始めていると言っても良いレベルだと思う。実際私も当初この言葉がまさか日本製のゲーム*2に由来しているとか、そのゲームに登場するのがオープンタイプのテスタロッサだということも知らなかった。そんな経緯を全く知らなくても、このジャンルの音楽を楽しむことはできてしまうからだ。

シンセウェーブ。1980年代のシンセサイザー音楽、テレビ番組、ビデオゲームに影響を受けたジャンルで、主にシンセサイザーを使ったAORフュージョン的なウワモノと、ミュンヘンサウンド/イタロディスコビートが合わさったサウンド。ゲーム「Out Run」や深夜放送のBGM系テレビ番組の映像の影響も強く、自動車、夜景、ヤシの木、カクテル、ネオン、格子柄で強調された遠近法、サイバーパンクといった要素が頻出する。Vaporwaveと参照先が似ていながらも区別されている一大ジャンルであり、この違いを認識することは2010年代のネット音楽シーンの理解に重要である。

『新蒸気波要点ガイド(ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019)』80ページ

*3

 ではどれほど『アウトラン』の音楽がシンセウェーブに影響を与えているかというと、実はそこまでではないのかも…と個人的には思った。たしかにシンセウェーブ勢の間でカバー曲を作っている人もいる。*4しかし『アウトラン』のサントラ自体は、T-SQUAREみたいなフュージョン系の楽曲である。それはそれで当世風なんだが、音楽としては現在主流のシンセウェーブ的ではないような気がする。

https://segacity.tumblr.com/post/181909287739/crashing-hard-from-the-arcade-version-of

tmblr.co

 いや、そうでもない。上で引用した文章では映像の影響のほうが大きいように書いてあるし、確かに視覚的なところのほうが界隈にものすごい影響を与えているようには思える。このゴキゲンなビジュアル!デフォルメされたテスタロッサがかわいい!昔のレーシングゲームってこんなんだったの!?ってびっくりしちゃうけど、確かにシンセウェーブってこういうノリではあるな!とか考え、私は混乱した。しかし、『ドライヴ』でも使用されたKavinskyさんの代表曲「Nightcall」とアウトランのサントラのこの曲を聞き比べてみると…

 あ!!!!!!似てる~~~~~~~!!!!

 これに気が付いたとき、私はめちゃくちゃ興奮した。テスタロッサは、ほかにもドラマ『マイアミ・バイス』(1984~1989)にも登場したりする80年代キッズ憧れのスーパーカーである。そして、F40は『アウトラン』の後継機『ターボアウトラン』(1989)の主人公機なので、この2つはアウトランを名乗るシンセウェーブ作品のアルバムアートに出るべくして出てくるわけだ。

 あと『ビバリーヒルズ・コップ2』(1987)でエディ・マーフィーがコロがしていたフェラーリ328も見た記憶があるが、テスタロッサなんかに比べるとフェラーリの他の車種はかなり少ない。

ランボルギーニ カウンタック

 カウンタック。未来から来たとしか思えないビジュアルを持つスーパーカーである。

 そんなカウンタックは、上記のサンレコの記事にも登場した超80年代バイオレンス・アクション・ナチスプロイテーション短編映画『カン・フューリー』(2015)*5の主人公カン・フューリーの愛車である。

 この作品は約20分の短編映画で、公式が全編をYouTubeで公開している。日本語の字幕もあるし来年は続編も公開されるらしいので、ぜひ見てほしい。面白いからでもあるが、上で引用したようなシンセウェーブの視覚的な特徴をほぼ完全に網羅しているので、見れば多分この界隈の理解が捗るからだ。もちろん劇伴は悪ノリ感あふれるシンセウェーブである。

 『カン・フューリー』のテーマ曲は、ドラマ『ナイトライダー』(1982~1986)のデビッド・ハッセルホフが歌っている。ホフは本編にもカウンタックに搭載されたHOFF 9000というコンピューターの役で出演している。そのため当たり前のようにMVにもカウンタックが登場し、ホフが中から出てきてカッコよく歌ったりする。ところでカン・フューリーのこのビジュアル、前述したKavinskyさんのアルバムアートに出てくる男に絶妙に似ているな。今気が付いた。

 この映像の、このバカバカしさ。開脚をキメる場面はジャン=クロード・ヴァン・ダムのいわゆるヴァンダミングアクションのパロディなのだが、ほんと素晴らしいと思う。80年代風にカッコつけすぎているのが、まあダサい。しかしそのダサさがクセになってきて、一周回ってカッコイイと思えてくるような作品の世界観に、カウンタックのアホほどかっこいいビジュアルがマッチしているとしか言いようがない。

 そして、このバカバカしいくらい過剰な80年代趣味(80's Aesthetic)の世界が重要である。私も最初はネタとしてシンセウェーブを聴き始めたのだが、気が付いたらそのエモーショナルすぎる80年代趣味のとりこになっていた。この、ネタとして見始めるという敷居の低さが重要なんだろう。

 それはそれとして、カウンタックもまた80年代キッズ憧れのスーパーカーである。レトロフューチャリズム志向だったり、憧れ重点でドリーミーな世界観だったりするシンセウェーブ作品のアルバムアートを飾るには、ぴったりなクルマといえる。実際、テスタロッサの次くらいに多く見かけるとおもう。

 カウンタックがアルバムアートに出てくる作品の中で、個人的に一番おすすめなのがこれだ。この作品はシングル曲のPVがBandcampでも見られるようになっているのだが、情報量が多すぎて私もカルチャーショックを受けたので紹介しておく。話が脱線するので紹介するにとどめておくが、なんかこう…実際こういう界隈なんだよな。

 このアルバムは、レトロフューチャーというよりは、ノスタルジーに寄り添っている感じがする。架空のFM局の放送を聴いているようなこのアルバムの趣向は、カーステレオで聴くにもずいぶんテンションが上がってとても良いです。

DMC デロリアン

 ご存知のように、デロリアンはタイムマシンである。『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(1989)に登場したときには、主人公を2015年の世界に連れて行った。2010年代と80年代を繋ぐクルマなんだから、シンセウェーブ界隈でちやほやされない筈はない。もう象徴的な存在と言ってもいいだろう。

 ドノーマルのデロリアンもよく見かけるが、タイムマシン仕様も多い。まずはこちらをご覧いただきたい。

 ドキッ!スーパーカーだらけのドライブイン!!いちばん左は多分『処刑ライダー』(1986)*6にも出てきたコンセプトカー、ダッジM4Sだと思う。その隣はテスタロッサと『ナイトライダー』のナイト2000である。ナイト2000とそのベース車になったトランザムも「界隈でちょっと人気ある車」だと思う。

 この絵のドライブイン自体も『処刑ライダー』に出てきたハンバーガーショップっぽい形状をしており、ローラースケートを履いたウェイトレスが注文を取りに来てくれるとこまで描きこまれていて、芸が細かい。絵に描くだけならどんな夢でも叶うという力強いメッセージを感じる。

 次はこちら。

 『ゴースト・ハンターズ』(1986)のジャック(カート・ラッセル)が、タイムマシンのデロリアンに乗り込もうとしている。このあと振り返って「俺が朝までに戻らなかったら、大統領を呼んでくれ」とか言うかもしれん。激アツじゃん…!

 このアルバムは"In Search of Tomorrow -'80s Sci-Fi Documentary"*7というドキュメンタリー映画のサントラだが、この映画のプロモーションビデオには『ゴースト・ハンターズ』は出ていなかった。それで良いのかという気はするが、本編が見られないので確認ができていない。

 実際にジャックなのかどうなのかは分からないが、ここでジョン・カーペンター監督作品のキャラクターが登場する必要はあるのかもしれない。サンレコの記事にもあるとおり、ジョン・カーペンターはシンセウェーブのルーツにあたる音楽を作り出したアーティストの一人でもあるからだ。

 話は逸れるがそんなジョン・カーペンターも、自身の過去の映画音楽を集めてリメイクしたベスト盤にシンセウェーブのタグをつけてBandcampで販売していたりする。これはすごいことなのではないか。シングルカットされた『クリスティーン』(1983)のテーマ曲には新しいMVが作られ、このように映画版だけの名場面の再現から始まる。これ、すごくいい。

界隈でちょっと人気ある車

 同じ車種を2度見かけたら「界隈でちょっと人気ある車」に認定するってことで、そういう車をこの段落では紹介する。*8

ダッジ チャージャー

 ここまで見てきたように、シンセウェーブ界隈のドレスコードは80年代的なグラフィックである。なので80年代の車がメインであり、さらに80年代に旧車として走っていた車も全然アリなんだと分かってくる。

 その旧車系アルバムアートの中でいちばんよく見かける気がするのが、いわゆるマッスルカー*9と呼ばれる車のひとつ、チャージャーだ。マッスルカーということばが生まれたのは80年代あたりとのことで、そういう意味でも80年代的なモチーフとしてアルバムアートに選ばれているんだろうと思った。

 チャージャーは『ワイルド・スピード』(2001)でヴィン・ディーゼルが乗っているイメージが強いが、ワイスピが始まる前から普通に大人気の車だろということで、シンセウェーブ界隈でもよく見かける。年式は色々だが、この車の真価はテールランプがやたらカッコいいことにこそあるような気がしてくる。

 このシンプルな線形の、クールなこと。最近こういう線形のテールランプが流行っているので、古さを感じさせないばかりか最先端なビジュアルともいえる。マッスルカーだからとかどうでもいい。夜に見栄えがすることこそ、シンセウェーブ界におけるアドバンテージなのかもしれない気がする。

 そういう事情もあり、この特徴的なテールランプが光っている以外の形状が分かりづらい絵も多く、車種の特定には時間がかかった。このアルバムアートは例によってワイスピ第1作で色々あって最後に全壊していた1969年型だと思う。

フォード マスタング

 名探偵コナンの人気キャラクターが乗っているってんで最近注目されているかもしれない車、マスタング。こちらもマッスルカーとして人気の車種なので、この界隈でももちろんけっこう見かける。

 これは私も購入したアルバムなのだが、たぶん1965年型だと思う。このアルバムアートは拡大すると、奥に白いカウンタックが路駐していることが分かる。旧車のロマンをひしひしと感じる。

 『60セカンズ』(2000)でニコラス・ケイジが盗んで走り出したり、『ワイルド・スピード3 TOKYO DRIFT』(2006)でシルビアのエンジンが入れられたのは1967年型。スティーブ・マックィーンの『ブリット』(1968)に出てきたのは1968年型。この辺も見る機会がありそうなので、60年代のマスタングのことは細かいところまで覚えて損はないと思った。

アルファロメオ カラボ

 このカクカクした不思議な形状のカラボという車は1968年発表のコンセプトカーだが、こいつも人気者である。これなんかが面白い。

 カラボがパトカーに追われている。サイバーパンク西部警察って感じである。というか、いちいちタイトルに日本語訳が書いてあることに私もびっくりしたが、シンセウェーブ界隈では日本語併記のデザイン自体は特に珍しくない。サイバーパンク世界では日本の存在感がかなり大きめなので、こういうこともあるんだろうとは思った。しかし日本のパトカーが出てくるってすごいな。レトロフューチャーなのか過去なのか未来なのか判然としないが、良いな。

日産 フェアレディZダットサン 240Z)

 最近、界隈にちょっと変化が起こってきた気がするというか、意外なことが分かってきた。日本車モチーフのアルバムアートもあるっちゃあることだ。

 私がこの自由研究を始めるきっかけになったアルバムが、これである。見覚えがあるこのオーバーフェンダー。いわゆるいちばん初期型のフェアレディZ(240Z)にしか見えない車が出てきたのである。

 文字通り自分の目を疑ったので、弟にも確認してもらったが、これは湾岸ミッドナイトを意識してやってるでしょ!という結論に至った。

 このアルバムアートはリリース時点から1回リニューアルされて2代目なのだが、先代の全体的に紫色っぽいアルバムアートもCDのパッケージ画像として残っている。先代のアルバムアートに描かれていたのも、ダットサン車だった。その辺の事情はよく分からないが、とりあえずこのアルバムはリリース直後くらいの2年前に買ってコレクションに追加していたもので、私はアルバムアートを全く意識せずに中身を気に入って買っていた。コメント欄に長々と書いてるとおり、このアルバムは全体的に80年代の映画のオープニング曲みたいでかなり良いです。

 このアルバムのCDを発売したRetrowave Touch Records*10は拠点がモスクワで、アルバムの作者はクロアチア人である。要するに、東側で生まれたシンセウェーブということになる。で、このアルバムアートの作者はイタリア在住っぽいとこまでは調べた。*11シンセウェーブ世界はだいたいハリウッド映画みたいなもんだと思っていたが、話がだんだんグローバルになってきた。とりあえず世界中でシンセウェーブという共通の世界観設定を持ち、作品が作られていることは分かる。

 ちょっと話が脱線するが、ついでに調べたことも書いておく。この240Zがとにかく相当な人気者で、他ジャンルのアルバムアートにもよく出てくると分かってきたからだ。シンセウェーブ界隈はもちろん、シンセウェーブと似たようなジャンルとして雑に一緒にされる場合があるヴェイパーウェイヴ(Vaporwave)界隈でも見かける。たとえばこれ。

 ヴェイパーウェイヴ界隈の最大手レーベルbusiness casualから今年の7月にカセットテープがリリースされたこのアルバム*12、11月に別のレーベルからデラックス版が早くもリイシューされている。それってのがどういうことなのか意味はよく分からないが、普通にこの車が人気だからアルバムアートにも出てくるんだろうと最初は思っていた。しかし、このアルバムに収録されていた曲のMVを探して見たところ、尻子玉が抜けるかと思うほどの衝撃があった。これもまた湾岸ミッドナイトだった。

 このアルバムアートのように、240Zと同じくらいの年代やもっと古いクルマにステッカーを貼ったり、カリカリにチューンするなどしたゾク車のイラストが、Pinterestを見ているとけっこう見つかる。なのでこのアルバムアートも、そういう絵の影響下にあったりするのだろう。しかし実際どうなのかは知らないが、やはり湾岸ミッドナイト知名度的な何かもこの車の人気に影響しているのかもしれんと思えてくる。ゲーム版以外はろくに翻訳されていないらしいため、"悪魔のZ"という名前と設定だけ有名なのかもしれん。

 このアルバム自体のジャンルはヴェイパーウェイヴの中でもフューチャーファンク(future funk)と呼ばれる様式である。聴いてわかるようにヴェイパーウェイヴ系の音楽はサンプリングした原曲をふわふわにして作られているため、シンセウェーブとは印象が全く違う。しかしミレニアル世代をとりこにしている点については、だいたい似たような現象であるように私は思う。*13人間が幼少のころに大好きだったクルマは、この界隈に限らずアルバムアートになりやすかったりするのだろう。

ヴェイパーウェイヴ。2010年頃からインターネット上で良まれた音楽ジャンル。主に1980年代のAORスムースジャズ、ミューザックといったジャンルの音楽をサンプリングし加工(スクリュー、ループ、ピッチ変更)させたもの。商業的音楽を解体することで資本主義や消費主義への皮肉を表していると言われるが、同時に在りし日を懐かしむ郷愁的ムードを持ち、SABPMの現代版としても機能している。

『新蒸気波要点ガイド(ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019)』81ページ

 

 ところでヴェイパーウェイヴではニンテンドー64っぽいローポリなCGや80~90年代のアニメ、アナログテレビの映像のキャプチャなどがドレスコードとされているので、こちらを観察しているとシンセウェーブ界隈とはよく見かける車種が変わってくる。しかし、シンセウェーブ以上の沼というか無法地帯が待っているため、これなんか特にそっとしておいたほうが良いんだろうと思った。aestheticで良いかんじだし何度もリイシューされてるけどこれ、合法なんだよな…?

これから流行りそうな車

 ここから先は、私の想像の話が多くなる。私はこの界隈のROM専というか聴く専門のニュービーなので、作り手側の気持ちの予想はあまり上手にはできないはずだからだ。なので、今まで以上に〈独自研究〉くらいに思って見てほしい。いや本当に。

この記事で紹介した車、だいたい「トミカプレミアム」とか「トミカアンリミテッド」になってるので、おもちゃ売り場ですぐ買えます

頭文字D』登場車

 私が今後シンセウェーブ界隈で流行ると思ったのが、『頭文字D』に登場する80年代に生産された車だ。

 それを考えるきっかけになったのが、FCという通称で呼ばれるRX-7である。

 この車が『カン・フューリー』のサントラを手掛けたMitch Murderさんの2021年発表のアルバムに登場したことで、え!?シンセウェーブのアルバムアートにもFC出して良いの!?みたいな衝撃を界隈にあたえたと思う。多分。知らんけど私はめっちゃ驚いたし、ジャケ買いした。

 これも弟に確認してもらったが、FCはテールランプの形状が前期と後期で違っている車だけどこれは前期!『頭文字D』とか『湾岸ミッドナイト』に出てきたのは後期!って感じで正解だった。嬉しい。

 日常系というか、chillなシンセウェーブである。今までに紹介してきたアルバムアートは、界隈のドレスコードの中でもいちばん重要っぽいとされる紺とピンクのグラデーションを基調にしたものばかりだったが、この作品は意図的にそこを外して作られていることも分かる。大御所だからこその自由さだな。そして絵としての良さもさることながら、この車のナンバープレートを拡大してみると、"群馬"とか"DRIFT"という単語が読めるのが画期的だ。この絵を発注した人か絵の作者は、99%以上の確率で頭文字Dを意識していると判断するには十分な根拠だよな!!*14

 そんな余波が来たからなのかは分からないが、界隈の超人気イラストレーター・mizucatさん*15が描いたFC*16も登場した。私は同じ車種を2度見ることができたら「界隈でちょっと人気ある車」と定義することにしたが、つまりこの時点でFCはちょっと人気ある車と認定せざるを得なかった。

 これはまあ、今後『頭文字D』の車が流行る予兆とみて良いのではないだろうか。なんせMitch Murderさんの今年発表したアルバムには、遂にAE86が登場したからである。しかも例によってmizucatさんの絵で。

 ヘッドライトの形状は違うが、色は間違いなく秋名のパンダトレノ様と同じである。私はこの調査を始めてからアルバムアートの車種に異常に注目し、ついでに作品のコメント欄もいちおうチェックしていたが、コメントで車種に言及していた作品はこれ以外に見たことが無い。それくらいこのハチロクは衝撃的だったということだろう。

 ここから先は、完全に私の妄想である。

 『頭文字D』は90年代の作品であって、80年代ではないんよ。音楽的にはユーロビートの象徴みたいな存在だし、この作品に出てくるクルマは80年代に製造されたものも多いけど、それをアルバムアートに使ったらシンセウェーブのドレスコードに違反するような気がするんよ!というような葛藤が、多分あったのだろう。しかし最近、大御所が先導する形で、その暗黙の了解を破ってFCとハチロクを出してきたように見えるわけである。実際ハチロクは増えたような気がする。

 ちなみに頭文字Dに数多くの楽曲を提供してきたデイヴ・ロジャースのBandcampページでは、もちろん気軽にハチロクと会うことができる。どこで撮ってんだこれ。

 FCとハチロクが出てきたら、次に出てくるのはおそらくスカイラインBNR32)だろう。このR32が登場したのは1989年だと湾岸ミッドナイト』で読んだ。なので、かろうじてドレスコードには違反していないこのR32が、シンセウェーブ界隈に堂々とたくさん出てくるかもしれないと思った。

 これなんかは、GT-Rの話がしたくてもできないもどかしさを感じるアルバムアートだと思った。そこはかとなく遠慮しているような感じがするが、タイトルとか右ハンドルな絵からして、たぶんそうなんだろうなと思える。

 なんか日本車は出しづらいっぽいのではないか。テールランプの形状が◎◎な車ってF40のことでしょ?という先入観が私の中では完成してしまっているが、そんな界隈にもうR32くらいなら出しても良さそうだぜ!という空気感が浸透するかもしれないと思えた。いや本当に知らんけど、そうなるんじゃないかな?と思った。

 あとは、2020年代に入ったらレトロブームのトレンドも90年代に徐々にシフトしていくかもしれないってことで、90年代のゲームっぽいビジュアルの絵とかがシンセウェーブ界隈でも流行るかもしれないですねとか思った。

 実際どうなるかは知らん。しかしこの記事もいい加減に公開しておきたいと思ったので、憶測は憶測のまんま公開しておこうと思った。*17

20221231追記

弟から「これはスカイラインというよりは外車だと思う」と指摘がありました!英国は左側通行で右ハンドルなので、そうではないかと!言われてみりゃあ納得すぎます!そういえばルームミラーにもなんか違和感がありますね!!タイトルの引っ掛けパワーがすごすぎて完全に騙された気持ちです!!!弟ありがとうございました

感想

 車が出てくるアルバムアートを見つけて車種を特定するのが最初は楽しかったが、最近はだんだん苦痛になってきた。確かにこの記事で定番人気車種と認定した車はたくさん出てくる。しかしそれ以外の車種が特定できた!と思ったらなんか違う~!というガッカリなことが何度もあり、楽しさは義務感に、義務感は嫌気に変わっていった。なので、もう作業はいったんやめようと思った。シンセウェーブのことを嫌いになりたくはないので…。

 この記事を書くために色々と車について調べた結果、Bandcampへの課金額はうなぎ登りになった。ということはなかった。日本円で毎月の課金上限額を決めていたので、円安のあおりを受けて逆に買うことができたアルバムの数は減った。まことに苦しい。ウィッシュリストの中身が全然減らなくなったので、早くどうにかなってほしい。

 あと『処刑ライダー』と『クリスティーン』について。これはたくさん語らなければならないと思ったので、次に書く予定の映画の記事でレビューとか考察を載せる予定である。期待せずに来年まで待ってやってな。

*1:この後姿は間違いなくクリスティーン!ガイコツは元オーナーの亡霊かな!?と思える良いデザインだが、遠目には車がいることもなかなか分からない。

meteormusic.bandcamp.com

*2:ニコニコ大百科の記事が分かりやすい。ここから動画を見ていけば、「俺はこれで運転を覚えた」とかいった当時を知る人のコメントを見たりできて面白い。

dic.nicovideo.jp

*3:この本は中のデザインも凝っていて、見ているだけで楽しいのにディスクガイドにもなっているので本当に最高だと思う。ピアッツァのことはこの本で知った。

*4:これとか好き。
OutRun - Splash Wave (BARx Cover) - YouTube

*5:この作品はレーティング指定があるので、引用してもサムネイル画像は表示されない。なのでタイトルだけのリンクにした。
KUNG FURY Official Movie [HD] - YouTube

*6:このダッジM4Sがものすごく奇妙な車として登場するので、何というかぜひ見てください。
【チャーリー・シーン主演】処刑ライダー | | 宅配DVDレンタルのTSUTAYA DISCAS

*7:キックスターターのページはこちら。公式サイトがブラウザで表示されないので…。https://www.kickstarter.com/projects/creatorvc/in-search-of-tomorrow-80s-sci-fi-documentary

*8:車ではないが、『AKIRA』(漫画は1982~1990、映画は1988)の金田バイクも「界隈でちょっと人気ある車」だと思った。金田じゃない人が乗って、よく出てくる。

*9:この記事が分かりやすい。これに出てくるような車が潜在的に「界隈でちょっと人気ある車」なんだと思う。

www.automesseweb.jp

*10:このレーベルのロゴの上にはテスタロッサが乗っている。レーベルが同じイラストレーターに何度もアルバムアートを依頼していることは多いだろう。そういうレーベル側の意向なのか、とくに指示がないからアーティストが自分の好きな車を描いているのか。その辺は分からないが、このレーベルは特に車モチーフのアルバムアートが多いことが分かった。運営が車好きなんだろうな。

retrowavetouchrecords.bandcamp.com

*11:https://www.instagram.com/p/CQB0gCcH9Rh/

*12:デラックス版のほうが絵のグレードが高いのかもしれない。

music.businesscasual.biz

*13:この記事が分かりやすい。堂々と「未来とは喪失である」とか書かれていて、納得するほかなかった。

gendai.media

*14:この記事のインタビューによると、アルバムアートは光やリラックスできる空気、そして日本のモノレールが重要と考えて発注した的なことが書いてある。車についての言及はない。

vehlinggo.com

*15:この方のポートフォリオを見ると、全部あなたが描いていたんですか!!と思えるくらい、シンセウェーブ、ヴェイパーウェイヴ(特にフューチャーファンク)界隈の人気者であることが分かると思う。

*16:このように堂々とRX-7と書いてあると、車種を特定しやすくて助かる。future80s.bandcamp.com

*17:ところでジャンルは全く別だが、スカイラインの特にR32が大好きすぎてアルバムアートはもうほぼ全部これにしちゃうアーティストも見つけたのでリンクだけ紹介しておく。なんか、本当に好きなんですね!って伝わってきたので。
Stream Deadcrow music | Listen to songs, albums, playlists for free on SoundCloud

BLセッションをするときは、必ずプレイヤーの地雷についてリサーチするんやで。せんかったら死ぬで。(ブログ主からのメッセージ)