Cobolerの実験場

書きたくなった文章を置きに来る場所

『女神の継承』覚え書き

犬の外見をあまり覚えていないので申し訳ないんだけども挿絵には描いておきたかった

前置き

  チキンすぎる私にとっては、外出して遊ぼうという気力が萎えるほど新型コロナウィルスの感染状況が酷い夏休みであった。実家に帰省どころではない。もう本当に生活必需品の買い出し以外の用事で外出できていない。

 しかし、せっかくの夏休みである。1本くらい、映画館で映画を見ておきたい。今年はいちおう行動制限のない夏休みなんだぞ、不要不急の外出は控えたほうが良い状況とはいえ、もう部屋に1日中籠っているのもしんどいんだ…。

 そんな時分に出会ったのが、『女神の継承』である。岡山市内のミニシアターでは8月19日が初日だったが、このタイトルを知ったのはその3日くらい前だった。

 なんか、今年最強クラスの怖いヤツらしい。ツイッターで感想を見ていたら、メンタルに余裕がある時に見た方が良いとか書いてある。そんなにヤバいの!?と思ったら逆に気になったので、メンタルに余裕があるか否かは自信なかったがエイヤっと見に行った。そしたら面白かったので、あっという間にこれだけ感想文を書いてしまった。

 今回の記事はネタバレありである。というわけで、劇中たいへんな状態になっていたミン役の女優さんが笑顔で登場するこの動画でワンクッション置いておくので、覚悟ができている人だけこの先をご覧いただきたい。『哭声/コクソン』の監督がプロデューサーってことだからか、予告編のナレーションは國村隼である。

 

感想

 『女神の継承』、とにかく最悪なことばかりが起こる。考えうる限り最悪である。見終わった直後は、こんな映画をなぜ作った!!と思ったが、要するに「そんなにワシのことが嫌なんかい!そんなにワシが信用できんのかい!!」と怒りまくった女神の復讐ストーリーだと思えば、まだ納得できる話ではあった。

ドキュメンタリーな序盤

 序盤。韓国のマスコミがタイの精霊信仰を取材している中で、ニムさんという霊媒と知り合い、密着取材を始める。ここまではまともであった。

 ニムさんはバヤン様という女神の巫女の家系の出で、先祖代々この役目を継承しているという。本当はニムさんの姉がこの役目を継承する予定だったが、姉はそれを嫌がったため、ニムさんが巫女になった。ニムさんも最初は嫌だったが、あまりにも苦しいので結局女神を受け入れ、巫女になった。いわく、「今はどうして嫌だったのかも忘れた」と。

 今思えば、この時点でフラグは立っていた。姉が巫女の役目を拒否したってのは、なんか嫌な予感がする話だ。姉はバヤン様の巫女になるのを嫌がるあまり、キリスト教に入信したという。露骨に別の神にすがってしまったのか。それヤバない?

 さらにニムさんの話は続く。バヤン様に祈ることで、心霊現象的な体調不良は治療する。しかしがんの患者が治療してもらいに来たなら、病院に行かせると。

 うん。まともだ。現代に生きるシャーマンがよく言う合理的な台詞って感じがする。現代人の感覚としては、まともな回答である。

 そして、その姉の娘のミンが登場。何やら最近心霊現象に悩まされている様子で、もしかしたらバヤン様の次の巫女に選ばれて、神がかっているのではないかと撮影スタッフは考える。もしかしたら、巫女の継承を撮影できるかもしれない!ということで、ミンの密着取材も始まるのであった。

 この辺から、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』以来脈々と続くファウンド・フッテージものフェイク・ドキュメンタリー風ホラーが本格的に始まる感じがする。

 もうそういうの、見飽きたんよ。

 しかし、これはその辺の低予算C級ホラーではない。韓国のA級ホラーである。ドキュメンタリー番組としての雰囲気も良くできており、BSプレミアムで放送予定とか言われても違和感のないつくりあった。そういう状態で始まっているので、ここからどう転がるのか期待して見続けることができる。まあ、確かに最後のほうは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』みたいな演出になっていくんだけどな。

 

 ミンの母親は現在、市場で犬肉を売る仕事をしている。一方で、家ではかわいいマルチーズ犬を飼っている。

 この辺で、ちょっとおかしいぞと思えてくる。「鯉を飼っている人も魚を食べるでしょ。それと同じ」とは言っているが、それはそれ、これはこれというダブルスタンダードに違和感を感じる。

 単刀直入に言うと、このかわいいワンちゃんは後半で死ぬ。その死に様は、今までに私が見てきた犬猫の死亡シーンの中でも最悪クラスのひどさであった。

 韓国でも犬肉食べるらしいじゃん…?タイでも食べてるのか。

 その辺の意図はよく分からんが、このダブルスタンダードも、今思えばワンちゃんの死亡フラグだったのだと分かる。人間は、対象の都合のいいところだけ利用しようとする。合理的ではあるんだけど、白黒はっきりしないこの感覚は、現在の氏子たちのバヤン様に対する感覚と同じでもあるのだろう。困ったときだけ神頼みされても困るんだよ!というバヤン様の気持ちも分からんでもない。

 そういえば『哭声/コクソン』では、國村隼が演じる"日本人"がふんどし一丁で生肉をむさぼり食うシーンがあった。これがとにかく衝撃的なもんで、しばらくは國村隼を見たらすぐこの場面が脳裏にちらつくようになってしまった。で、その現場を見てしまった地元の人たちがアイツヤバいって!と言い合うシーンもあるのだが、それが肉屋のイートインコーナーで生ユッケを食べながらの話だったので、笑ってしまった。あの場面を思い出したりもした。

 人間は、無意識に矛盾した言動をする。そういう変な言動、皆も意外とやってるよね!みたいな話もこれらの作品の意図として設計されているのかもしれない。

だんだんホラーっぽくなる中盤

 中盤、ミンは発狂して行方不明になる。この辺で、ニムさんと姉のちょっと険悪な感じがやっと和解してくる。ニムさんは姉を励まし、とりあえずバヤン様に謝るように言ったりするのであった。多分バヤン様も許してくれると。

 今思えば、バヤン様は決して許してはくれなかったわけである。というか最初から許す気も無かったのだろう。

 何とかミンを探し出したニムさんは、ミンに憑いた悪霊が自分の手に負えないくらい強力であることに気がつく。それでも諦めないニムさんは、知り合いの霊能力者に相談する。その結果、ミンに憑いているのは、何か復讐の意志によって団結した無数の魑魅魍魎たちであるらしいが、もはや正確な正体は不明だと知らされる。

 復讐の意志で団結!まさに悪霊アベンジャーズである。発狂したミンは「あたしはバヤンだよ!何者なのか当てみな」などと挑発してくる。とりあえずミンの口からバヤン様の名前が一応出てきたので、悪霊軍団のメンバーにはバヤン様も入っていると解釈することもできる。それはそれで最悪なことだが、たぶんそうなんだろう。

 さらに、首切り役人か何かだった父方の先祖の影響。女神を拒否した母親の業。ついでに最近ミンが変な儀式に参加したせいで、更に色々と悪くなってしまった結果が現在のこの状況だと分かる。エンドクレジットにpseudo priestとかそんな役名が出ていたので、たぶん怪しい霊能者のところにミンを連れて行ったらニムさんにめちゃくちゃ怒られた場面のあの儀式が、マジでダメだったってことなんだろう。つれぇなー。

 ところでこの、先祖代々の因縁の話が出てきたときの絶望感よ。『八つ墓村』の「末代まで祟ってやる!」みたいだとも思ったし、具体名は避けるが今話題のアレっぽいとも思った。なんで今ここでミンがひどい目に遭わなきゃいけないの!と姉も嘆いているが、お前さんの自業自得だから諦めなよとは決して言わないニムさんは本当に立派である。

 とりあえずミンが見つかった廃墟で、大規模な除霊の儀式をすることになった。このへんは『哭声/コクソン』でも見た展開な気がする。これから除霊バトルが始まるんじゃな。大規模な儀式なので、人手も必要だし、供物の準備もたいへん。儀式当日までの間、ミンは自宅で様子を見ることになった。

 予定が立ったので安心だ!と思ったら、儀式当日までの間は『パラノーマル・アクティビティ』とかで見た感じの悪魔憑きヤバ怪現象を、例によって定点カメラの暗視映像で見せてくれる。この映画、ホラー映画の各サブジャンルの全部盛りって感じがするな。

 何が起こるかはさておき、この定点カメラのシーンはびっくり系のイベントを発生させてくる。そのため、血の気が引いて体温が下がる感じがした。私はこの映画を見ながら何度か飛び上がって驚いていたはずなので、後ろの席の人は見てて面白かったはずである。

 特に、夜中に脱走したミンを探す場面。この場面は斜め後ろから人の泣き声が聞こえてきた気がして、振り返ってしまった。もちろん観客が泣いているのではなく、映画館のサラウンドシステムがいい仕事をしているだけである。この音の使い方は上手い。映画館でホラーを見ると、後ろから音が聞こえてきたりしてビクッとできるんだな。おもしれー。

 で、犬が死に、バヤン様の像の首が何者かに折られ、なぜかニムさんも死んでしまい、絶望のなかで辛うじて儀式だけは決行される。

 儀式の現場の廃墟は動物の死体が転がり、巨大な木根に侵蝕され、そして誰かが邪神の祭壇を作ったような形跡かあったりする。森羅万象のヤバい霊の巣窟って感じのロケーションである。低予算ホラーなら、この建物の内部だけで1本撮れるくらい絵になる場所だと思った。

狂乱の儀式開幕!な終盤

 ここからの展開は、撮影クルーも巻き込んだ殺戮シーンの連続になる。ぶっちゃけると、もう正視してられねぇレベルの恐怖であった。

 助かるかも!と思って犠牲者を一旦安心させたあと無慈悲に殺すことによって、新鮮な恐怖シーンが演出されるのだという。『テリファー』*1はそういう演出が巧みだった。

 儀式が始まって以降のシーンは、このセオリー通りの恐怖に満ちていた。あれ、助かるのかな?と視聴者を安心させておいて、いちばん見せたい恐怖を視聴者に見せてくる感じ。私は騙された。見てしまった。この映画の演出は巧すぎる。怖すぎて巧すぎて、笑うしかなかった。

 この辺に来ると、もはや観客としてもバヤン様に祈ることしかできなくなってくる。

 序盤には磔にされたキリスト像が何度も画面に映るが、これもきっとフラグだ。誰かが罪をつぐなうために犠牲になれば、この現象もおさまるかもしれねぇ!『エクソシスト』もそうだったじゃん!頼むー!どうかお怒りを鎮めたまえー!!!どうかーー!!

 ああ、これはたぶん、菅原道真公が太宰府にお祀りされる以前の感覚なんだろうな。もう降参です、これからはリスペクトします。だから許してください!そんな感じで、荒ぶる神の前でいかに人類が無力であるかを痛感させられる場面が、これでもかと続く。さっき少し下がった体温は緊張と焦燥感のあまりだんだん上がってきて、私はじっとり汗をかいていた。

 そして終劇。ニムさんの生前の最後のインタビューが流れる。救いがない。マジで救われない。最後の最後に何か希望があるかもしれないと思い呆然とエンドロールを見続けたが、特に何事もなく場内が明るくなった。

 なんでこう悪いことが続く。どうしてニムさんまで死んでしまったの。どうして…と思いながら絶望せざるを得なかった。

 しかし要するに、冒頭に書いた通りであった。女神と呼ばれているバヤン様は、とにかく怒っているのである。

 人間の信仰が曇っている。巫女の一族すら例外ではない、というか巫女自体への怒りがデカいのであろう。巫女になることを拒否したばかりでなく、汚れたカルマの家系の男と結婚して犬肉を売るとは何事か。そういう怒りが爆発し、人間、動物、さらに植物の霊をも復讐のためにアッセンブルするに至ったのだろう。

結論 めちゃくちゃ怖かったです

 いやぁ、なんていうか…救いを求める気持ちって、私自身にもけっこうあるナ。私は映画館を出てから呆然としてしまった。

 MPがごっそり減っている。明らかに判断力が低下していた。城下地下駐車場の出口でテンパってしまい、家までの道のりで危うく迷いかけた。

 正直言って、家に着く前に死ぬかと思った。見たら呪われる系の映画か!?そう思えるくらい消耗していた。

 部屋に帰り着いたとき、ようやく気がついた。女神目線だと、なんか理解できる。人間は救われないが、女神は復讐を達成して満足しているだろう…。そういう作品だと思ってやっと納得できた。

 そんな感じで、めちゃくちゃ怖かった。それだけは確かだった。

 映画を見終わったあと放心状態になっている人には、キャストが映画について語っているメイキング映像なんかを見たらちょっと落ち着くかもしれない。というわけで、キャストが来日した際の記事のリンクを置いて終わりにする。

 ミン役の女優さんはすげぇよ!悪逆無道の限りを尽くしたうえに、見る人の生理的嫌悪感に訴えるアレやこれもやってのけたわけで…。

natalie.mu

*1:すごく怖いので、ついでにぜひ見てください。

テリファー(字幕版)

テリファー(字幕版)

  • ジェナ・カネル
Amazon

BLセッションをするときは、必ずプレイヤーの地雷についてリサーチするんやで。せんかったら死ぬで。(ブログ主からのメッセージ)